遭遇①
「……こんなんで分かるわけないじゃない」
茜渚街の入り口とも言えるアーチまで来てから、私はさっき貰ったメモを見てうなる。
メモにはかなり大まかな地図に、『ここの居酒屋の裏!』と文字と矢印が書いてあるだけだった。
街へと視線を向けると、何らかの専門店が立ち並ぶ合間に飲食店がかなり多く点在している様に見える。
入り口付近だけでこれなんだから、奥に行ったら居酒屋なんてもっとありそうだ。
いや、でも居酒屋の裏ってヒントがあるだけマシだよね。
そのヒントもなくしらみつぶしになんてことになったら何日かかるか分からないし。
しかもその間に誰かに盗られてしまったり、ゴミと思われて捨てられてしまったらたまらない。
鞄を隠した彼女たちを恨みたいけれど、今はとにかくこのヒントをもとにひたすら探さなくちゃ。
不安と焦りで折れそうになる心を無理やり奮い立たせて、私は茜渚街に足を踏み入れた。
***
ガサゴソと、検討をつけた場所を漁ってみる。
でも目的のものは見つからなくて、私は何度目とも知れぬため息を吐いた。
「ここでもないか……」
正直、今何件目なのかも分からない。
居酒屋とは書いてあるけれど、見た感じからまさに居酒屋! という場所で合っているのか……。
そういうところだけを見て見逃してしまうのも怖くて、とりあえず飲み屋と思われる場所の裏を全て見て回っている。
でも、探し方を失敗したかもしれない。
まだ半分も見て回れていないのに、もう陽が落ちてきているから。
街は飲食店が多いから、これくらいの時間からが稼ぎ時のはず。
でも、どうしてか早くも店じまいをするところがちらほら見えはじめた。
どうしてだろうと歩きながら見ていると、暖簾を片しに出ていたお店の人が私に気付き目を吊り上げる。
「あんた、学生がこんな時間に何でこの街にいるんだ! 夜は特に近付くなと注意喚起されているだろう! 早く帰るんだ!」
怒鳴られてビクッと体を震わせてしまう。
お店の人は言い終えると、そのままさっさと店の中に戻って行ってしまった。
いたくてここにいるわけじゃないから怒鳴られて物凄く不満だったけれど、でも今の言葉でどうして店じまいをしているのかは分かった。
茜渚街に殺人鬼が潜んでるという注意喚起。
それが原因でみんなこんな時間に店じまいしているんだろう。
キヨトくんたちは本当に殺人鬼が潜んでいるかは分からないと言っていたけれど、この様子を見れば実際に何かが起こっていることは確かみたいだ。
じゃなきゃ、あんな風に怒鳴ってまで叱られることなんてないだろうし。
まだ空いている店はちらほらあるけれど、店じまいするところも多いせいか繁華街だというのに少し暗い。
これは、本当に早く鞄を見つけないと。
私はしらみつぶしに飲み屋の裏を探すことはいったんやめて、明らかに居酒屋といった店構えの裏を集中的に探すことにした。
どんどん暗さが増してきて、焦りも比例するように増していく。
流石に本格的に泣きたくなってきたころ、入り込んだ居酒屋の裏で他に人影を見つけた。
もうかなり暗くなっていたからよく見えなかったけれど、何かうずくまっている様に見える。
「……あの、大丈夫ですか?」
飲み屋の裏だし、飲み過ぎて具合が悪くなっているんだろうかと声を掛けてみた。
「うっ……ううぅ……」
でも返って来たのは苦しそうなうめき声だけで、言葉はない。
もしかしたら意識がないのかもしれないと思って少し近付く。
どちらにしろこの奥も調べてみないといけないし、意識が無いんだったら他に大人の人を呼んでこないとまずいんじゃないだろうか。
「あの……っ⁉」
数歩足を進めて、違和感にピタリと足を止めた。
目の前にいるのは一人だと思っていたけれど二人みたい。
しかも、私に背を向けている人はもう一人に覆いかぶさるようにして少し動いているように見えた。
私の問いかけにも応えず何をしているのかと思ったけれど、鼻孔を掠める鉄のような生臭い匂いに嫌な予感がした。
その予感に体を強張らせそのまま動けずにいると、耳にじゅるっと何かをすするような音が聞こえてくる。
な、に……?
私は、何を見ているの?
ドクンドクンと、恐怖を覚えたときのように大きく心臓が鳴る。
その鼓動が直接鼓膜を震わせているんじゃないかと思うくらい大きく聞こえると、明るくなってきた半月の明かりが丁度射し込まれた。
「っっっ⁉」
声にならない悲鳴が上がる。
目の前に見えたものは、赤。
下になっている人の首の辺りから赤い血が流れ、覆いかぶさっている人がその血をすすっているのが見えた。
「ぁ……っ!」
見たくないのに、目がそらせない。
理解したくない状況に頭がまともに働かない。
それでも、とにかく逃げなきゃという判断だけは出来た。
ゆっくり後退りしてこの場から離れようとする。
けれど、そのわずかなズリッという音に相手は反応してしまう。
ぐりん、と私を見たその目が――血のように赤かった。
気付かれた!
そう判断した瞬間、私は走り出す。
さっきまでまともに考えることすら出来なかったのに、いざ危険に直面した途端ただ生きるための方法を選択した。
《あれ》が何なのかとか、血を流していた人を助けなくちゃとか。
他の考えが全て消えて、逃げることだけを考える。
きっと、これが本能というものだろう。
でも、やっとのことで比較的明るい大通りに出られたと思ったら――。
グイッ
腕を掴まれ引き戻されてしまった。
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あたらよに咲く鮮血花は愛の形をしていた 緋村燐 @hirin
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