17.任命式(3)
任命式の行われるのは騎士団本部の中庭だ。
ハナノ達が中庭に着くと、そこには既に新人騎士達の多くが集まって来ていた。来たもの順で列が作られ、整然と並んでいる。中庭の後方には荷物を預ける場所があって三人も荷物を預けた。荷物は任命式の間に配属ごとに仕分けされるようだ。
(背の高い人が多いな)
周りを見回してハナノは改めてそう思う。試験の時もそうだったが、ハナノよりも体格に恵まれている者ばかりだ。もしかするとハナノは新人の中では一番小さかったりするかもしれない。
「あ、そうだ。ハナ、僕、新人代表で前で任命されるんだった。最前列にいなくちゃいけないらしいんだ」
一番端の最後尾に並んだ所で、フジノがさらりとそう言ってハナノはびっくりする。
「えっ、何それ」
「こないだの説明会でサーシャ副団長に言われたんだ」
「聞いてないよ! 代表って、試験、トップだったって事じゃん!」
ハナノはもちろん、フジノがトップかそれに近い成績で合格しているとは思っていたが、それでも新人代表と聞いて嬉しいし、誇らしい。
「たぶんね」
「おめでとう!」
「ふふ、ありがとう」
「やっぱりすごいなあ。挨拶とかするんじゃないの? 大丈夫? 何も考えてなかったよね」
「型通りの言葉を言うだけらしいから、大丈夫だよ。そういう訳で前に行ってみるね。ローラ、ハナをよろしく」
「はいはい、行ってらっしゃい、トップさん」
ローラは面白くなさそうに、しっしっと手を振った。前へと行くフジノを見送り、ハナノはローラとそのまま列の最後尾に並ぶ。
「ねえローラ、新人代表で任命されるって具体的には何するのかな? フジノ、挨拶とかは苦手なはずなの」
並びながらハナノは小声でローラに聞いた。家族以外に無愛想なフジノにまともな挨拶が出来るとは思えない。心配だ。
「帝国騎士団総監から剣を受けとって、忠誠を誓うのよ。儀式としては簡単よ。変わってなければ型通りの言葉を言うだけだわ」
「ローラって、何でも知ってるねえ」
「昔、長兄が新人代表だったの」
ローラの長兄とは、現在第十四団長をしている人だ。さすが団長ともなる人は新人の頃から凄かったようだ。フジノも出世するのかな、とハナノは思う。
「言う言葉が決まってるならフジノでも大丈夫かな」
「それくらいは何とかするわよ」
「だね。それにしても総監から剣を貰うのかあ、かっこいいね。総監ってどんな人?」
「それも知らないの?」
「えへへ、うん」
「まあ、帝都じゃないならそういうものなのかしらね。今の帝国騎士団総監はブレア総監とおっしゃるの。前の皇帝陛下の弟君で、だから現在の皇帝陛下の叔父にあたる方よ」
「へえ、ブレア総監かあ」
「騎士団の総監は代々皇室の血を持つ方が務められるのよ」
「ふーん、陛下の叔父って事は、結構なお年なの? おじいちゃん騎士?」
ハナノは何となく、白ひげを蓄えた恰幅の良いおじいちゃんを想像した
「おじいちゃん……えーと、ハナはそもそも陛下のお年を知ってるのかしら?」
「何となくお父さんくらいかな、と思ってるけど、でもそういえば私、そもそも陛下の名前も知らないからお年も知らないや」
えへ、と笑うハナノ。
ハナノの告白にローラは額に手をあてた。
「お名前は、そうね。無闇に呼ぶものではないけれど仮にも貴族なら知っておいた方がいいわ。こんな場所で軽々しくお呼びできないから、機会があれば自分で調べなさいね」
「はい」
「そして陛下はまだ20代とお若くて、ブレア総監は36才、決しておじいちゃんではないわ」
ローラは陛下の年齢に関して言う時は、ことさら声を小さくして教えてくれた。
「二人とも、お若いんだね」
「ええ、お若いけれど、とても優秀な方々よ」
「そうだろうねえ」
36才の総監なんて楽しみだ、男盛りの騎士団トップ、それはもう絶対に間違いなく、かっこいいに違いない。
ハナノがワクワクしていると、列の前方がざわざわしだした。ハナノが列の間から前を見ると、何人かのかなり存在感のある騎士達が新人達に向き合う形で整列しだしている。
こちらを向く彼らは全員、深紅の飾りマントをつけていて、その首もとにはバッジが光っていた。
ハナノは息を飲む。
(かっこいい……)
すぐに彼らが帝国騎士団の団長達だと分かった。
深紅のマントとバッジは団長の証しだが、たとえそれを知らずともこちらに向き合う騎士達が特別だと分かったはずだ。ただ並んで立っているだけなのに、新人騎士なんて霞むほどにかっこいい。
「もしかしなくても、あの人達が団長達ね?」
ハナノは確信しながらもローラに聞いた。
「そうよ、右から団の数字が若い方順に並んでるわ。自分の団以外の団長なんてあまり近くで見る機会ないから、しっかり見といた方がいいわよ」
言われるままにハナノはじっくりと団長達を見た。最後尾で良かった。目も合わないし、こっそりゆっくり見れる。列の前方は対面する団長達のオーラにあてられて何やらピリピリもしている。
本当に最後尾で良かった。
「すごい迫力だね」
「お一人だけでも存在感あるのに、あれだけ揃って並ばれてるもの」
「うん。……あれ?ねえローラ、一番右の人が第一団長なの? 女の子じゃない?」
団長の列の一番右端、背の低い黒髪のボブカットの騎士がいる。前髪は目の上で揃えられていて、遠目にはかわいらしい少女のように見えてハナノはびっくりした。
「違うわよ。あの方は第二団のアレクセイ団長。周りの背が高いから小さく見えてるだけで、ハナよりは大きいはず。そして男性よ。団長の中では最年少の21才。団長になったのも歴代で最年少の18才よ」
「ええっ!? 男の子なの」
遠目にはどう見ても少女だ。
「今、アレクセイ団長のお隣にいる第三団のラッシュ団長はかなり背が高いの。だから余計に女の子に見えるだけよ」
「顔も可愛い感じがするよ」
「可愛いって……確かに整っておられるけど、可愛いは失礼よ。アレクセイ団長は魔力も2000は軽く越えてて、魔法塔の魔法使いよりも魔法に長けてるらしいわ」
「へえぇ、さすが第二団長」
「ちなみに、第一団長は前にはいらっしゃらないわ。こういう式典には全く出席されないの。皇室の近衛騎士団の一員でもあるから、普段は皇居にいて騎士団本部にも滅多に来ないのよ。お姿を見た事のある騎士も少ないんですって、一番上の兄も遠目でちらりとしか見た事ないって言ってたわ」
「ミステリアスだねえ」
「実在はされてるらしいけどね。第一団長はご自分が許した方にしかお名前を呼ばせなくて、すごく怖いらしいから、お名前すら出回ってないわ」
「うわあ」
何だそれ、ちょっと怖い。
第一団長はとにかく、怖い人だと覚えておかなくては。名前も絶対に知ってしまわないようにしよう、とハナノは誓った。
気を取り直して、団長達を順に見ていく。左の方にはローラと同じ髪色の騎士がいた。あれがきっとローラの兄なのだろう。
団長達が並んで落ち着くと、フジノが最前列の少し前に進み出たのが見えた。見慣れた柔らかい茶髪の後頭部が新人騎士の列から離れて一人で団長達と向き合う。
「フジノ、平気なのかな? あんなすごい人達の前に1人で立つなんて、緊張しないかな」
こうして最後尾で見てるだけでも団長達の圧を感じるのに、あんなに近くで、しかも一人で彼らに向き合って平静でいられるのだろうか。
いくら天才でも緊張するんじゃないだろうかと思う。双子の兄のフジノはそういうのが表に出にくい子なのだ。一人で怯えていたりしないだろうか。
(大丈夫かな)
ハナノは、はらはらした。
「ハナ、私が見る限りでは、フジノは腹立つくらいに平常心に見えるわよ。あの背中は緊張なんてしてないわよ」
心配するハナノを、ローラが面白くなさそうに慰めてくれる。
「そう?」
「あくびでもしてるんじゃない?」
「それはそれで、心配だな……」
ローラに言われて、ハナノはフジノがあくびしているような気もしてきた。
団長達に向き合いながらのあくびは絶対に止めてほしいな、とハナノは思った。
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