19.任命式(5)
「ハナ、配属、見に行くわよ!」
ローラがハナノの手を取ってハナノは前へと向かう。中庭の前方は、配属先を確認しようとする新人達で騒然としていてなかなか前には進めない。
貼り出された配属表は、各団の表記の下に配属された騎士の名前が書いてある。なのでそもそも自分の名前が探しにくいのだ。
その上、みんな自分の配属先がわかった後も、友人の配属先や上位四団に配属された同期を確認したりするので、表の前はなかなか空かなかった。
背の低いハナノは、配属表の存在すら確認できない上に、話声や、呼び掛けも人混みにかき消されてよく聞こえない。
(フジノは一番前に居たし、もう配属を確認してるよね。私を探してるんじゃないかな、配属先に行く前にちゃんとお別れ言いたいんだけどな)
双子の兄は、まさかハナノに何も言わずに行ってしまう事はないと思うが、これでは探してくれていても分からない。このままはぐれたら今日は会えない可能性もある。そうなると、ハナノは地方の騎士団だろうし、しばらく会えない。
「だめだ、全然見えない。ローラは見える?」
心配になったハナノは、自分よりは背の高い隣のローラに聞いた。
「…………」
ローラが黙りこんでしまったので、ハナノはローラを見上げた。
「ローラ?」
「……ハナ、まだ見えないけど、聞こえてきた所によると、ハナは第二騎士団みたいよ」
(うん?)
ハナノは言われた言葉の意味が分からなくて固まった。
「第二? 誰が?」
「ハナが」
「……フジノじゃなくて?」
「フジノもみたいね。前の方でみんな言ってるわよ。『デイバンの双子が2人とも、第二騎士団らしいぜ』って」
「二人とも? おかしくない? そんなの本当に聞こえてきてるの?」
「私の顔の位置だと、聞こえるわよ」
へええ、背が高いといろいろ有利だなあ、なんて感心してから、ハナノは我に返る。
「第二騎士団……」
それは、確か、エリートだけが入れる上位四団の内の一つだ。
「え? 私が上位四団?」
「そうみたいよ」
「えええ!? なんで?」
それは絶対におかしい。ハナノはどう考えても中の下とか、下の中とがで受かったはずなのだ。
びっくりし過ぎて、足が震える。
「ハナ、落ち着いて。とにかく、ちゃんと自分の目で表を見ましょう」
「う、うん」
根気よく並んで、並んでいる最中にも「お前、第二騎士団だぞ!」とお節介な同期が教えてくれたりして、ますます震えるハナノ。やっと配属表まで来て、震える手で配属表を確認する。
そこにはこう書いてあった。
◇第二騎士団◇
ハナノ・デイバン
フジノ・デイバン
以上2名
「うそぉ」
ハナノの足の震えが増した。
「良かったじゃない」
ローラが言う。
「良くないよ、何かの間違いだと思う。フジノを書くときに勢いで書いたんだよ、きっと」
うん、間違いに決まっている。
それに、間違いじゃない時の方が問題なんじゃ……とハナノは思う。こんなちんちくりんの冴えない自分がエリート騎士達の中に溶け込めるとは思えない。
「でも、以上2名ってあるわよ」
「でも、おかしいよ。はあー、やだよぉ」
ハナノはよく分からない恐怖を感じた。こうなると、ジョウイヨンダンの響きすらも怖い。
そんな得体の知れない中で上手くやっていく自信は全くない。でも何度見ても、第二騎士団の下に自分の名前がある。ハナノは頭を抱えた。
「どうしよお、ローラ。最悪、苛められる……あ、下働き要員とかかな?」
「そんな訳ないでしょ、帝国騎士団よ。苛めないわよ。大体フジノも一緒なんだから平気よ。……それに、私もいるわ」
「え?」
付け足された言葉にハナノは顔を上げた。
「ローラもいるって?」
「私は第三騎士団みたい」
ローラは前を見たままそう言った。その口元が嬉しさでほんのり緩んでいる。表情はなんとかつんとした顔を保っているが、瞳も潤んでいた。
「えっ、おめでとう!」
ハナノは自分の境遇を忘れて嬉しくなった。
「希望してたんだよね、上位四団、よかったね!」
「ええ、まあ、こうなるとは思っていたわ」
ローラは何でもなさそうな感じを必死で装っているけれど、滲み出る嬉しさは隠しきれていない。ハナノはにやにやした。
「ふふふ、ローラ、本当によかったねえ」
「ハナ! やっと見つけた! 僕達、一緒だよ。第二騎士団だって!」
そこに嬉しそうなフジノがやって来た。
「フジ、でもこの配属、絶対変だよ。まず確認した方がいいと思う」
「そう?全然変じゃないけどね」
「絶対変だよ?私が第二団になる理由なんてないもの」
「ハナは僕の唯一の人だもの、当然だよ」
「いやいや、答えになってないからね。あ、ローラ引かないで、フジノはいつもこうなの、聞き流して」
ハナノはフジノの返しに引きながらも、更に引いてるローラに言い訳しておく。
「とにかく、もう後ろでサーシャ副団長も待ってるし行こう。疑問は副団長に聞きなよ」
「!そっか、第二騎士団ってことは、サーシャ副団長がいるのか」
ハナノは優しそうな水色の髪に眼鏡のサーシャを思い出して、ほっとした。サーシャならいろいろ聞きやすそうだ。
「うん。さ、行くよ」
フジノが腕を掴んでハナノを引っ張る。
「わ、引っ張らないでよ。ローラ!また後でね。もし私の配属が本当は地方で会えなかったら、手紙を書くね」
ハナノは、何とかそうローラに言い残して、フジノに引きずられながら後方で待っているらしいサーシャの元へと向かった。
「ハナノ・デイバンとフジノ・デイバンですね。何度かお世話してるので知ってくれているかもですが、第二団副団長のサーシャです。よろしくお願いしますね」
ハナノとフジノがサーシャの元にたどり着くと、サーシャはそう言って眼鏡の奥の目を細めた。
「はい。存じています。よろしくお願いします、サーシャ副団長」
ハナノは姿勢を正して挨拶した。
サーシャはちょっと知っている人だし、優しそうなので、上位四団への配属の不安が少し和らぐ。フジノは無言でちょっとだけ、ぺこりと頭を下げた。
「私に役職は付けなくていいですよ。“副団長”をいちいちつけるの大変でしょう。皆さん、役職で呼ぶのは団長くらいです」
「分かりました、サーシャさん」
「はい。じゃあ、さっそくまずはアレクセイ団長の所に行きましょうか。あ、ご存知でしょうか?第二団の団長さんですよ」
「はい。存じています」
その名前は先ほどローラから聞いたばかりだ。ハナノは配属された団のトップが、さっき一番右端にいた女の子みたいな人だと分かり、ますます配属の不安が和らぐ。団長達をゆっくりじっくり見たが、アレクセイが一番可愛くて優しそうだったのだ。
「ハナノ、何で第二団長を知ってるの?」
フジノが驚いて聞いてきた。
「知ってるというか、ついさっきローラに教えてもらったの。一番右端に居た黒髪のかわいい人だよ」
ハナノの言葉にサーシャが、ふはっと笑い、フジノは嫌そうな顔になった。
「うわ、よりによってあれかあ。ハナ、あの人、全然可愛くないよ。気をつけて」
嫌そうな顔のフジノが言う。
「えっ、そうなの?」
「うん、見た目で判断しちゃダメだ。あの人が一番不気味だった」
「不気味…………あの、サーシャさん、アレクセイ団長は怖い人なんですか?」
ハナノはそろりとサーシャを窺った。アレクセイは実は怖い人なんだろうか、あの少女のような外観で怖かったら、確かに不気味かもしれない。
「そうですねえ、怖くはないかな。でも、いかに可愛らしくとも彼は第二団長です。とても手強い方ですよ。見た目で判断すると痛い目を見るので、そういう点では不気味でしょうか」
「あ、そうですよね。もちろん、可愛いっていうのは見た目だけの話です。すみません。失礼でした」
「いえ、見た目が可愛らしい事は自覚されてますし、大丈夫ですよ。さ、行きましょうか、団長室に戻られてるはずなので案内します」
慌てるハナノにサーシャは優しくそう言ってくれて歩き出す。
「あのう、サーシャさん」
アレクセイの部屋へ向かいながら、ハナノはサーシャに話しかけた。
「何ですか?」
「私が、皇室直属の第二騎士団配属って変だと思うんですけど。本当に合ってますか? 間違いとかないですか?」
「合ってますよ。ハナノさんはうちだと聞いてます」
「でも、試験の成績的にはおかしいと思うんです。謙遜とか卑下とかではなく、私は剣術も体術も秀でてはいませんし、フジノと違って魔法も使えません」
ハナノは必死で訴える。その様子にサーシャは真剣に考え込んでくれた。
「うーん……そうですね。私はハナノさんにはひょっとしたら魔獣を扱う素養があるかも、と聞いています。試験でエントヒヒが服従の姿勢を取ったんですよね。そういう特異な性質の方はよく皇室直属になりますよ」
「そうなんですか?」
そういえばローラもそんな事を言っていたな、と思い出す。
「はい。第三騎士団に配属された、ローラ・アルビンスタインさんも、重力の魔法を使うという事で皇室直属が決まっていました。まあ彼女は、それがなくても第三団長がすぐに奪い取ってましたけどね」
「なるほど……でも、ローラは剣の成績も良くて、何より魔法が特殊なんですよね? 私とは大分違うような」
ハナノとローラではかなりの差があると思う。ローラは自分でも試験の出来に満足出来るくらいに試験をこなせたようだったし、剣も力強いと評判になるくらいなのだ。
ハナノの性質なんて、推定のものだしその他は普通だ。おまけに魔法も使えない。
「ねえハナ、配属どうこうじゃなくて、そこでハナが何をするのか、が大事だと思うよ」
ここでフジノが口を挟んできた。いつもの焦げ茶色の目が真っ直ぐに自分を見下ろす。
「何をするか」
「うん」
「そうですね。ハナノさん達は、まずは半年の見習い訓練の期間があります。毎年この半年の訓練で、早々に辞めていく新人の方も少数ですがいるんですよ。あまり配属には気負わず、無心で励むのが良いと思いますね」
サーシャも優しくそう言ってくれる。
「気負わず、無心で励む……」
確かにそうだな、と思えた。やっと憧れの騎士になれたのだ、どこに配属されようとやる事は一緒だ。凛々しい騎士になれるよう日々研鑽するだけだ。
「サーシャさん、私、頑張ります」
ハナノは笑顔になった。
「はい、頑張ってください。それに私はこんな可愛らしい新人さんが我が団に来てくれて嬉しいです。第一から第四の上位四団って、あんまり可愛い後輩タイプの方来ないんです。フジノさんみたいな方ばっかり来ます」
「僕だって、いたいけな15才の新人ですよ」
サーシャの言葉にフジノが言い返す。
「いやいや、貴方はきっと歴代の新人の中でも特にひどいです。私はサシで貴方に勝てる気がしませんよ……まあ、強いからといって、任務で役に立つかどうかはまた別ですけどね」
サーシャの眼鏡の奥の瞳が少し意地悪く光った。
「あ、感じわる」
「えー? お互い様ですよ」
そんなやり取りをしながら、3人はアレクセイの部屋までやって来た。部屋の扉は白で真鍮製のドアノブがついている。
サーシャがその白い扉をノックして開ける。こざっぱりした部屋には、一面の天井までの本棚と簡単な応接セットがあり、部屋の奥の白い机に、先ほど任命式で見た肩までの黒髪の少女のような騎士が座っていた。その目は薄い金色だ。
「アレクセイ団長、今日からうちに配属の二名です。はい、自己紹介をどうぞ」
サーシャはハナノとフジノをそっと促す。
「初めまして、本日よりこちらに配属となりました、ハナノ・デイバンです」
「同じく、フジノ・デイバンです」
ハナノとフジノは前に出て、挨拶をした。
「初めまして、第二騎士団長のアレクセイだ。よろしくね」
涼やかな声でアレクセイは言うと、立ち上がってフジノとハナノの前にやって来た。二人を見てにっこりする。
近くでみると、きちんと男性だな、とハナノは思った。
アレクセイは遠目だと自分と同じくらいの背の女の子に見えたが、こうして近づくと背丈もフジノと同じくらいあり、細身だけど必要な筋肉がしっかりとついているのが分かる。周りの団長達と比較して見ていたから女の子みたい見えていただけで、全然男性だった。
顔立ちは綺麗で優しげな様子で、声は低くくはないが、少しくぐもっていて落ち着きがある。
(優しそうな人で良かったあ)
ハナノは大きく安堵した。
***
任命式が終わり、新人達がそれぞれの配属に一喜一憂していた時。
帝国騎士団総監のブレアは騎士団本部の建物に戻り、二階の窓から中庭を見ていた。視線の先には兄に引きずられて中庭を横切るハナノがいる。
「あれは、何かを封じてるのかな?……もしかして、妹がメインだったかなあ」
ブレアはぽつりとそう呟いた。
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