前途多難の編入②

 二人に連れて行かれたのはよくあるチェーン店のハンバーガーショップ。


 お腹が空いていたのか、二人はセットメニューの他にもう一つハンバーガーを頼んでいた。


 “ここじゃなんだから”とか言っていたけれど、単純にお腹が空いていただけなんじゃないの? と思ってしまう。


 でもまあちょっと早いけれどお昼時ではあるから理解は出来るかな。


 ちなみに私は甘いものが欲しい気分だったのでストロベリー味のシェイクを頼んだ。


 お昼ご飯は多分真人さんが用意してくれているだろうから。



 始業式が終わったらすぐにクリニックにって言われていたけれど……ちょっとくらいなら遅くなっても大丈夫だよね?



「で? 黒王子の話だっけ?」


「あの人の何が知りてぇの?」



 ハンバーガーにかぶりつきながら二人は早速本題に入ってくれた。


 私は少し考えて一番知りたい事をまず質問する。



「櫂人先輩のことも知りたいけれど、まずはどうしてバイクで送ってもらっただけでみんなから遠巻きにされなきゃいけないの?」


「あーそれかぁ」



 キヨトくんが苦笑いしながらまずはハンバーガーにかぶりつく。


 いや、説明してよ。



「とりあえず、黒王子が人気あるってのは分かるよな? あの高すぎる顔面偏差値見れば」


「うん、それはまあ」



 キヨトくんの代わりにケンジくんが話してくれたので頷いた。


 櫂人先輩の美しいと言えるほどの顔を思えば、それだけで人気があるだろうってことは想像できる。



「で、人気はあるけど愛想がいいわけじゃなくて……むしろ人嫌いって言うか……」



 そのままケンジくんが話してくれた内容をまとめると、とにかく櫂人先輩は女を自分に近付けさせないらしい。


 ずっと想っている人がいるとかで、女嫌いってわけじゃないらしいけれど。


 しかも気軽に名前を呼ばれるのも嫌なのか、黒王子とか名字呼びじゃないと睨んでくるんだそうだ。



「……私、むしろ苗字呼びで睨まれたんだけれど」


「だから、片桐さんは気に入られてるんだろってこと」


「そう、なのかな?」



 特に何かをしたわけでもないのに、気に入られているとも思えないんだけれど……。


 でも、ケンジくんの話が事実ならそういうことになる。


 そっか、だからクラスの女子には最初から良く見られていなかったんだ。


 私が何かしたわけじゃないのに嫌われるっていうのは悲しいけれど、とりあえず理解は出来た。



「で、そんな黒王子が自分のバイクに片桐さんを乗せたんだろ? そりゃ女子連中は面白くないんだろうよ」


「そっか……」



 理解の言葉を返しながらシェイクを飲んで、ふと気付く。



「ん? あれ? でもそれって女子の場合だよね? 男子も遠巻きになったのはどうして?」



 そうだ。


 初めはむしろ近付いて来ていた男子。


 でも、私が櫂人先輩に気に入られているかもってなったら離れて行った。


 あれはどういうことなのか。



「ああ、それは単純な話。黒王子が怖いからだよ」



 今度の疑問に答えてくれたのはハンバーガーを一つ食べ終えたキヨトくんだ。


 入れ替わるようにケンジくんが食べ始める。



「怖い?」



 聞き返しながら、確かに怖そうな雰囲気はあったけれど……と思う。


 髪も目も黒くて、闇を連想させる雰囲気。


 綺麗だけど……綺麗だからこそ、怖いと感じたから。


 でもキヨトくんが言う“怖い”は、私が思っていたものとは違っていた。



「だってあの人、茜渚街せながいを牛耳ってる《朱闇会しゅあんかい》の総長だって話だぜ?」


「え? しゅあん……総長?」



 初めて聞く名称に単純についていけない。


 茜渚街というのは聞いたことがある。


 ここからほど近い繁華街のことだ。


 夜の街って感じだし、特に用事もないから行ったことはないけれど。



「そ、《朱闇会》って暴走族の総長。睨まれたくないって思うのが普通だろ?」


「え? じゃあ何で初めは近付いてきたの?」


「それは片桐さんが可愛くてお近付きになりたいからに決まってんだろ?」


「え? あ、ありがとう?」



 突然褒められて戸惑ってしまう。


 でも、そうして男子だけが近付いてきたから女子には更に反感を買ってしまったみたいだし、複雑な気分だ。


 それに、結局は離れて行ったし。



「あとは黒王子とどういう関係なのか知りたかったからってとこかな? で、思った以上に気に入られてるみたいだから近付かない方がいいってみんな判断したわけ」


「そんな……」



 櫂人先輩に送ってもらったというだけでそんなことになるなんて。


 櫂人先輩は好意で送ってくれたんだろうし、彼を恨むつもりはない。


 あんなカッコイイ人と出会えたこと自体は悪い気はしないし。



 けれど色んな後悔が沸き上がる。


 もっと早くマンションを出ていれば。


 私にもっと体力があれば。


 バスで通学する選択をしていれば。


 そうすれば櫂人先輩に送ってもらうこともなかっただろうし、こんな風に編入早々クラスメートに遠巻きにされるようなことにはならなかったはずだ。


 でも、後悔先に立たず。


 それを今更嘆いてもどうしようもなかった。



 明日からの学校生活、どう過ごそう……。



 一人寂しく過ごす未来しか見えなくて密かに悲しんでいると、ケンジくんが「それに」と硬い表情で話し出した。



「茜渚街で起きている事件に黒王子が関わってるって話も聞くしさ」


「事件?」


「あ、そっか。片桐さんはこの辺のことまだ知らないのか」



 聞き返すと、今度はキヨトくんが意味深に話し出す。



「最近さ、茜渚街に殺人鬼が潜んでるって注意喚起があったんだ」


「さ、殺人鬼⁉」



 思わず大きな声を上げてしまって手のひらを口に当てる。


 でも他のお客さんも騒がしいからか私の声を気に留める人はいなかった。


 そのことにホッとしつつ、非日常的すぎるその単語には悪い意味で鼓動が早まる。



「殺人鬼なんて……でもそれと櫂人先輩とどう関係があるの?」


「いや、あくまで注意喚起だから本当にいるかは分からないんだけどさ。でも最近見たことない連中が茜渚街をうろついてるとか、茜渚街を歩いていた人が短期的だけど記憶が曖昧になってるとかいう噂があってさ」


「とにかく、何かが起こってることだけは確かってこと」



 少し面白そうに語るキヨトくんとケンジくんだけれど、その表情には僅かに怯えが混じっている。


 冗談やウソを言っているわけじゃないことは分かった。



「……その“何か”に、櫂人先輩が関わってるってこと?」


「ああ、少なくとも見慣れない連中と一緒にいたっていう目撃証言はあるから」


「茜渚街を仕切っている朱闇会の総長だ。無関係ってわけじゃないだろうよ」



 二人の様子に、私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


 そんな私の様子を見て怖がらせたと思ったのかも知れない。


 二人は神妙な顔を笑顔に変えて雰囲気を明るくしようとしていた。



「ま、まあ。だからって悪いことしてるってわけじゃないと思うけどな!」


「そうそう。まあでも、そういういことだからあの人を怖がっている奴は多いんだ。片桐さんも、あんまり関わらない方がいいと思うぜ?」


「……うん」



 そうだね、と頷く。


 櫂人先輩と関わったことで女子には邪険じゃけんにされ、男子には遠巻きにされることになったんだもの。


 関わらない方がいい。



 ……でも、どうしてかな?


 関わらないようにしようと思うと、寂しく感じるのは。

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