吸血鬼とヴァンピール②

「えっと、正直に言うと怖いと思いました。血を飲むなんて、なんて言うか……吸血鬼みたいだし」


「……そうだよ」


「え?」



 返ってくるとは思わなかった肯定の言葉に顔を上げると、感情を映さない黒い瞳とかち合った。


 その冷たさにゾクリと寒さを感じる。


 櫂人先輩はその冷たい目に探るような意思を宿らせて私を見続けた。



「そうだよ。俺は、吸血鬼だ」


「っ⁉」



 もう一度口にされた肯定の言葉。


 冗談じゃないことは、先ほどの行為が物語っている。



「怖いなら、全部忘れさせてやるから。今日のことも、俺のことも……」


「え?」



 忘れさせるなんて、どうするのかは分からないけれど……でも、櫂人先輩のことも忘れさせるという言葉には瞬時に拒否反応が芽生えた。



「い、嫌です! 忘れたくないです! 怖いと思ったけれど、櫂人先輩のことを忘れるのだけは絶対に嫌です!」



 まくし立てる私に櫂人先輩は切れ長の目をまん丸に見開いて驚いている。


 その表情はちょっと可愛くすら見えた。



「……俺のこと、怖いんだよな?」


「そうですけど! そうじゃないって言うか! 怖いけれど関わりたくないとは思えなくて……というかむしろもっと近付きたいとか離れたくないとか……ああ、もうどう伝えたら!」



 ちゃんと伝えようとすればするほど何を言えば良いのか分からなくなってくる。


 自分が混乱しているみたいだっていうのは分かっている。


 思っていたより、櫂人先輩のことを忘れさせられるという言葉がショックだったらしい。


 ついには両手を頭に当てて、「だから、その!」と言葉をひねり出そうとする始末。



「ああ、分かった。分かったから落ち着け。……それにやっぱりケガしてるじゃないか」


「え?」



 呆れられたのか、ため息を吐きながら優しく右腕を掴まれる。


 指摘されて気付いたけれど、結構酷い感じに右ひじをすりむいていた。


 したたるほどではないにしても血も滲んでいる。



「……痛い」


「だろうな」



 今度は本当に呆れのため息。


 でも仕方ないと思う。


 《あれ》から逃げるので必死だったし、一度に色々あってケガなんて気にしていられなかったんだもの。


 でも、ちゃんと視認してしまったら痛みに気付かないわけにもいかない。



「動くなよ?」


「え?」



 私のケガを静かに見ていた櫂人先輩は、短く告げるとじくじくと痛むひじの傷に顔を寄せてきた。



「な、何を? 汚いですよ?」


「いいからジッとしてろ。さっきの見てただろ? “ちゃんとした”吸血鬼は、吸血行為の後その傷を治せるんだ」


「あ……」



 言われて、ついさっき女性の首筋から血を吸い舐めとっていたことを思い出す。


 モヤモヤした気持ちも思い出してしまったけれど、そう言えば止血したとか言っていたっけ。


 なんて思い出しているうちに、私のひじに柔らかいものが触れた。



「っ⁉」



 櫂人先輩の唇が触れ、ちぅ、と吸われる。


 吸血行為なんだろうけれど、そんなの関係なくとにかく恥ずかしい。


 恥ずかしすぎて痛みも忘れた。



「……ん? これは……」



 息を詰めて櫂人先輩を凝視していると、彼は何かに気付いたように軽く目を見張る。


 でもどうしたのかと思うより先に今度はすりむいた部分を舐め始めた。



「っっっ⁉」



 もはや声にならない悲鳴。


 逃げ出したいくらい恥ずかしいのに、身体は硬直して動かない。


 結果的に櫂人先輩の言う通りジッとしていることになった。



 あ、でもこれって……。



 ジッとして傷を舐めている櫂人先輩を見ていたら、何か既視感を覚える。


 昔、似たようなことを誰かにされたような……。



「……」



 既視感の正体を思い出そうとしているうちに一通り舐めて治してくれたのか、櫂人先輩は腕から顔を離した。


 でも、何を考えているのかジッと私のひじを見たまま動かない。



「あの……櫂人先輩?」


「ん? ああ……治ったぞ」



 小さく呼び掛けると、ハッとして腕を離してくれる。


 でもジッと見る対象がひじから私に移っただけだった。


 その視線にはさっき感じたような冷たさはない。


 でも優しいというのとも違っていて……。


 何となくいたたまれない気分になった私は、櫂人先輩の視線を誤魔化すように話し出した。



「その、ありがとうございます。治してくれて」


「……ああ」


「えっと、その……さっき言っていた“ちゃんとした”吸血鬼ってどういうことですか?」



 話し始めても視線は変わりなかったため、ついでにさっき疑問に思ったことを質問してみる。


 吸血して傷を治せるのは“ちゃんとした”吸血鬼だけみたいな言い方だった。


 “ちゃんとしていない”吸血鬼もいるということだろうか。

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