15.任命式(1)
任命式の日、ハナノは宿の浴室で二日前に届けられた騎士服へと着替えた。淡いグレーが基調のジャケットは裾が白のパイピングで縁取られており、鈍い銀色の鋲で首もとまで止められるようになっている。ズボンは細身で色は白、足元は茶色の革のブーツだ。
剣を仕舞う鞘を掛けるベルトもある。実際に帯剣するのは任命式で剣を授けられてからなので、ベルトは形だけ巻いておいた。
着替え終わってから、浴室の上半身だけ映す小さな鏡の前で、背伸びをして全身を見てみる。
「…………」
にへっとハナノの頬が緩む。
(私、かっこいいかも……)
鏡の中の自分は、まあまあかっこいい。
騎士になれた嬉しさがじわじわと込み上げてくる。弾む足取りで部屋へと戻ると、そこにはハナノと同じ様にまっさらな騎士服に身を包んだフジノが居た。
「わあ」
ハナノは感嘆の声をあげる。
部屋の窓際に立っていたのは見慣れた双子の兄ではなく、初々しくも凛々しく若い騎士だった。フジノの少し甘めの爽やかな顔立ち、すらりとした体躯に真新しい騎士服がばっちり似合っている。
(私なんかより、断然かっこいい)
そこには全体的にまだ幼さや不完全さが残っているが、そのアンバランスな様子も魅力になっていた。身長はまだまだ伸びそうで、肩幅も広くなりそうだ、前途有望な様子がひしひしと感じられる。
「フジ、すごくかっこいい。いいなあ」
ハナノは惚れ惚れのとフジノを見回す。
「そう?」
「うん! かあっこいい、フジノってやっぱりかっこよかったんだね」
(妹の自分が見惚れるくらいだから、ひょっとすると、いや、ひょっとしなくてもフジノって騎士の中でもかっこいいんじゃないかな……)
地元でもモテていたけれど、騎士団でもモテるんじゃないだろうか、とハナノは思う。そもそも騎士は帝都の娘達に人気らしいし、この分だと、お嫁にいくのはフジノの方が早いかもしれない。
(同年代の女の子に感じ悪いのを直せば、あっという間に恋人も出来るよね)
モテていたくせに、これまでフジノに恋人が居た事はない。フジノは寄ってくる女の子に(何なら男にも)すべからく冷たく感じが悪かったのだ。地元ではそういう態度もすっかり有名で、最近は寄ってくる女の子もいなかった。
でもここは新天地。騎士団で態度を入れ替えればきっとすぐに可愛い恋人が見つかるだろう。
ハナノとしては、妹の自分にべったりなフジノが少し心配でもあるし、機会があるなら気立ての良い恋人を是非とも見つけてほしい。
(任命式の後は離ればなれだし、お別れの時に女の子の扱いについて一言注意しよう)
うん、そうしよう、とハナノは思った。
***
フジノはフジノで、自分をきらきらした目で見つめるハナノをじっくり見てみた。
フジノと同じ柔らかな茶色の髪は、肩より少し上の長さだが、ハナノが適当に自分で切っているため切り口は無造作で、それが可愛いとフジノは思っている。前髪の下の焦げ茶色の目はいつもより二割増しくらいで輝いている。
ハナノの騎士服の着こなしはというと、肩幅が小さいから既成の騎士服では肩が少し余っていて、子供が借り物を着ているようだ。細身のズボンも少しだぶついていて、そこにブーツを履いた様は騎士というよりも小人みたいだ。
かわいいなあ、とフジノは思う。
「あ、どう? 似合ってる?」
フジノの視線に気付いてハナノが、くるくると回った。完全に踊る小人だ。
「うーん、なかなか……可愛いくきまってるよ?」
これを言うと妹の不興を買うことは分かっていたが、言わずにはいられない。
「あのね、騎士なのよ。可愛さは求めてないの」
ハナノはむすっと頬を膨らませた。怒る小人だ。ますます、かわいい。
「うーん、でも、可愛いよ?」
フジノは笑いをこらえながらそう言った。
「フジノ? 目指すのは凛々しい騎士なんだけど」
「知ってるよ。目指すのは自由だよ、ハナ」
言いながら、くすくす笑ってしまった。
ハナノの頬が更に膨らむ。
「ふん、もういいよ。行こう」
むすっとしたままハナノが、昨夜荷造りを済ませた大きな鞄を持つ。騎士になる為にそれなりに鍛えてきたハナノは荷物に振り回されたりはしないが、小柄なので鞄の取ってを両手で持つ事になり、歩きにくそうにしている様はやっぱり可愛い。
(言い寄る男がいそうだな)
フジノはそんな妹を見ながら、騎士団で妹に悪い虫が付かないようにしなくちゃな、と思う。
入団試験の時のラッシュの言い分から察するに、帝国騎士団はフジノを囲うつもりだ。そうなるとフジノは帝都に駐屯する騎士団のどれかに配属されるだろう。説明会の後、ハナノが「仲良くなった子に聞いた」と教えてくれた上位四団への配属もあり得る。もちろんそこにはハナノも一緒のはずだ。
帝都駐屯の八つの騎士団は、城のすぐ北側にある騎士団本部を拠点にしていて、寮や訓練場は共有だ。新人の見習い期間中の訓練も八つの団合同で行うらしいので、任命式後の半年間は多くの同期達と共に過ごす事になるだろう。
ハナノみたいな小さくて可愛い子が好き、という男は一定数居るのだ。ましてや騎士団、身近に居る女騎士のほとんどは長身で女性にしては体格もいい。小柄なハナノは目立つだろう。ハナノは美少女ではないけれど、くるくるとよく動く表情は愛嬌もある。
説明会でもらった案内によると、帝都の騎士団に配属された新人騎士は、半年間の見習い期間中は原則、騎士団の敷地外への外出は禁止らしい。閉塞感のある中ではハナノの可愛さが余計に強く感じられるかもしれない。
(新人の騎士なんかにハナノを任せられる訳はないし、とりあえず寄ってくる同期がいたらバチバチに牽制しよ)
フジノはそう決めて、自分の鞄を持つとハナノの後を追った。
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