支えの記憶

 治療を終えると、休憩時間になった真人さんと一緒に彼の作ったお弁当を食べた。


 料理上手な真人さんのお弁当は冷めていても美味しい。


 そのうち料理のコツとかも教えてもらいたいなぁと思いながら食べ終えると、私は先にマンションへと帰る。


 マンションへ帰った私は、勉強や明日の準備を終えると夕飯の支度にとりかかった。


 朝とお昼は真人さんが用意してくれる代わりに夕飯は私が担当することになっているから。


 真人さんほどではなくても美味しく出来た夕飯が出来る頃には彼も帰って来ていて、一緒に食べる。


 食事中に学校の様子なども聞かれたけれど、心配を掛けたくなかったし孤立しそうだということは黙っておいた。



「じゃあ、明日私は早いから」



 そう言って早めに就寝する真人さんに「おやすみなさい」と挨拶をし、私も自分の部屋に入る。



「ふぅ……なんか、今日は色んなことがあって疲れたな」



 期待と不安に包まれながら向かった学校。


 遅刻しそうになって、櫂人先輩にバイクに乗せてもらって。


 とても助かったけれど、それが原因で女子には初めから嫌われて男子には遠巻きにされる始末。


 しかも学校では黒王子と呼ばれている櫂人先輩は、茜渚街という繁華街を取り仕切っている《朱闇会》の総長だという。


 初めに怖いと感じた印象は間違っていなかったってことなんだろう。



「……でも」



 でも、それでもどうしてか関わりたくないとは思えなかった。


 むしろまた会いたいと思ってしまっている。


 キヨトくんたちに忠告されて頷いたけれど、やっぱり私は櫂人先輩に惹かれてしまっているんだと思う。


 でもクラスの皆と仲良くなるにはやっぱり関わらない方がいいわけで……。


 それを思うと沈んだ気持ちになった。



「あーダメダメ! 気落ちしてなんかいられないでしょ!」



 声を上げて、沈みそうになる気持ちを浮上させる。


 夜一人になるとどうしても落ち込みやすくなってしまう。


 こんなときは、と私は鞄の中に入れておいた巾着袋を取り出す。



 両親を一度に亡くして生きる希望なんて欠片も持てなかった。


 そんな私に真人さんがこれを渡してくれたんだ。


 事故に遭って意識を失っていた間も、ずっと握りしめていたものだって。



 巾着袋を開いて中身を出す。


 手のひらに収まるこれは、大き目のハマグリの貝殻だ。


 内側は金色に塗られ、読めないけれど達筆な字で短歌らしきものが書かれている。


 絵も描かれているけれど、これはちょっと何が描かれているのか分からない。



 これは平安時代からある貝合わせという遊びの道具。


 初めは珍しさや美しさを競う遊びだったらしいけれど、ハマグリみたいな二枚貝は対となる貝殻としか組み合わせることができないことを利用して、江戸時代頃には神経衰弱みたいな遊びになったんだとか。


 私の手元にあるのはその一つの片割れ。


 対となる貝殻はまた会おうと約束した男の子が持っているはずだ。



 あれは、私がまだ五歳の頃。


 両親と一緒にどこかの海に遊びに行って、はしゃぎ過ぎた私は両親とはぐれた上にケガをして岩場で泣いていた。


 そこにその男の子が現れたんだ。



『おひめさま、どうしてないてるの?』



 お姫様なんて呼ばれたのは初めてだったから、ビックリしたのを覚えている。


 男の子は泣いている私をなだめて彼の母親の所へ連れて行ってくれた。



『おかあさん! おひめさまとともだちになった!』



 男の子のお母さんは私のケガを見て、慌てて手当てしてくれたんだ。


 そして、また絶対に会いたいという男の子のわがままを叶えるために、趣味で作ったというこの貝合わせの片割れを私に渡してくれた。



『これは元々一つだった貝殻としか合わないの。あなた達が大きくなってもお互いが分かるように、これをずっと持っているといいわ』



 内側が金色の貝殻は綺麗で、男の子が持っている貝殻としか合わないということが更に特別に思えて……。


 その瞬間からこの貝殻は私の宝物になった。


 今思えば、その男の子は私の初恋だったのかもしれない。


 泣いていた私を見つけてくれた男の子。


 助けてくれた彼は、私にとっては王子様みたいに見えたから。



 そうしていつもお守りのように持っていたから、あの事故のときもずっと握りしめていたんだと思う。


 お父さんがまた転勤になって、その転勤場所へ移動する途中だった。


 そのとき持っていた荷物は全部燃えてしまったし、送っていた荷物は大きなものばかり。


 残った大切なものはこの貝殻くらいだった。


 両親と海に遊びに行った思い出の品でもあるし、この貝殻は私にとって何より大切なものになったんだ。



 両親との、唯一残った思い出の品。


 そして、初恋の男の子との再会を願う品。


 二つの意味で、とても大事なもの。


 だからこそ、この貝殻を見ていると今はいない両親に励まされているような気分になる。


 だからこそ、男の子との再会を思って未来に目を向けることが出来る。


 私は貝殻を胸に抱くように握りしめ、目を閉じた。



「大丈夫。私は大丈夫だよ」



 自分に言い聞かせるように口にする。


 そうすると、貝殻から元気をもらえるような気がするから。


 しばらくそうしていて心を落ち着けると、私は早めに就寝した。


 明日もまた、元気に朝を迎えられるように。

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