一章 運命の再会

学校までの道のり

 今日から通う海燕かいえん高校は街よりも高台にある。


 海辺の街だから、避難所としても使える学校と考えると納得の配置かもしれない。


 でも、通う学生にとっては坂道が長くてちょっと辛いかも。


 体力は人並み程度だけど、ここまで長い坂道には心が折れそうだ。


 まあ、短くても急な坂道になりそうだからそれはそれで嫌だけれど。



 そうして歩いていると、横の道路をたくさんの生徒を乗せたバスが通り過ぎる。


 歩いている生徒が少ないところを見ても、ほとんどがバスを利用していると見て間違いない。



「……私もバス使おうかな?」



 今日は無理だけれど、明日以降はちょっと考えた方がいいかも知れない。


 そんなことを考えながら、とりあえず今日は頑張って上るしかないと諦めて足を動かしていた。


 それでも半分くらいまで来たところで疲れが出てきてしまう。


 一度足を止めて軽く息切れしながら呟いた。



「これ、本当に歩きは辛いかも」



 両手を膝に当ててそのまま休んでしまう。


 車が行き交う車道を見つめながら、早く歩き出さないと遅刻だよなぁ……と他人事のように思った。


 そんな中、一台のバイク音が響く。


 私の横を通り過ぎたそのバイクに乗っているのは、同じ学校の制服姿の男子。


 バイク通学って良いんだっけ? と疑問に思うと同時に、そのバイクは数メートル先で停止した。


 歩道側に寄せて止まると、何故か私の方をジッと見ている。



 なんだろう? ちょっと怖い。



 そう思っていると、人差し指を使って『来い』とジェスチャーされた。


「え……」


 一応軽く見回してみるけれど付近には私しかいない。

 私に来いと言っているんだ。


「……」


 ちょっと怖いけれど、同じ学校の学生みたいだし……それに進行方向でもあるし……。


 少し警戒しつつ、私は彼の近くに行った。



 近付くと、彼はヘルメットを取りその黒い目で私を射抜くように見つめる。


「っ!」


 爽やかな朝だというのに闇を思わせる黒髪と切れ長な黒い瞳。

 両耳につけられたシルバーのリングピアスだけが太陽の光を反射していた。


 本当に人間なの? って思ってしまうくらい綺麗な顔に、私は息を呑んだ。



 暗くて綺麗なその人を怖いと思う。


 でも、そんな闇にどこか惹かれてしまう自分もいた。



「……お前、見ない顔だな?」


 発せられた声もゾクリとするほど良い声で、ドキドキと鼓動が早まる。


 怖いからなのか、惹かれているからなのか、緊張に震える声で私は彼の問いに答えた。



「あ、私、今日から海燕高校に編入するので……」


「ふぅん……」


 そのまま上から下まで観察するように見られて、居心地が悪い。


 なんでこんなに見られるんだろう?

 私変なところでもある?

 寝ぐせはなかったはずだし、食べカスついてるなんてこともないはずだよね?


 家を出る前に再確認したんだから大丈夫なはず、と思っていると、「それで?」と更に聞かれた。


「こんなところで休んでて良いのか? 編入生ならなおさら早く行かなきゃならないんじゃないか?」


「うっ、そうですけど……」


 痛いところを突かれて口ごもる。


 彼の言う通り早く行かなきゃならなくて、早めに家を出た。


 でも予想以上にこの坂道に苦戦してしまって、思った以上に遅くなっている。



「このままだと普通に遅刻するぞ?」


「うっ」


 もはや言葉も出ない私に、彼はバイクに取り付けてあるテールボックスからもう一つヘルメットを取り出して私に差し出した。


「え?」


「乗れ、送ってやる」


「え? あの……良いんですか?」


 正直助かる。

 この坂道を遅刻しないように上るのはもう無理だから。


「良いから乗れって言ってるだろう?」


 ほら、とヘルメットを押し付けられ受け取るしかない。


 私が受け取ったことに満足したのか、彼は小さく頷きその薄い唇を開いた。


「俺は三年の貝光ばいこう櫂人かいと。お前は?」


「あ、私は二年の片桐かたぎり恋華です。……その、よろしくお願いします。貝光先輩」



 自己紹介をしあって、私の方からちゃんと頼む。

 すると貝光先輩はギュッと眉間にしわを寄せた。



「っ⁉」



 綺麗な顔だからこそ、そんな表情も迫力があって思わずビクッと震える。



「苗字呼びは止めてくれ。名前で呼ばれる方が好きなんだ」


「あ、分かりました。櫂人先輩」



 呼び方が不満だっただけか、とホッとした私はうながされるままヘルメットを着けて彼の後ろに乗る。



「じゃ、行くぞ?」


「はい」


 こうして、私は櫂人先輩のおかげで編入初日から遅刻をするという事態は避けられたのだった。

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