20.アレクセイ団長(1)

ここで話は一度、任命式の3日前に遡る。


 任命式の3日前、第二団長のアレクセイは嫌な予感がしながら、騎士団本部の廊下を総監の部屋へと向かっていた。

 団長の証であるマントと、肩で切り揃えた黒髪がなびく。すれ違う騎士達はほとんどがアレクセイより体格がいいが、アレクセイを見ると皆、はっとして体を脇にどける。アレクセイは彼らに“ありがとう”とも“気にしないで”とも取れる笑顔を向けた。


 総監の部屋の重々しい扉の前に着き、ノックして入ると、机に座ったブレア総監と、第四団長のラッシュが居た。


「アレクセイ、参りました」

 アレクセイは挨拶をして、ブレアの前へ出た。


「お前、そろそろその髪型やめろよ」

 ラッシュがブレアよりも先に口を開いてそう言ってきた。アレクセイの髪型はいわゆるおかっぱで、ひと昔前は貴族の男の子が小さい頃にする髪型だったのだが、最近はあまり見られない髪型だ。


「なぜ? 僕は気に入ってるんだ」

「その、“僕”っていうのもなあ、もうそんな年でもないだろ?」


「いいんだよ。どうせ童顔で背も高くない」

 アレクセイは自分の顔が、可愛らしい部類である事は百も承知だ。背もこれ以上は伸びないだろう。男性としては平均的な身長だが、騎士は男性も女性も平均以上の身長の者が多いので、騎士団にいると小さく感じられる。

 背伸びしてもどうせ可愛いと言われるのだ。それなら振り切った方がいい。


「この髪型が役に立つときもあるしね」

「あるか? いつだよ」

 一番役立つのは、城のじじい達に結婚を急かされるような時だ。この幼い髪型と困り顔で「まだ、考えられません」と言うと嘘みたいだが、けっこうかわせるのだ。

 でも、それをラッシュやブレアに言うつもりはない。アレクセイの結婚話をこの二人にしては、きっととても微妙な空気になるので止めておく。

 なので、アレクセイは適当に誤魔化した。


「うーん、ほら、最年少で団長になった化物みたいな存在だけど、親しみやすくなるとか?」

「いやいやいや、もはや騎士団内でその髪型と顔に騙される奴いないからな。おまけに化物ってネガティブなやつじゃなくて、敬意こもってるやつだからな」

「えー、でも、もうすぐ新人も来るだろう?早くに打ち解けてくれるかもしれないよ」

 アレクセイはにっこりした。


「アレクセイ、その新人のことで、話があるんだ」

 ブレアがそこで口を開いた。二人はぴたりと黙る。


(あー、嫌な予感しかしない)

 アレクセイはそう思いながら、ブレアの次の言葉を待った。


「今年の新人のフジノ・デイバンの噂は聞いているか?」


「聞いてますよ。試験で簡単に炎の竜巻作った子でしょう。竜巻なんて風魔法の高等魔法なのに、それに属性の違う火魔法まで組み合わせるなんて、ものすごい新人ですね。危険人物の可能性もあるということで、ラッシュ団長が偵察魔法をかけたと聞いてます。性格と協調性に難ありだとも……ん?」

 この流れはもしかしなくても……


「フジノ・デイバンを第二団に任せようかと思っている」

 やっぱりか、とアレクセイは思った。


「どうしてうちなんですか?危険な可能性があるなら、偵察魔法が使えるラッシュ団長のところでしょう?」

「俺の偵察なんて、状態把握くらいしか出来ねえもん。魔法に関してなら、もはやお前の方が上だろう?大賢者以来の天才魔法使い」

「それなら第三団長だってそうだよ。何なら才能は彼女の方が上だ」

「第三団長にフジノを任せていいと思うか?」

ラッシュの問いにアレクセイは沈黙した。


「……それは、止めた方がいいね。きっとすごい喜ぶだろうけど。でも、フジノ・デイバンは性格と協調性に難ありなんだよね? なら上司はひねくれた僕より裏表のないラッシュ団長がいいんじゃないかな」

「お前、外面いいから何とかなるよ」

「ならないよ。フジノ・デイバンの為にも真っ直ぐでピュアな上司の方がいい決まってる。それに危険人物かもなら、第三団の方が強面多いし適任じゃないか」


「フジノは魔力と魔法のセンスは半端ないが、おそらく危険ってものでもねえよ。態度はめっちゃ生意気だし、何かはありそうだが」

「え、何かありそうなら、騎士団に入れるのやめようよ」

「何かありそうだから、入れるんだろ。あれ野放しにするとか、ましてや魔法塔に取られるとか嫌だぜ」

「あー、まあ、魔法塔は嫌かな」

 

「アレクセイ」

 ここで、ブレアがアレクセイに呼び掛けてきた。

 

「はい」

「フジノ・デイバンの魔力は2000~3000。アレクセイ、君と同じで桁違いだ。属性は風と炎で、魔法は独学、どれも幼い頃の君と似ている」


「……まあ、似てますけどね。それにしても魔法が独学? その魔力であれば、まず間違いなく6才の測定で引っ掛かって、帝都の魔法学校に入っているはずですが?」


 6才の測定で魔力が300以上あれば、全てが国によって保証されて魔法学校に入学となるはずだ。入学は強制ではないが、魔法学校には在籍しただけでも将来が約束される。拒む者はほとんどいない。


「6才の時点で、フジノは魔力放出量をコントロールし、測定時はわざと低く抑えてたらしい」


「え? 低くする意味ありますか?」

 魔力が300越えたら、国によって、様々な恩恵が受けられるのに?


 アレクセイの問いかけにブレアはラッシュを見る。

 

「理由は聞いてねえな」

「そこは聞いときなよ」

「しょうがねえだろ、なんか話せば話すほどイライラしたんだよ。それにたぶん聞いたら、じゃあ、高くする意味ってなんです? とか逆に聞かれると思うぜ、そういう生意気なクソガキだ」

「ええぇ、嫌だよ、そんなややこしそうな子」

「あと、妹に執心してる。もしかしたら、魔力抑えたのは妹絡みかもな、離れるの嫌そうだったもんな」

 

(妹?)

 今、変な単語出てきたな、とアレクセイは思う。


「それと、フジノは偵察魔法の存在を知ってた。自分が視られたこともすぐに察知してたぜ」

 ラッシュがしれっと付け加えた事柄にアレクセイは目を剥いた。


「何だよその爆弾は。完全に危険人物じゃないか。真っ黒だ」

 偵察魔法の存在は、帝国では今や皇室かそれに連なる者しか知らない。使い手も先々代の皇帝の時に皇室の血を引く者だけになっている。


「あの先々代皇帝の時の、生き残りとかじゃないよね?」

 偵察魔法の使い手を限定するために、先々代はかなり強引な手を使ったのだ。フジノがその生き残りなら完全な不穏分子という事になる。


「それが、フジノは偵察魔法を知ってる事の重要性は知らねえんだ。あっさり偵察魔法について口にしてたし、だからそこは逆に白なんだよ」

「そういう得体の知れない新人なんて、ますます嫌だよ」


「そんな事言ったって、あんな能力高い奴、放り出す訳にはいかねえよ。騎士団で抱えておくべきだ、それも皇室直属で。そうなると第一団長は人間の常識が通じねえし、第三団長は偏りすぎだし、フジノと俺の相性は最悪だからもうお前んとこしかないんだ」

「そうやって、いつも年若い僕に何でも押し付けるよね」

「はっ、だから、もうそんな若くもねえだろ」


「アレクセイ」

 再びブレアがアレクセイを呼んだ。


「はい」

 アレクセイはラッシュに構うのをやめて、ブレアに向き直る。緑色の瞳が自分を真っ直ぐ見ていた。


 アレクセイはため息を吐く。

 わざわざブレアの部屋に呼ばれて、ラッシュからもいろいろ説明されるという事は、フジノを第二団に入れる事はどうせもう決まっているのだ。


「俺もラッシュの言う通り、フジノ・デイバンは騎士団で注意しつつ育てるのが一番いいと思う。それなら資質が似ている君が適任だ」

 ブレアがにっこりする。目尻がくしゃっとなる温かい笑顔。温かいけど圧のある笑顔なんて出来るのはこの人くらいだと思う。


「……総監が決めたのなら、異論はありません」

 アレクセイはいろいろな思いをぐっとこらえてそう答えた。


「良かった。それとフジノにはおまけがついてくる」

 ブレアが少しニヤリとした。


「おまけですか?」

「ああ、フジノには双子の妹が居て、妹も今回の試験で合格しているんだが、フジノは妹と同じ配属を希望している」

「何ですか、そのふざけた希望は」

 ここで出てくるのか、妹。再登場した妹にアレクセイは呆れた。


「本人はいたって真剣だった。妹をつけてくれるなら大人しくするってよ」

 ラッシュの補足が入る。


「はあ、つまりその妹もうちで引き受けるんだね。で? その妹はどんな子なの? その子もややこしいの?」

「フジノが言うには真っ当で普通らしいぜ。試験の結果も下から数えた方が早い位置で、魔力はなしだ」

「魔力なし?」

「試験時の本人の申告によると、神殿では測定できなかったらしい。公式記録は0だった」

「それはそれですごいな。なしなんて意識保てなくない?とても少しあるってことかな、測定の下限って5だったっけ」

「まあ、俺もなしに近いしな」

 ラッシュが少し自虐的に言う。そこには触れないようにしてアレクセイは続けた。


「なるほど、確かにおまけだね。妹は良い子だといいなあ」

「あの兄とうまくやれるんなら、いい奴なんじゃね」

「妹の名前は?」

「ハナノ・デイバンだ」

「ふーん」

 アレクセイは、フジノよりは取っつきやすそうな妹から仲良くなろうかな、と考える。


「あ、そうだ、双子の兄も騎士やってんだよ。名前はフリオ・デイバン、調べたら第十八団の会計係やってる奴だった。フジノの身辺をもう少し調べたいならあたってみろよ」

 

「わあ、いろいろありがとう、先輩」

 ラッシュのアドバイスにアレクセイは冷たく返した。



 

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