前途多難の編入①
校門横の辺りに止まった櫂人先輩はそこで私を下ろしてくれた。
「職員室は生徒玄関を入って右の廊下を進んだところにある。迷うなよ?」
「はい、ありがとうございました」
お礼を言ってバイクを置いて来るという櫂人先輩を見送ると、私は職員室に急いだ。
櫂人先輩に送ってもらえたから時間はまだ大丈夫だったけれど、何だか周囲の視線が痛かったから。
やっぱりバイク通学はダメ、なんだよね?
櫂人先輩、ちょっと不良っぽかったから校則違反しているのかも。
送ってくれた櫂人先輩には感謝しているけれど、編入早々校則を破ったなんて噂を立てられるのは避けたい。
周りにいる生徒に顔を覚えられる前にと、私は小走りで校舎の中へ入った。
***
職員室へは迷わず進めた。
櫂人先輩の言った通り入って右の廊下を進めばすぐにあったから。
逆にこれでどう迷えと? と疑問に思うくらい。
櫂人先輩って、怖そうに見えるけれど案外心配性なのかな?
「じゃあ、呼んだら入ってきてくださいね」
「あ、はい」
教室の前まで担任の女の先生に連れられて来て、そう指示される。
先生はすぐに私を残して騒がしい教室に入ってしまった。
一人残された廊下で私は緊張でドキドキする胸を押さえて願う。
友達、出来ると良いな。
でも、そんなささやかな願いは難しいものだったんだってすぐに理解することとなった。
***
「なあ、片桐さんって帰国子女なんだろ? 外国語とか話せんの?」
「えっと、そこまでは……結構転々としていたし、基本は家にいるか日本人学校に通っていただけだったから」
「元々この辺りに住んでたの? 家ってどの辺?」
「え? いや、元々は別の場所で……この辺りは初めてなの」
始業式も終わって先生が来るまでの間、私に興味を持ってくれた数人のクラスメートにたくさん質問を投げかけられていた。
ただし、それは男子ばかり。
「何あれ、早速男はべらせちゃって」
「感じ悪いよね」
男子の人垣の向こうからそんな女の子の声が聞こえる。
確実に女子から反感を買っていた。
うう……私だってこんなつもりじゃあ……。
誰か一人でも女の子が話しかけて来てくれればその子と話すのに。
「ったく、あいつら
内心嘆いていると、周囲の女子の声を聞いた一人が嫌そうに顔を歪めて吐き捨てた。
確かキヨトくんって言ったっけ。
今の状態のことを言っているのかと思ったけれど、ちょっと違ったみたい。
「黒王子取られたとでも思ってるんだろ?」
また別の人、こっちは確かケンジくん。
「黒王子?」
私はケンジくんが口にした言葉を繰り返して聞いた。
黒王子っていうのが誰のことなのか分からないし、第一取られたなんて思われるようなこと私何かしたかな?
「ああ、保健室の黒王子。三年にさ、メチャクチャカッコイイ先輩がいるんだよ」
怖ぇけどな、とその二人で説明してくれる。
「その先輩、身体が弱いわけでもないのに保健室に入り浸っててさ。それで保健室の黒王子なんて言われてるんだよ」
「片桐さん、その黒王子と今朝一緒にいたんだろ?」
「え?」
思いもよらなかった言葉に目を瞬かせる。
黒王子なんて言われるような人と一緒に?
いや、それ以前に私この学校に知り合いほぼいないんだけど……。
戸惑っていたけれど、次の言葉でその黒王子が誰のことを言っているのか理解した。
「黒王子のバイクで一緒に登校してきたって噂になってるぜ? 片桐さん、あの人といつ知り合ったのさ」
「バイクって、櫂人先輩⁉」
思わず叫んでしまう。
でもある意味納得だった。
確かに櫂人先輩は王子と呼ばれてもおかしくないほどの容姿をしていたし、髪や目の色だけでなく雰囲気も黒を連想させる人だったから。
ザワリ
驚きつつも納得していると、私の叫びを聞いたクラスメートがみんなひそやかに騒ぎ出した。
「ねぇ、今あの子黒王子のこと名前で呼んだ?」
「うん、確かに聞いた。ってことはやっぱり……」
変な感じに緊張した雰囲気になって戸惑う。
名前で呼んじゃいけなかったの?
でも、櫂人先輩が名前の方が好きだからって名字呼び拒否したんだし……。
「あの先輩、滅多に人に名前呼ばせないのに……」
「ってことはやっぱり片桐さんって黒王子の……」
目の前の二人を含め、私の周りに集まっていた男子たちも何だか様子がおかしい。
少し離れて、私から距離を取ろうとしているような……。
「えっと、先輩とは今朝会ったばかりだよ? 坂道に苦戦して遅刻しそうになっていたから、バイクに乗せてくれたの」
周囲の反応に戸惑うけれど、取られたとか思われても困ると思って説明した。
でも、私の説明は逆効果だったみたい。
またザワリと騒然となって、説明してくれている二人以外は更に私から距離を取った。
「本当に乗せてもらったんだ?」
「マジか……彼女ってわけじゃないみたいだけど、気に入られてんのは確実だな」
周囲の反応に私は困り果てる。
櫂人先輩を取られたとか言っているような人たちの誤解を解ければと思って事実を話したのに、状況は更に悪くなっている様にしか見えない。
どうしてこんな反応をしてくるのか分からなくて聞こうとしたけれど、丁度担任の先生が教室に入ってきてしまった。
「さあみんな座ってー」
先生が来たのに立って話しているわけにもいかない。
私は自分の席に戻るクラスメートたちを見ながら、後で聞くしかないかとため息を吐いた。
でも、先生の話も終わって帰るだけになっても今度は誰も近付いてこない。
むしろ遠巻きにされているような……。
「じゃー帰るか。キヨト、どっか寄る?」
「ああ、それもいいな」
「あの、待って」
誰も近付いてこないなら私から聞きに行くしかない。
私はさっき説明してくれていた二人を呼び止めた。
「っ、あ……片桐さん」
「帰ろうとしているところなのにごめん。でもさっきの話ちゃんと聞きたくて」
私に話しかけられて戸惑っている二人には悪いけれど、このまま何も知らない状態で帰るのは嫌だ。
二人は困ったように視線を交わし合い、頷いた後で私を見る。
「分かった。でもここじゃなんだからどっかでお茶でもしながら話そうぜ?」
その提案に、私は「分かった」と返事をした。
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