吸血鬼とヴァンピール③

「ああ、それはもちろん通常の――普通の吸血鬼ってことだ。そこで伸びているような出来損ないとは違うって意味だよ」


「出来損ない?」


「そうだ。そいつは吸血鬼になり切れなかった、いわば半吸血鬼。俺たちはヴァンピールって呼んでいる」


「ヴァンピール……」



 言葉を繰り返すことしか出来ない私に、櫂人先輩はちゃんと説明してくれた。


 吸血鬼は両親、もしくは片親が吸血鬼だと確実に吸血鬼として生まれるらしい。


 それ以外には吸血鬼の血が約三分の一入ると人間でも吸血鬼になるんだとか。


 そしてヴァンピールは、吸血鬼の血が三分の一に足りなかった場合出来上がってしまう化け物……。



「吸血鬼の血が体を吸血鬼に変えようとするんだ。でも、そのための血が足りないことで出来損なってしまう」


「それで、出来損ないですか……」



 ということは、あの明らかに人ではなくなったモノは元は人間だったってことだ。


 櫂人先輩はあんな肉食獣のような人らしくないモノとは違うと分かってホッとする。


 でも、そのヴァンピールが元は人間だと知って、何だかやるせない気持ちになった。



「人間には、戻せないんですか?」


「戻せない。それに、こうなってしまったら普通の吸血鬼にも……もう……」


「そう、ですか……」



 なら、この元は人間だったモノはどうなるのか。


 それは、考えない方がいい気がした。



「とにかく、これ以上はハンター協会に引き渡すしかない」


「ハンター、協会?」



 またしても聞き慣れない単語にコテンと首を傾げる。


 吸血鬼にハンターと聞くと、ゲームやマンガなどで見るヴァンパイアハンターを思い出す。


 それと同じなのだとしたら、吸血鬼である櫂人先輩にとってはハンターは敵なんじゃないんだろうか?



「えっと……ハンターは櫂人先輩の味方なんですか?」


「ああ……詳しくは知らないが、吸血鬼とハンターは百数十年前に和解したらしい。で、それ以降ハンター協会は吸血鬼を取り締まったりサポートしたりと……まあ、警察みたいな機関になってるんだよ」


「はぁ……そうなんですか……」



 もはや疑問を持つこともなくそうなのかと受け入れることしか出来ない。


 情報量が多すぎて整理する時間が欲しくなった。



 まだまだ聞きたいことはある気がするのに、整理出来ないせいで何を質問すれば良いのか分からない。


 そうして黙り込んでしまうと、櫂人先輩が何かを言おうと口を開く。



「恋華、お前――」


「櫂人。大橋さん来たぞー」



 でも湊さんが声を掛けてきてその言葉は止められてしまった。



「ああ、噂をすればってやつだな」


「え?」



 櫂人先輩は続きを口にするのを諦めたのか、湊さんの方へ視線を向ける。


 私もならってそっちを見ると、湊さん以外に大人の男性と思われる人が数人こっちに向かって来ていた。


 先頭を歩いているのは眼鏡を掛けた知的な男性。


 スタイリッシュにスーツを着こなしていて、一見エリートサラリーマンのように見える。



「あの人たちがハンターだ。……恋華、お前はちょっとここで待ってろ。話をしてくる」


「え? あ、はい」



 私に待つよう告げた櫂人先輩は、「大橋さん」と呼びかけながら先頭の男性に向かって行った。


 状況説明らしきことを話している様子の櫂人先輩を待っている間に、私は鞄の中身を確認しておこうと思い立つ。


 無事に鞄は見つかったけれど、あの貝殻とマンションの鍵が入ってなければ意味がないから。



「鍵は……あるね。貝殻は……え?」



 立ったまま鞄を探って鍵はちゃんとあった。


 でも、貝殻が見つからない。



「え、ウソ。待って」



 焦りの声を上げながらもっとちゃんと探してみる。


 すると貝殻を入れている巾着袋は鞄に入っていたけれど、肝心の中身がなかった。


 鞄を隠した子たちが盗ったのかと一瞬思ったけれど、あの貝殻が私にとってどれだけ大事なものかなんて彼女たちには分からないはず。


 わざわざ盗るとは思えない。


 何より、袋はあるんだ。何かの拍子で落ちてしまった可能性の方が高い。


 焦る気持ちの中、何とかそこまで考えた私は思い返す。


 巾着袋からも飛び出して落ちてしまうってことはかなり振り回したときのはず。


 となると、鞄で《あれ》を――ヴァンピールを殴ったときかもしれない。



「なら、この辺りに……」



 この辺りにあるはずだと見回す。


 でも、すっかり陽の落ちた路地の隅の方は月明りも届かなくて暗い。


 スマホを懐中電灯にして地道に探すしかなかった。



「恋華? 何してるんだ?」


「あ、櫂人先輩」



 必死になって探していると、話を終えたのか櫂人先輩が戻って来ていた。


 さっきの大橋さんという人ともう一人男性も来ていて、彼らは意識のない襲われていた女性の方へと向かって行く。


 女性を助けるためにここから連れ出してくれるみたいだけれど、落ちているはずの貝殻が彼らに踏まれ壊されてしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。



「あの、鞄に入っていたはずの大事なものが無いんです。振り回したので、この辺りにあると思うんですけど……」



 早く見つけ出したくて、躊躇いもなく櫂人先輩にも協力を頼む。



「どんなものだ?」


「手のひらに収まるくらいのサイズで、貝殻なんですけど……」



 すぐに一緒に探してくれようとする櫂人先輩。


 私の説明を聞きながら周囲を見回していた彼は、一点に目を留めてそちらの方へ向かう。


 ビールケースや段ボールが積み重なっている辺りの隅で、何かを拾うように屈んだ。



「これか?……って、これは……」


「それです!」



 拾って見せてくれたそれは確かに私の貝殻だった。


 思わず飛びつくように櫂人先輩の手を掴み、貝殻が欠けていないかよく見てみる。


 少なくとも、大きく欠けていたり割れていたりはしていなくてホッとした。

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