吸血鬼とヴァンピール④

「……この貝殻、お前のなのか?」


「はい。貰ったものなんですけど、大事な思い出の品だし大切な約束の品でもあるんです。ありがとうございます」


「……ああ」



 貝殻を受け取りお礼を言うけれど、何だか櫂人先輩の様子が少しおかしい。


 口数が一気に減って、さっきみたいにジッと見られている。


 それに、何だか少し驚いている様にも見えるけれど……。



「櫂人くん、その子かな? 巻き込まれていた子というのは」



 ジッと見られて、いたたまれなさを感じつつ私も不思議そうに櫂人先輩を見ていると、大橋さんが声を掛けてきた。


 冷たい印象を受ける人だけれど、口調はどこか親しみやすさを覚える。



「ああ、はい。被害者の方は大丈夫そうですか?」


「君が止血してくれたからね、命に別状はなさそうだ。あとで催眠術を利用して記憶を改ざんしなくてはならないけれど、問題はないかな」



 記憶を改ざんということは、もしかしたらさっき櫂人先輩を忘れさせると言った方法と同じなのかもしれない。


 催眠術にどれほどの効果があるのかは分からないけれど、目が覚めたら無事で、襲われたのは夢だったと言われれば信じてしまうだろうし。


 吸血鬼に咬まれて血を吸われた、なんて。


 非現実的だし、何よりそんな恐ろしいことは忘れたいと思うだろうし……。


 私は櫂人先輩のことを忘れたくないから、記憶の改ざんなんてされたくないけれど。


 なんて思っていると、大橋さんが櫂人先輩から私に視線を移した。



「申し訳ないが、君にも来てもらうよ。忘れてもらわなくてはならないからね」


「え?」


「なに、痛いことはしない。君も怖い記憶なんて持っていたくないだろう?」



 優しく語りかけてくれるけれど、記憶を消されるなんて嫌だ。


 確かにヴァンピールのことは怖かったけれど、櫂人先輩との記憶は一つたりとも消したくない。


 さあ、と誘う大橋さんから身を引く。


 そして嫌です、と口にしようとしたけれど、その前に櫂人先輩が割って入って来た。


 私を守るように背にかばってくれる。



「悪いけど、こいつのことは俺に任せてもらえませんか?」


「櫂人くん、そういうわけには――」


「こいつは俺の“唯一”なんで」


「っ⁉」



 櫂人先輩の一言に、大橋さんは驚き言葉を詰まらせる。


 “唯一”って、何?


 なんだか特別な響きを持つ言葉だけれど、もっと深い意味がありそうだと感じた。



「“唯一”……珍しいな。でもそうか、なら手出しするわけにはいかないな。分かった、でもちゃんと説明と口止めはしておいてくれ」


「分かってますよ」



 あっさりと大橋さんが引き下がるところを見ても、言葉以上の意味を持つんだろうって分かる。



「じゃあ、悪いけどここは任せます。……恋華、とりあえずついてこい」


「え? あ、はい」



 状況が良く分からないけれど、大橋さんについて行かなくてもよくなったらしい。


 櫂人先輩は私の返事を聞くと手を掴み、引いて歩き出した。



「っ!」



 男らしい硬い手の感触にドキリとする。


 その力強さに、どうしてか鼓動が早まった。



 この感じ……やっぱり、私は櫂人先輩のことが……。



 息苦しいほどに胸が締め付けられるような喜びを自覚して、私は自分の気持ちを理解する。


 恋か憧れか分からないなんて……そんなの、答えなんて分かり切っていたようなものだったんだ。



 関わらない様にしようと思ったら寂しく感じた。


 怖いと思うのに離れたくないなんて、矛盾した気持ちが同居していた。


 そんなの、理屈なんか関係なく好きだからに決まってる。


 女性の首筋に吸い付くのを見て、モヤモヤしたのは嫉妬。


 今手を繋がれてドキドキしているのは嬉しいからだ。



 私の手を引いて前を歩く櫂人先輩の背中を見る。


 綺麗でカッコ良い、闇の化身みたいな怖い人。


 吸血鬼だし、確か暴走族の総長をしているって聞いたし、危険な香りのする人。


 それでも、この気持ちを自覚してしまったら、もう戻れない。



 出会ってから二日しか経っていないとか、そんなことは関係ない。


 私は櫂人先輩が好き。


 どうあっても惹かれてしまうこの気持ちは、もう覆すことなんて出来なくなっていた。

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