貝が導く再会①
「櫂人、もういいのか?」
「ああ、ここは大橋さんに任せてきた」
裏路地と大通りの境目になる辺りで待っていた湊さんに声を掛けられ、櫂人先輩が答える。
そっか、と軽く受け答えした湊さんは私に目を向けて興味津々といった表情を浮かべた。
「で? その子どうすんの? 櫂人の何?」
「こいつ――恋華は俺の“唯一”だ。さっき血を舐めて分かった」
さっき?
あ、ひじのケガを治してくれたとき?
「え? “唯一”って確か、吸血鬼一人につきたった一人だけいるっていう特別な存在とかいうやつ? 少量の血で満足できるっていう?」
驚いて確認するように口にした湊さんの言葉は、私への説明にもなった。
“唯一”はやっぱり特別な存在だったらしい。
詳しくは分からないけれど、櫂人先輩のそのたった一人が……私。
櫂人先輩への気持ちを自覚した私にとって、それは何なんだか嬉しいものだった。
「珍しく女の子との距離が近いなと思ってたけど……へぇ、この子が……」
「……おい、あんまり見るな」
「何だよ? もう独占欲丸出しか? いーじゃん見るくらい、減るもんじゃないし」
「減る、見るな」
「あ、あの!」
気安い掛け合いをする二人の間に入るのは気が引けたけれど、どうしても気になって声を掛けてしまった。
「すみません、その……湊さんって櫂人先輩のお友達なんですか? ハンターの人ではないんですよね?」
櫂人先輩の後を追うように真っ先に現れた人。
大橋さんたちハンターとは違うけれど、色々と事情を知っているらしい雰囲気。
もしかして、湊さんも吸血鬼とか?
とまで考えたけれど、違っていた。
「ああ、こいつは友達って言うか……」
「そうだな、自己紹介しとかないと。俺は
言葉を探すように話しを止めた櫂人先輩に代わり、湊さんが自己紹介をしてくれる。
そこに櫂人先輩が付け加えた。
「ちなみに、《朱闇会》の中ではこいつだけ俺が吸血鬼だって知ってる」
その言葉で湊さんは人間だって分かった。
もし吸血鬼だったら、“俺と同じ吸血鬼だ”って説明するだろうから。
「あ、私は片桐恋華です。最近この辺りに引っ越して来たばかりで、櫂人先輩と同じ学校に通う後輩です」
私も湊さんに倣って自己紹介をすると、「へぇー」とまたマジマジと見られる。
でもすぐに間に入った櫂人先輩が湊さんの視線をさえぎった。
「だから見んなって」
「ハイハイ」
「他の連中には今度顔合わせさせる。とりあえず今は確かめたいこともあるから、俺は戻る」
「分かったよ。他の連中には今日は解散だって伝えとく」
じゃあな、と湊さんと別れる櫂人先輩に手を引かれ、私も歩き出した。
「恋華ちゃん、またね」
「あ、はい。さようなら」
背中に声を掛けられて、私は軽く振りかえるようにして挨拶を返す。
すると手を引く櫂人先輩の力が少し強められ、歩く速度が速くなった気がした。
「櫂人先輩?」
「……」
どうしたのかと呼びかけたけれど、櫂人先輩は無言で進んで行く。
その様子に怒りのようなものを感じて、ちょっと不安になった。
無言のまま連れて来られた場所は茜渚街の奥まった辺り。
繁華街というより歓楽街に近い。
専門店などは無くなり、明らかな夜の店が多くなっている。
でも、注意喚起のためかこの辺りも営業している店は少ない。
普段なら眩しいほどに光ると思われるネオンもつけられてなくて、本来なら賑わう街が夜の静けさに包まれていた。
「こっちだ」
そう言って向かったのは大通りから少し外れた小路の方。
いっそう暗くなったそこは少し怖かったけれど、櫂人先輩と一緒なら平気だと思えた。
櫂人先輩はずっと無言だから不安にはなるけれど、強く私の手を握る彼の手は、温かかったから……。
だから、私も暗い小路を迷わず進んだ。
そうしてついた場所は、家や店というよりは倉庫のような建物だった。
一階はバイクなどが置かれていて本当に倉庫といった様子。
でも、二階に上がるとそこは完全に居住空間だった。
「ここ、櫂人先輩の家ですか?」
思わず聞くと、「いや」と普通に声が返ってくる。
怒っていたように見えたのは気のせいだったのかな?
「家は別にある。でもまあ、今はほとんどここで寝泊まりしてるけどな。一応、《朱闇会》のアジトってことになる」
「そうなんですか……」
相槌を打ちながら、うながされるまま私は靴を脱いで中に入った。
リビングダイニングやバスルーム、奥には多分寝室もあるみたい。
アジトって言っていたけれど、やっぱり普通の家のように見える。
「来いよ」
「あ、はい」
誘われるままに付いて行ったけれど、櫂人先輩が真っ先に向かったのは寝室と思われる部屋。
え? リビングとかじゃないの?
思わず警戒して足を止める。
櫂人先輩のことは好きだし、彼も私をトクベツに思ってくれているみたいだってことは分かっている。
でも、ちゃんと思いを交わしたわけでもないのにいきなりベッドのある部屋に向かうとか……。
いくら好きな人だとしても、流されるようなことにだけはなりたくなかった。
「恋華?」
「えっと、リビングの方とかじゃダメですか?」
「は? ……ああ、そうだな。悪い、ソファーにでも座って待っててくれ」
私の警戒に気付いたらしい櫂人先輩は、ばつの悪そうな顔をして待つように言ってくれた。
その様子からは不純なことを考えていたわけじゃないってことが分かって、逆にわたしの方が恥ずかしくなる。
いや、でもベッドのある部屋に行ってしまったら何となく流れで、という場合もあるかもしれないし。
これで良かったはず、と自分に言い聞かせながら言われた通りにリビングのソファーに座った。
座って鞄を床に置くと、すぐに櫂人先輩は戻ってくる。
手には片手に乗るくらいの箱があった。
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