茜渚街へ②
「え? 私の鞄は?」
お昼、結局その日のうちに仲良くなれた子はいなくて仕方なく一人でお弁当を食べることにした。
真人さんが朝早くから作ってくれていたお弁当を居心地の悪い教室で食べたくなくて、天気も良かったから外で食べることにしたんだ。
やっぱり冷めても美味しい真人さんのお弁当を堪能して、午前中の精神的疲労を癒した。
そうして教室に戻ってくると、机の横に掛けていたはずの通学鞄が無くなっていることに気付いたんだ。
「ウソ、どこに⁉」
すぐに教室内を見渡すけれど私のものらしい鞄は見当たらない。
貴重品であるスマホは持ち歩いているし、財布はお弁当バッグの中に少し無理やり詰め込んで持っていった。
けれど鞄の中にはマンションの鍵が入っているし、何よりあの貝の入った巾着袋も入れてある。
絶対に無くすわけにはいかないものだ。
「そんなに慌てなくても、放課後には返してあげるわよ」
「っ⁉」
教室にいたクラスメートに聞こうと思った矢先、近くからそんな嘲りの声が聞こえた。
昨日から私の悪口を率先して口にしていた子だ。
状況の悪さに、私はサッと顔色を変える。
「私の鞄をどこにやったの?」
もはや笑顔でなんていられない。
早く返してもらわないと。
「だからぁ、放課後にはちゃんと返すって言ってるじゃない」
「そうそう、盗んだりなんてしないわよ?」
三人ほどで集まって、クスクスと笑っている。
私は睨むように彼女たちを見たけれど、その態度が変わることはなかった。
「そんなに睨まないでよ、ちょっとしたお遊びじゃない」
「……本当に、ちゃんと返してくれるのよね? 中身もそのままで」
彼女たちの言葉を信じるのは危ないと分かってはいたけれど、今どこに私の鞄があるのか分からない。
彼女たちを怒らせて、大事なものを壊されたりすることだけは避けたかった。
「大丈夫、ちゃーんと返してあげるわよ」
「……分かった」
絶対に何か厄介なことになると思ったけれど、今は彼女たちの言葉を信じて引くしかない。
そのすぐ後に予鈴も鳴ってしまって、五時限目の準備を始めなきゃならなくなる。
筆記用具や教科書は机の中だったから授業は問題なく出来たけれど、大事な貝殻が今どこにあるのかが分からなくて授業どころじゃなかった。
そして放課後。
ショートホームルームが終わるとすぐに鞄を返してくれるよう問い詰める。
そんな私に彼女たちが告げた言葉は、案の定碌なものじゃなかった。
「茜渚街に?」
「そうよ。あなたの鞄は茜渚街に隠したって言ったの」
ねぇ? と彼女は午後の授業に出ていなかったクラスメートに視線を送る。
つまり、昼休み中に私の鞄を持ち出してそのクラスメートが午後の授業中に茜渚街へ隠しに行ったということか。
あまりのことに絶句する。
ただでは返してくれないだろうと思っていたけれど、まさか校外にまで出て隠してくるなんて……。
流石に想像もしていなかった。
「あなたならすぐ見つけられるでしょ? 黒王子のお気に入りなんだもの」
「そうそう。助けてって泣きつけばいいんじゃない?」
笑いながら言う様子に、彼女たちは全部分かっていてこんなことをしたんだって分かる。
私が櫂人先輩に泣きつくなんて出来ないって分かってるんだ。
事実、櫂人先輩とは昨日の朝会ったっきりだし連絡先だって知らない。
助けてと伝える
「それとも他の男に泣きつく? 得意なんでしょう? 昨日だってキヨトたちと一緒に帰っていたし」
「それは、ただ話を聞きたくて……」
「そんなの知らないわよ。何にしたってあなたが男をたらし込んでるのは事実じゃない」
ちゃんと理由を言っても聞き入れてくれない。
彼女たちの中では私は誰彼構わず男をたらし込む、気に入らない女ってことになっているんだろうか。
「ほら、早く行きなさいよ。暗くなる前に見つけ出さないと、噂の殺人鬼が出て来ちゃうかもしれないわよ?」
「っ!」
その噂のこともちゃんと分かっていて茜渚街に隠して来たなんて。
せめて一言だけでも文句を言いたかったけれど、その時間すら惜しかった。
茜渚街は一度も行ったことのない場所。しかも鞄がどこに隠されたのかも分からない。
日暮れまでまだ時間があるとはいえ、悠長に構えていたらすぐに夜になってしまう。
私は彼女たちをキッとひと睨みして教室を後にした。
「片桐さん、待って!」
生徒玄関で急いで靴を履き替えていると、私の鞄を隠しに行ったというクラスメートに声を掛けられる。
他の子はいないから、彼女の単独行動みたい。
「何? 私急いでいるんだけど」
私の鞄を隠して来た張本人だ。愛想良く受け答えなんて出来ない。
でも彼女はそんな私に少しだけ申し訳なさそうな顔をして、何かのメモを差し出してくる。
「これ、隠した場所の大体の位置。いくら何でも土地勘ないところで探し物は無茶だろうから……それに、殺人鬼が潜んでるなんて噂がある場所に向かわせて、何かあったら寝覚めが悪いし」
「……」
つまりは親切心というより自分の罪悪感を薄めるためにヒントをくれるってことか。
モヤモヤしてそのメモを突っぱねたい気もするけれど、なんのヒントもなく探すのは無茶すぎる。
私は怒鳴りたい気持ちを抑えてメモを受け取った。
「お礼は言わないから」
と、ひと言だけ告げて私は校舎を出る。
お礼は言わないというより言えない。
悪いと思っているなら、はじめからこんなことしなきゃいいんだから。
怒りとか、焦りとか、色んな感情が渦巻く。
心の支えである貝殻がないことで、不安が胸に広がる。
早く、早く見つけなきゃ。
今はまだ、あれがないと心を保っていられない。
寄り添って支えてくれる真人さんも、今日は帰って来ないんだから。
私はもつれそうになる足を
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