18.任命式(4)

前へと向かったフジノは、すぐに説明会の時に指示を受けたサーシャを見つけた。水色の髪に眼鏡の第二騎士団副団長もすぐにフジノに気付く。


「こっちです。ここに並んで待っててください。各団の団長達が前に並びます。そうしたら合図するので、一歩前に出てくださいね」

サーシャはそう言うと、フジノを最前列の中央に並ばせた。それから、総監より剣を受けとる手順を簡単に説明してくれる。


「緊張で手順や台詞が飛んでも、私がフォローするので安心してください」

 サーシャがそう言ってにっこりするが、フジノはふてぶてしく「僕、緊張しないんで」と返した。


「心強いですね、とにかく近くにはいますね」

 サーシャはのんびり返すと、新人の列から離れていった。


 最前列に並んでしばらくすると、本部の建物から二、三人で連れだって深紅のマントの騎士達が出てくる。団長達だ。フジノが入団試験の時に面会をした第四騎士団長のラッシュも居て、ラッシュはフジノを見てちょっと嫌そうな顔をした。


やって来た団長達をみながら、その数が足りないな、とフジノは思う。帝国騎士団は20の団から成るはずだが、中庭に出てきたのは19人だけだ。

何かの任務か、余程の辺境の地にいるかで来れない者がいたのかもしれない。

 

 団長達は新人騎士に向き合う形で並び、整列し終わるとその手前に控えているサーシャがフジノに身ぶりで前に出るよう伝えてくる。


 フジノは悠々と前に出た。

 たった一人で、19人の団長達に対峙する。

 この時後方では、ローラがハナノに『フジノは腹立つくらいに平常心に見えるわよ』と言っていたのだが、果たしてフジノは全くの平常心で緊張はしていなかった。


 自分も含めて、団長達の存在感はハナノの足許にも及ばなかったからだ。

 あの、全細胞がひれ伏す圧倒的な魔力。

 あれには到底誰も及ばないのだ。


 本当のハナノを知っていれば、通常の人間の出す圧程度で萎縮なんてするわけがない。

 あれに比べれば、自分も彼らも赤子同然だ。なので緊張はしない。


 でも、腹立つなあ、とフジノは思った。

 

(こいつら全員強い)

 対峙する団長達を見て、フジノは直感する。

 特に団の数が若い右の方の奴らは段違いに強い。一番右端の黒髪ボブカットの年齢不詳の奴に至っては、かなりの魔力も感じられる。妹のハナノ以外で自分よりも魔力が多そうな人物に会ったのは初めてだ。今の自分では到底勝てないと分かって、それに腹が立った。


 フジノはまだ15才で、16才の成人も迎えていない。身長も伸びている途中だし、体つきだってこれから変わるはずだ。

 まだまだ発展途上なのだ。だから今、目の前の団長達に勝てないからといって悲嘆に暮れる必要はない。それは分かっている。

 

 分かっているが、しかし、果たして二年後や三年後に自分は彼らに勝てるようになっているのだろうか?

 そうフジノは自問してみる。


 答えは簡単だ。


 勝てるくらいにならないといけないのだ。


 ハナノを守る為には、とにかく強くなっておくことは絶対必要だ。

 ハナノの魔力を制御する強さが。

 ハナノを利用しようとする全ての者に打ち勝つ強さが。

 そういう嘘みたいな強さをフジノは身に付けないといけない。


(ハナノが騎士になりたがったから、僕も付いてきたけど、やっぱり騎士団への入団は正しかったみたいだ)

 フジノはゆっくりと団長達を見た。


(あいつらが、強いってことは、僕もここで強くなれるってことだ)

 フジノはその顔にほんの少しだけ笑みを浮かべる。帝国騎士団に入団して良かったと初めて心から思った。



 その時、騎士団本部の建物から、ただの通りすがりみたいな気楽な様子で、1人の男が出てきた。

 男は中肉中背で、赤みのある茶色の髪の毛に瞳はきれいな緑色だ。見目麗しいというよりは、親しみある顔立ちでその目は少し笑っているように見える。

 帝国騎士団の騎士服はグレーなのだが、男は濃い藍色の騎士服に身を包んでいた。帯刀している剣は体つきに比べると大振りだ。その体にはとても無駄なく本当に必要な筋肉がついていて、身ごなしは強靭というでもなく、しなやかというでもなく、とても堅実な様子だ。


 不思議な存在感の騎士だな、とフジノは思った。一人だけ騎士服が藍色なせいだろうか、なぜか目が離せない。


 何者だろう、とフジノは思う。


 藍色の服の騎士は、ふらり、という感じで一番右端の黒髪ボブカットのえげつない強さを感じる団長の横に並んだ。

 黒髪の団長が、やれやれというような顔をして何かを言い、藍色の騎士が笑う。笑うと目の端にしわが寄って、くしゃっとした笑顔になる。とても魅力的な笑顔だ。


(あの藍色が騎士団総監、か?)

 もうそれ以外、考えられないだろう。

 藍色の騎士は一見すごく普通そうに見えて、とても強いという訳でもなさそうだが、目が自然と惹き付けられるカリスマ性がある。

 全く威圧的ではないのに、フジノは自分が自然とその騎士を畏れているのが分かった。

 

(あれが騎士団のトップだ)

 フジノはそう思った。

 たぶん、ここにいる新人が全員、そう思ってる。




定刻を告げる鐘がならされ、藍色の騎士が中央に立った。その騎士が何かを話し出そうとする気配だけで、中庭がしんとなる。

 フジノも思わず息も止めた。


「新人騎士の諸君!」

 騎士がそう呼びかけた。

 明るく、はっきりとして良く通る声だ。心地よい音程で、声が体に染み渡るような気持ちになる。フジノが真っ直ぐに騎士の顔を見ると、騎士の緑色の瞳は新緑のようにキラキラとして、笑っているように光っていた。


「騎士団総監のブレアだ。君達とこの日を迎えられた事を嬉しく思う。見たところ、今期の新人達は大分、面白そうだ」

 ブレアはそこで一度言葉を切ると、新人騎士達を見回した。約200名いる新人達は全員、ブレアの目が自分に注がれるのを感じる。

 フジノも自分に注がれるブレアの視線を感じた。


 ゆっくり見回してから、ブレアは続けた。


「私達は若い君達を守り、育てると約束しよう。一人でも多く、一日でも早く一人前の騎士になってくれることを願っている、是非、励んでくれ」


「「「はい!!」」」

 新人騎士全員が決意に満ちた返事をした。

 フジノですら、返事をしながら心の底から、一日でも早く一人前になろうと思った。人を素直にさせるような何かがブレアにはあった。


「フジノ・デイバン、前へ」

 名前を呼ばれ、フジノはブレアの前へ進み出た。間近で向き合うと、離れている時とは違って、呑みこまれるような錯覚がする。


(すごいな……)

 気圧されながらフジノは思った。

 純粋な強さで言うと、ブレアよりも後ろの団長達の方が強いのだろう。でもリーダーの質やカリスマ性はブレアがダントツだ。

 素直にひれ伏そうと思えてしまう。ハナノ以外にそんな風に思えたのは初めてだ。


 フジノはブレアに跪いて、頭をたれた。元々決められていた動きでもあるが、決められていたからではなく、体は自然に動いた。

 サーシャが剣をブレアにと渡し、ブレアはそれを両手で掲げる。


「汝を騎士と認め、剣を与える。帝国のため信念を持ってこの剣を振るえ。常に謙虚であれ、日々の研鑽に励め」

 頭上から明るい声が降ってきた。


「はい。私は常に謙虚に努力を惜しみません。この身が滅びるまで、帝国のために尽くすと誓います」

 フジノはそう答えると立ち上がって、ブレアから剣を受け取った。ブレアと目が合う。新緑の瞳に全てを見透かされているようで、偵察魔法に晒されている時と似ていた。今は視られてはいないが、ブレアも偵察の使い手かもしれないな、とフジノは思う。


 フジノは一礼すると、新人騎士の列に戻った

 フジノが列に戻ると、ブレアは大きな声で叫んだ。


「騎士団は君達を歓迎する! 騎士団の心は常に帝国とともに!」

 ブレアの明るい声が中庭のすみずみに響き渡り、皆の心を掴む。


「「「騎士団の心は常に帝国とともに!!」」」

 指示も合図もなかったのに、新人騎士達はぴったりのタイミングでいっせいに唱和した。

 空気が揺れて、心が震える。フジノは全身に鳥肌が立って、ものすごい一体感に恍惚となった。


 同期達は全員呆けた顔をしている。唱和の声の余韻が消えても肌は粟立ったたままで、フジノも周囲も立ちすくんだ。



「以上で、任命式を終わります」

 ブレアに変わって、前に出てきたサーシャがそう言い、恍惚としていた新人騎士達は我に返った。


「なんか、凄かったな」「俺、鳥肌たった」「俺も」我に返った周囲がざわざわし出す。フジノもほう、と息を吐いた。


「はーい、では、これから僕の後方に配属表を貼り出します。新人の皆さんは自分の配属を確認してください。各団の新人担当の方も来られてますので、確認出来たら後方で何となく落ち合ってください」

 続いたサーシャの言葉に、皆、配属表を見ようと動き出す。


「押さないでくださいねー、配属表は逃げませんからねー」

 サーシャの声が響く。中庭は一気に騒がしくなった。



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