16.任命式(2)


2人は荷物を持って一階に下りた。宿泊していた宿は三階建てで二階以上が客室、一階は受付と食堂になっている。階段を下りると直接食堂に繋がっていて、その奥が受付だ。

ハナノが階段を下りて食堂にたどり着くと、その真ん中の席に金髪の騎士が1人、こちらに背を向けて座っていた。


 その騎士服はハナノ達と同じ様に真新しい様子で、ぴんと張った背中には輝く長い金髪が無操作に流されている。白いパンツに包まれた足はすらりと長く、金髪の騎士はその長い足を優雅に組んで椅子に座っていた。佇まいから明らかに貴族だと分かる騎士の背中は少し物憂げだった。

 

 ハナノ達の泊まっている宿は大衆的な宿で、宿泊客は平民がほとんどだ。一階の食堂も庶民的な雰囲気で、存在感のある優雅な金髪の騎士は浮きまくっている。食堂の客達は金髪の騎士から距離を取った席に座りちらちらと騎士に視線を送っていた。


(うわあ、なにあれ、かっこいい)

 食堂に降りてきたハナノはまずそう思う。ハナノからは金髪の騎士の後ろ姿だけしか見えていないが、そのアンニュイな背中と長い足、優雅な座り方だけで、もう既にかっこいい。


(新しい騎士服を着てるってことは、同期なのかな? ここに他に受験生が泊まってるなんて聞いてないけど……)

 ハナノがドキドキしながら金髪の騎士を見ていると、金髪の騎士がこちらを振り返った。


(ひゃあっ、こっち向いた)

 心臓が跳ねる。

 そして、振り返った金髪の騎士はハナノを認めると輝く笑顔で立ち上がり、こう言った。

 

「ハナ! おはよう」


(………………ん?)

 突然の呼び掛けと挨拶にびっくりするハナノ。騎士の知り合いなんていないはずだ、ましてやこんなきらきらしい騎士の知り合いなんて、と思いながら金髪の騎士をまじまじと見る。

 金髪の騎士は少し冷たさを感じる美形で、その瞳は涼やかなアイスグレイだ。このアイスグレイの瞳には既視感があるような……


「……………………ローラ?」

 ハナノはその名前を絞り出すのにたっぷり時間がかかった。


 真新しい騎士服に身を包み、冷たい美貌を花開くような笑顔にして立つ美しい騎士は、説明会で仲良くなった女騎士ローラだった。


「? そうよ」 

「ええええええ!? 縦ロールはっ?」

 ローラのあまりの変身っぷりにのけ反るハナノ。騎士服をまとったローラには豪華なドレスのご令嬢の面影は全くない。何より、ハナノの中でローラのトレードマーク的な存在だった縦ロールがない。


「騎士になったら寮暮らしでしょう、ばあやも侍女もいないもの。あの髪型は1人ではムリよ」

ローラは呆れたようにそう言いながら、肩にかかる金髪を払った。そんな動作もいちいち優雅で、宿の下働きの女の子がぽうっとしながらローラを見ている。

 ハナノは勝手に、ローラにとって縦ロールは凄くこだわりのある髪型だと思っていたのだが、違うようだ。


「なるほど、確かに一人で縦ロールは無理だね。でもその髪型もすごく素敵。私は縦ロールよりそっちがいいと思う。騎士服には断然そっちがいいと思う。もう一回言うけど、すごく素敵」

 思わず拳を握りしめながらハナノは力説した。絶対に一生、ローラにはこの髪型でいてもらいたい、と思う。まさにハナノが思い描く凛々しい騎士だ。


「そう? 髪型っていうか、何もせずにおろしてるだけなんだけど、でも、ありがとう」

 ローラは、戸惑いながらそう言うと、ばさあっと髪をかき揚げた。


(かあーーっこいい!)

 鼻息が荒くなるハナノ。

 自分も髪の毛伸ばそうかな、なんて考える。

 

「ローラって足がすごく長いのね。うわあ、腰の位置が違う。かっこいいぃ、物腰も優雅で貴族みたい」

 ハナノはローラの側に寄ってみて、自分との足の長さの違いに愕然としながらも感心してしまう。

 

「あのねえ、伯爵令嬢なのよ。れっきとした貴族です。あなたも男爵令嬢でしょう」

「そうだけど、うちはすごい田舎だし。ねえ、ちょっとフジと並んでみて」

 ハナノはローラを誘導して、フジノの横に立たせてみた。ローラはフジノとほぼ同じくらいの背丈で、並ぶとバランスがいい。

 ちょっと甘め顔の柔らかな茶髪のフジノに、鋭利な雰囲気のあるゴージャス金髪のローラ。


(いい!)

 

「タイプが違うのがいいね。フジはちょっと顔立ちが甘いんだよね。ローラは冷たい感じだからお互いが引き立つね」

 ほう、とハナノはため息を吐く。


「ハナ? 私、あなたの兄とは初対面なんたけど」

 悦に入って眺めるハナノにローラが言った。


「あ、そうだね。ごめんごめん。フジ、こちらが説明会で仲良くなったローラだよ。ローラ、これが兄のフジノ」

ハナノの紹介に二人が顔を見合う。


「……ふーん、君がローラ・アルビンスタインか。重力の魔法を使うらしいね」

 フジノはローラをじろじろと見た。その表情や口調は攻撃的で見下すような雰囲気がある。


(うおお、いつも通りに感じが悪いよ)

 ハナノはフジノの態度にハラハラした。

 

 フジノは基本的に家族以外には警戒心がかなり強く、態度も悪い。慣れてくると素っ気なかったり無愛想だったりするくらいで最低限の礼儀は感じられるようになるのだが、初対面の人に対しては一通り感じが悪いのだ。


 例外はあって、フジノよりもある程度年上の女性に対してだと初対面からでも礼儀正しい。これは何だかんだで母の影響なのかな、なんてハナノは思っている。

 因みにフジノが一番態度が悪くなるのは大人の男性に対してで、小さい頃は敵愾心をむき出しにする事もあった。これについて、両親はその根本に大人の男性への怯えがあると気づき、一時期はかなり気にしていた。

 ハナノは父から真剣な顔で「フジノが誰か大人の男の人に苛められているのを見た事があるかい?」と聞かれたし、兄達もフジノの周囲に気を配っていた。

 当時は父や兄達であっても、いきなり背後に立つとフジノが身を竦める事があった。なので父と兄はフジノに近づく時は声をかけてからにするのが習慣になっている。この習慣の事はフジノ本人に言ったらヘソを曲げそうなので、フジノには内緒だ。

 

 フジノの背丈が伸びてくると男性への無用な敵愾心は薄れたようだったが、相変わらず大柄な男性は苦手にしていると思う。ハナノはフジノが自分と一緒に帝国騎士団を受けると聞いた時は驚いたし、心配もした。騎士団に入れば、周りはきっと初対面の人達ばかりでおまけ体格がいい人が多い、そんな中でひねくれ者の双子の兄は上手くやっていけるのか、と心配したのだ。


 そして今、ハナノが心配していた通りローラに対してきちんと感じの悪いフジノ。フジノの様子を受けて、ローラもハナノへの態度とはうって変わって、冷たい笑顔になる。


「こんにちは、フジノ・デイバン。私の事を知っているのね」

「ハナから聞いていたし、こないだの説明会で君は有名人だったからね。重力の魔法はとても珍しい。剣も女性なのにとても力強いって聞いたよ。一度、手合わせしてみたいな」

 全然、これっぽっちも手合わせなんて望んでいない声色のフジノ。


「あなたに有名人と言われるなんて光栄だわ。あなたこそでしょう」

「否定はしないよ」

「ねえ、あなたの配属希望はどこ? 上位四団かしら?」

「特に希望はしてないけど、そこだろうね」

「すごい自信ねえ」

「君もそこだろう?」

「どうかしら」

 

「白々しいなあ、アルビンスタインって名門だって聞いたよ? 長兄は騎士団長で次兄は近衛なんだろ。君の試験の出来も良かったらしいね」

「あなた、意外に噂好きなのね」

「採寸室で周りが勝手に話してくれたんだよ。今年の上位四団入りは君と僕だってさ」

「的を得た予想ではあるわね」

「君も大概な自信家だなあ」

「見合う努力はしてきたもの」

「へえ」

「でも、予想通りならあなたも私も帝都に残るから、半年の訓練期間は一緒になるわね。手合わせ、してあげるわよ」

「光栄だよ」

 フジノが黒いものが渦巻く笑顔でにっこりする。


「心配しないで、ちゃんと手加減してあげる」

 ローラはローラで寒気がするような笑顔を浮かべた。


 フジノとローラの雰囲気は双方の背後から、ゴゴゴゴ……と地鳴りが聞こえてきそうなくらいに険悪だが、会話は順調に進んでいる。

 ハラハラしながら二人を見守っていたハナノだが、意外に話が弾んでいることにはほっとした。


(これはこれで、仲良しなんじゃないかな?)


 何なら、初対面の年頃の女の子に対してで言うと、フジノがここまでまともに会話を成立させたのは初めてではないだろうか。大体いつもフジノが無視して終わるから。

 

(ローラ、すごいよ。めっちゃ喋ってるよ)

 内容は不穏だが、まだまだ二人の会話は続いていてハナノはしみじみと感心した。

 そしてこの様子なら、フジノは騎士団でまあまあ周囲とも上手くやれるかもな、なんて思う。ローラが近くに居るなら「あなた、感じ悪いわよ、改めなさいよ」と注意してくれそうだ。


(うん、してくれそう)

 フジノの騎士団生活の見通しは明るいかもしれない。どうやら二人とも帝都駐屯の騎士団は間違いなさそうだし、自分と離れてしまってもフジノは一人ぼっちにはならない。

 ハナノの配属はきっと地方の騎士団になるだろうけどローラが居るなら安心だ。


(よかったあ)

 顔が綻ぶハナノ。


「ハナ? なに、ニヤニヤしてるのさ。ほら、もう行くよ」

 いつの間にか言い争いを止めたフジノがこちらを見ている。


「うん、行こう」

 ハナノは元気いっぱい返事をして、三人で騎士団本部へと向かった。

 

 

 

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