吸血鬼とヴァンピール①

「恋華……? お前、なんでこんなところに?」



 呼ばれて始めて私だと気付いたらしい櫂人先輩は、神秘的だった雰囲気を崩し素で驚いた表情をした。


 でもすぐに真剣な顔になる。



「いや、今はコイツが先か」



 そう言って先程投げ飛ばしたモノに視線を向ける。


 私も上半身だけ起き上がり、櫂人先輩の視線を追うように《それ》を見る。


 《それ》は丁度呻きながらも立ち上がろうとしているところだった。


 赤い目を櫂人先輩に向け睨みつけている。


 櫂人先輩は怖がるどころか冷たく見返し、《それ》よりも先に動き出した。


 でも動き出したのが分かっただけで、その後何がどうなったのかはよく分からない。


 暗さもあるけれど、動きが早くて目で追えなかったんだ。


 気付いたときには、《それ》はうつ伏せ状態でアスファルトに伏して気を失っていた。



「さて、と」



 息一つ乱さず《それ》を倒した櫂人先輩は私に視線を戻す。


 冷たさすら感じる黒い瞳にゾクリと背筋が凍った気がした。


 明らかに人ではないモノを難なく倒した櫂人先輩も人間離れしている。


 その強さが、純粋に怖いと思った。



 ……でも、それでも目が離せないのは……やっぱり惹かれてしまっているから?


 怖いと思うのに、離れたいとは思えなくて……むしろ……。



「櫂人! いたか⁉」


「っ⁉」



 闇の化身のような櫂人先輩に見惚れていると、大通りの方から櫂人先輩を呼ぶ男の人の声が聞こえてビクリと肩を揺らす。


 思わず振り向くと、明るめの茶髪の男の人が近付いて来るところだった。


 年上だとは思うけれど、そこまで離れている様には見えない若い男の人。



みなと……ああ、しばらく動けなくしておいた。大橋さんを呼んでおいてくれ」


「ああ、分かった」



 気安い様子の櫂人先輩に、湊と呼ばれた男の人はスマホを取り出してどこかに電話を掛け始めた。


 すると、櫂人先輩の視線がまた私に戻ってくる。



「恋華、どうしてお前が?……いや、まずはケガはないか? そいつに咬まれたんじゃないのか?」


「あ……いえ、大丈夫です。咬まれてはいないので……」



 心配してくれる櫂人先輩に少し安心して、私は差し出された手を取り立ち上がった。



「咬まれてない? でもこの血の匂いは……」


「あ、それは多分あの人の――ってそうだ! あの人!」



 話しながら襲われていた女性のことを思い出す。


 まだ生きてはいるみたいだったけれど、首の辺りが血で染まっていたんだ。


 手当てを急いだほうがいいに決まっている。



「あの人?」


「私がここに来る前に襲われていた人です。あっちに!」



 私は慌てて路地の奥の方を指し示しながら櫂人先輩を連れて行く。


 少なくとも、櫂人先輩は助けてくれると思ったから。


 倒れている女性の近くに来ると、櫂人先輩はすぐに女性の容態を診始める。



「これはまずいな。すぐに止血しないと」



 そう言いながら女性の首筋を拭うと、彼はそこに顔を近付けた。



「……え?」



 櫂人先輩が女性の首筋に吸い付き、何かを嚥下するように喉ぼとけが上下するのが見える。


 そして唇が離れ、また溢れてきた血を舐めとっていた。



 何? なんで、櫂人先輩はこんなこと……。


 今のって、血を飲んだ?



 その行為はさっき見た《あれ》とは様子が違うけれど、確かに吸血だった。



 櫂人先輩も《あれ》と同じ存在なの?



 その考えが浮かび、また別の意味で櫂人先輩を怖いと思う。


 でも、何故だろう。


 怖いという感情以上に、胸にモヤモヤしたものが渦巻く。


 とりあえず、やるべきことが終わったなら早く女性から離れて欲しかった。



「あの、もう大丈夫なんですか?」



 櫂人先輩が立ち上がったのを見計らって声を掛ける。


 女性が無事なのかも知りたかったし、どういうわけか早く意識を私に向けて欲しいと思ってしまったから。



「ああ、止血はしたから大丈夫だろ。あとは他の人に任せるしかない」



 そう言って女性から離れ、私の所に戻って来た櫂人先輩はジッと私を見下ろした。



「……」


「えっと……櫂人先輩?」


「……恋華、お前今のを見て何も思わなかったのか?」


「え⁉」



 今の、というと女性の首筋に吸い付いたことだろう。


 もしかしてさっき覚えたモヤモヤした感情が櫂人先輩に知られてしまっている⁉


 なんて思って慌てたけれど、続いた彼の言葉にそれは私の思い違いだったことを知る。



「俺がその女の血を飲んだとこ、見たんだろ? 変だとか、怖いとか思わなかったのかってことだよ」


「あ……」



 そっちのことか、と思ってしまった。

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