21.アレクセイ団長(2)

さて、帝国騎士団任命式が終わった今、アレクセイは問題の新人フジノ・デイバンとそのおまけだという妹、ハナノ・デイバンと対面していた。


(うわあ、何これ)

 その笑顔は崩さないで、双子を見ながらアレクセイは思った。


 アレクセイの目の前には、揃いの柔らかそうな茶色い髪の毛と焦げ茶色の瞳を持つ兄と妹。背の高さは兄の方が頭1つ分くらい高く、妹は兄の肩くらいまでの背丈しかない。顔立ちは兄が少し甘めで、妹は元気な感じだ。外観は感じのいい、仲の良さそうな兄と妹だ。


 兄のフジノについてはラッシュから聞いていた通りだった。確かに大きな魔力を感じるし、態度は問題ありだ。任命式の新人代表を務めていた時も不敵に微笑んでいた。


(全団長の前でだよ?なんだよ、あの笑顔。完全に喧嘩売ってたよな)

 式典の最中だったからよかったものの、場合によっては睨まれて、揉めたと思う。実際、礼儀を重んじる第十四団長なんかは、「何ですか、あの新人!」と怒っていた。第十四団長は代々騎士を輩出している由緒ある家門の出で、かなりお堅いのだ。

 アレクセイはフジノを第二団で真っ当に育てていく必要は多いにあるなと思った。


 だからフジノについては、聞いていた通りで、想定していた範疇だ。

 それはいい。

 いや、よくはないが、今や、それはいい。


(それより、こっちだよね? えーと、なにこれ)

 アレクセイは双子の妹のハナノを、フジノを刺激しない程度にもう一度さらりと観察した。


(……やっぱり、すごい結界の数)

 ハナノの全身には結界が何重にも張り巡らされていたのだ。結界の上にはご丁寧に疑似魔法までかけられていて、普通の魔法使いならハナノにかけられた結界に気付かないように念入りになっている。


(特にあの右手……もう、怨念じゃない?)

 そしてハナノの右手の結界。それはもはや訳の分からない重ねがけになっている。きっと何年もかけて、がんじがらめにして強化したのだろう。


(もう術者でも解けないんじゃないか、あれ)

絡み付く結界は、呪いや怨念のレベルだ。

 

 この様子は、外からの攻撃に備えるというよりは、封じ込めだ、とアレクセイは感じた。誰かがこの少女自体か、もしくはこの少女の持っている何かを一心不乱に封じているのだ。

 そう、誰かが。


(誰かっていうか、フジノがなんだろうな)

 結界を張って維持するには、術者の魔力を注ぎ続けるか、相応の魔道具が必要になる。見たところ、ハナノはそんな強力な魔道具を持っている様子はない。この数の結界を維持するには、並の魔力量では無理だから、ハナノとの関係性を考えても、フジノが結界を張っているのだろう。


(えー、もうやだなあ)

 にこにこしながら、アレクセイは心中頭を抱えた。

 怪しい天才新人少年がこんなに必死に封じているものとは何だろう。

 

(よく分からないけど、妹の方が兄より強いってことだよな。そうだよね?でなきゃ魔力消費して封じないよね)

 ハナノは見た感じは普通の少女だ、アレクセイに対する様子も兄とは違ってすごく普通。素直で明るい様子で好感も持てる。


 魔力も、全然大したことはない。きっと微々たるものだ。結界はあくまでもただの結界なのだ。疑似魔法がかかっているとはいえ、そこにすごい魔力や魔法があればアレクセイに分からない訳がない。


(右手からは魔力を感じるけど、それもほんのちょっとだしな)


(………………)

 アレクセイは悩んだ。

隠蔽魔法まで使っているのだ。フジノにハナノへの結界の事を聞いても教えてはくれないだろう。そしてハナノは、おそらく自分にかけられた魔法を把握してない。


 これは総監に報告して双子を本部に引き渡し、手を離すべきだろうか?しかし……


 本部に引き渡せば、この双子を刺激する事になるかもしれない。もし争いに発展した場合、フジノは何とかできる自信はある。だが、ハナノの方が未知数すぎて分からない。

 

(最悪、人的被害が出たりするかな。それになあ……)

アレクセイはこの双子の特に妹に攻撃する気にはなれなかった。

 ハナノはとても普通の少女なのだ。しかも騎士になれた喜びに溢れていてその顔はキラキラしている。フジノだって怪しい事は怪しいが、前途有望な若者でもある。

 

(さて、どうしようかな)

 アレクセイは、とりあえず型通りの説明を始めた。

「聞いてると思うけれど、これから半年間、君達は見習い騎士となる。午前中は帝都駐屯の騎士団に配属になった新人達と合同で訓練を行い、午後からは第二団と行動を共にする。任務には徐々に慣れてもらおうと思うし、実際に任務に連れて行くかどうかは、君達の実力を見てからになるよ」

 

 アレクセイの説明を、ハナノはうなずきながら真剣に聞いてくれる。

(あ、かわいいな)


 フジノは明らかにめんどくさそうだ。おまけにちょっとアレクセイを睨んでくる。

(全然、かわいくないな)


「今日は第二団の皆に紹介をして、世話役の騎士をつける。その騎士に本部と寮を案内してもらって、寮への引っ越しの手続きもしてね」


「はい、分かりました。アレクセイ団長」

「分かりました」

 真っ直ぐな返事と不承不承の返事が返ってくる。

 ここまで対照的だとちょっと面白味まである。アレクセイはこの双子を嫌いじゃないな、と思った。ハナノはいかにも新人という様子で初々しく微笑ましいし、フジノはフジノで憎めない。


(昔の僕と似てない事もないからかな……僕はここまでひどくなかったとは思うけど)

ブレアの言っていた、『君と似ている』にはこういう面も含めていたのかもしれない。


(それに、総監はハナノの事も知った上な気もするんだよね)

その上でアレクセイに双子を任せているのでは……というか、そうだろう。きっと大事にせずにしっかり面倒見ろよという事だ。


(仕方ないなあ)

 アレクセイは、まずは双子をしっかり見守る事に決めた。

 

 その後、アレクセイは2人を第二団の騎士達に紹介し、世話役の騎士に引き継ぐと、サーシャを団長室へと呼んだ。


「どうしました?」

 水色の眼鏡がやって来て、そう聞く。


「サーシャ、急ぎであのデイバンの双子を調べて。内密で」

見守るにあたって、きちんと情報は集めておきたい。サーシャの眉がぴくりと動くが、余計な事は聞いてこない。サーシャは昔からアレクセイの指示には疑問は一切挟まないのだ。


「分かりました」

「あと、双子の兄でフリオ・デイバンという騎士と面会の手はずをして欲しい。第十八団のはずなんだ。君が面会して双子の事を聞いてきて。フリオには、フジノの魔法の実力が半端ないから念のための身辺調査だと伝えて小さい頃の事を聞いてね。そして、どちらかというとフジノの事よりはハナノの事について聞き出してきて欲しいな」


「そちらも急ぎますか?」

「うん。急いで」

「ところで調べるとはどの程度まで? 私はデイバン領まで行った方がいいですか?」

「うーん、君が必要と感じたらでいいよ」

 アレクセイは言いながら、サーシャはきっとデイバン領まで行くだろうな、と思う。


「双子に監視はいります?」

「いや、いい。サーシャ以外は普通にあの子達と仲良くなればいいと思ってる。危険な感じはしないってラッシュ団長も言ってたし、僕もそう思う。もちろん、君も時間が余れば仲良くしてあげて」

「分かりました」

 双子を見守ると決めて冷静に考えてみると、あのハナノに施された結界は、隠している、というより怯えている、という感じだとアレクセイは思う。

 

 怯えているものを追い込んでは逆効果だ。まずは、こちらを信用してもらおう。アレクセイも二人を理解するように努めよう。

アレクセイはそのように決めた。

 


 

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