あたらよに咲く鮮血花は愛の形をしていた

緋村燐

プロローグ

 鏡の前でクルリと回った私は、「よし」と頷いた。


 今日から行く学校のセーラー服に身を包んだ私はどこからどう見ても純日本人って感じの黒髪黒目。


 髪はストレートロングだから、日本人形みたいってよく言われる。


 でも、お父さんがクォーターでヨーロッパ系の血も入っていたから肌は白くて目鼻立ちも結構ハッキリしてる。


 まあまあ美人の部類ってところかな?


 でもついこの前までそのヨーロッパの方に住んでいたから、むしろ鼻が低いってからかわれたこともあったっけ。



 日本に戻ってくるのは小学二年生のとき以来だ。


 小さかったから日本でのことはあまり覚えてないけれど、一つだけ印象的な記憶がある。


 私はいつも持っている手のひらサイズの巾着袋を手に取り、思い出した。



 海辺で出会った、ぱっちりした黒目黒髪の男の子。


 いつか会えるかな?


 一度会っただけだし、海辺で会ったという記憶しかないから住んでいる場所も分からないけれど……いつか会えると良いなと思っている。


 だって、今の私にはあのときの彼との約束が心の支えになっているから……。



『ぜったいに、またあおう』



 その約束が、私の生きる道しるべになっているから。



「っと、あんまり時間かけてちゃ遅刻しちゃうよね」



 巾着袋を鞄に入れて私はマンションの自室を出た。


 リビングダイニングに行くと、眼鏡をかけた壮年の男性が「おはよう、恋華れんかさん」とあいさつしてくれる。



「おはようございます、真人まさとさん」



 私も挨拶を返しながら、彼の用意してくれた朝ごはんを食べるためダイニングテーブルに座った。


 真人さん――賠償ばいしょう真人さんは、私の後見人兼主治医だ。


 半年前に両親と共に事故に遭ったとき、私を助けてくれた人。


 そしてそのときに判明した病気の治療のために、後見人として一緒に暮らしている。


 両親を亡くして意気消沈していた私に寄り添ってくれて、半年という短い期間しか過ごしていないけれど今では本当の家族のように思ってるんだ。



 焦げ茶の髪と茶色い目をしている真人さんは四十六歳らしい。

 でも、どう頑張っても三十代にしか見えないくらい若々しいの。


 しかも女性と見紛うばかりの美人。


 こうして見ているだけで目の保養になるなぁと毎日のように思ってる。



 結婚もしているらしいんだけど、事情があって別居中なんだとか。


 その話をするときは悲しそうな顔をするから、あまり突っ込んで聞かないようにしている。



「そうだ。今日は治療をするから、始業式が終わったらクリニックの方へおいで」



 ごはんに納豆をかけながら軽い調子で言う真人さんに、私は「あれ?」と疑問を口にする。



「いつもの周期なら明日か明後日じゃないんですか?」



 ひと月ごとに治療を続けている私。


 次の治療をするなら確かそのくらいだったはずだ。



「そうなんだけどね、明日から私は出張しなきゃならなくなって……。日曜には帰って来れると思うんだけど、念のため早めに処置しておこうと思ってね」


「そうですか、分かりました」



 了解の返事をしながら、土日は一人かぁとちょっと寂しく思う。


 引っ越しとか、今日から通う学校への編入手続きだとかでつい先日までずっとバタバタしていた。


 この土日は久しぶりにゆっくり出来る休日になる予定なんだけれど、一人になるとは思っていなかったな。


 まあでも仕事なら仕方ない。



 私はお味噌汁を口に運びながら、一人の土日をどう過ごそうかと考えていた。


***


「じゃあ行ってきます」



 玄関で靴を履き終えると、見送りにわざわざ出てくれた真人さんに向き直る。


 見送りなんていらないって言ったのに、初日だからと来てくれた。



「うん。忘れ物はないかな? 薬はちゃんと持っているかい?」


「ちゃんとポケットの中に入ってますよ」


「何度も言うようだけれど、絶対に無くさないように。その薬は最後の手段だけれど、万が一があったときにそれを飲まないと君は死んでしまうんだから」



 厳しい表情で念を押されたけれど、何度も言われている事だったから私は軽く返した。



「分かってますって。だから家を出るとき、着替えるとき、帰ってきたときと一日に何度も確認してるんですから」


「そう、だよね。うん、あまり引き止めちゃ遅刻させてしまうね。行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます」



 もう一度出がけの挨拶をして、今度こそ私はマンションの部屋を出た。

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