10.普通の兄妹
フジノが勇者の生まれ変わりとして完全に覚醒したのは、6才の神殿での魔力測定の3日前だった。
生まれる前からやたらと鮮明な夢なら細切れに見てはいたが、繋がりは曖昧で意味を成さないものだった。それが一夜でばっちり噛み合い、全てを思い出したのだ。
フジノは自分がなぜ生まれた時から妹を守る事に執着しているのかを理解する。全てを思い出した6才のフジノはすぐに確信したのだ。
妹のハナノが、魔王だった少女の生まれ変わりだと。
なぜ確信したのかは正直、分からない。当時を思い出すと考えて結論を出した、というより定められていた事を知ったという感覚だったと思う。
ハナノに巨大な魔力があったのは確信の理由の一つだっただろう。ハナノは胎児の頃から巨大な魔力を持っていた。それをハナノは無意識に閉じ込めていたが、双子だったせいか、前世の因縁なのか、フジノはその閉じ込められた魔力を感じる事が出来た。
でも、魔力のせいだけではなく、フジノには分かったのだ。ハナノが魔王として扱われていた黒髪の少女の生まれ変わりだと、ただ分かった。
(今度こそ、絶対に守る)
6才のフジノは前世でハナノを殺してしまったという悲愴感と共にそう決意した。そしてとにかく強くなろうと考える。
(ハナノが誰にも利用されないために、僕は誰よりも強くなくてはならない)
200年前の魔王少女はただその魔力を利用されていた。今世でのハナノにあんな事は絶対にさせない。
その夜、フジノは泣いてハナノを抱きしめながら眠った。
翌日から、フジノは元々何となく使えた魔法を自己流で鍛えだす。
また、魔物や古代語について積極的に調べて、学ぶようになった。魔物や古代語は、前世の記憶はあるが細部はあやふやだ。なので知識としてしっかり身につけようとしたのだが、これが最初は難航することになる。どちらも思うような教本がなかったのだ。
魔物についての図鑑や解説書は屋敷にも図書館にもあったが、前世の記憶からするとどれも不十分で物足りなかった。
フジノが欲しかったのは、前世では冒険者の誰もが愛読していた魔物の解説本だった。でもそれが男爵家の書庫にも神殿の図書室にも、町の古本屋にもない。200年の間に絶版となり存在を忘れられたようだ。解説本は本編と副読本のセットで読むのが通例の本で、副読本が特に役立つものだったのだがどこにもない。
神殿の神官に取り入って見せてもらった資料室でかろうじてボロボロの本編は見つけたが、肝心の副読本はなかった。
ないものはしょうがない。フジノは魔物については、解説本を諦めて今ある図鑑の足りない部分を自分とハナノの知識で補充して学ぶ事にした。
そして古代語、こちらは魔物についてよりも状況が悪かった。古代語にいたっては教本はもはや存在していなくて、神殿の神官も存在は知っているが全く扱えないものになっていた。忘れられ、廃れゆく言語となっていたのだ。なので古代語については古書の中の僅かな記入を探し、自分の記憶を頼りに学ぶしかなかった。
そんな手探りの努力の過程でも、フジノはハナノを魔王の生まれ変わりだと強く確信することになる。
ハナノは、フジノが教えてもないのに、語彙は少ないが古代語を話すことができたし、魔物については「何かそれ知ってるよ」とフジノより詳しかった。
(やっぱり、絶対そうだ。ハナが魔王だ)
フジノは神殿の図書館で古書を挟んで向き合う妹を見ながら思う。
そもそも、こんなバカみたいな魔力、あの魔王少女以外あり得ない。
ハナノはフジノのように前世の事を覚えてはいないようで、自身の魔力についても自覚はない。
ハナノに前世の記憶がない事にはほっとした。できればこのまま、何も思い出さないで欲しいし、魔力についても、何も起こらなければいいと思った。
そこで気がかりになったのは、ハナノがよく熱を出す事だった。ハナノは時々高熱を出したのだ。
フジノにはそれが多すぎる魔力が体に負担をかけているのだと分かる。解決策としては魔法を使って魔力を消費するしかないが、ハナノは無意識に魔力を封じ込めているので、使いようがない。荒療治でその魔力を解放する事は恐ろしくて出来なかった。前世の魔王少女は8才で全てを焼き払ったと言っていたが、それは魔力を解放した途端に起こる可能性だってある。ハナノが高熱を出す頻度は5才頃からどんどん増えてきていて不安だったが、踏み切れないままだった。
踏み切れないままに、フジノが7才でハナノの魔力の出口を作ったのは、ハナノの高熱があんまり可哀想で衝動的にやってしまった事だ。
人差し指を実際に噛む必要はなかった。あれはハナノが無意識に築いている魔力の殻のようなものを破るのを強くイメージするための行為だ。イメージ通りに殻に孔を開け魔力を吸出してやるとハナノの魔力はそれを受け入れた。
衝動的で危険な行為だったが、それでハナノは熱を出さなくなったし、そのおかげなのか前世で魔王が覚醒したという8才の誕生日も何事もなく終わった。結果オーライだ。
ハナノの人差し指から漏れる魔力がどんどん大きくなることも心配したが、そんな事もなく、平穏な日々が続く。
もしかしたらこのままハナノは何も知ることなく平和に人生を送っていけるのではないか、とフジノは考えたりもした。
なので、ハナノが騎士を目指すと言い出した時、フジノは最初は嫌だった。ルドルフの時の騎士にいい思い出はない。身分と権力をかさにきて嫌な奴が多かったし、ハナノが魔王だとバレれば敵になる可能性が高い。何とか止めようとしたけれど、妹の意思は固い。
当初は途方にくれたのだが結局、いろいろ考えた末にそれもいいかもしれない、という結論にいたる。
一番の決め手は騎士になれれば、家を出ていく事になる事だった。
もし覚醒の時がきて周囲を焼き払ったとしても、家族が離れた所にいれば、少なくとも家族の心配はしなくてすむ。ハナノも自分も。これは大きい。魔王少女は自分で自分の最愛の家族を殺してしまい、それを深く悲しんでいた。あんな思いをハナノにはさせたくない。もちろんフジノも母と父と兄達は絶対に巻き込みたくない。
加えて、もし、ハナノの魔力だけが覚醒した場合、帝国の中枢である騎士団に身を置いていた方が利用されにくいのでは、とも考えた。少なくとも魔王としては扱われない気がする。
政治や権力の思惑は簡単に向きを変える事も知っているので、どうなるかなんて分からないが、田舎の貧乏弱小貴族よりは騎士がいいかもしれない。
ハナノが騎士になるために自己研鑽する事は、ハナノが自分で身を守るのには良い事だし、フジノにもそれは言える。
こうして考えると、騎士になる選択はなかなか良いかもしれない。フジノは自分も一緒に騎士になろうと決める。自分の実力があれば騎士団で出世することも可能だろう。出世すればきっとハナノを守りやすい。
そうしてフジノは自分も騎士を目指すことにした。二人で剣術を習い、勉強もした。ハナノは入団試験を受けられる14才で試験を受けたがったが、それは何とか説得して15才での受験にした。フジノはハナノに前世の年齢までは穏やかに過ごしてほしかったからだ。
そして、ハナノ念願の入団試験。
フジノももちろん受験した。ハナノの運命がどう転んでも守るために。
***
フジノは試験会場の受付にて、不安そうに待っているハナノを見つける。
「遅いよ、どうしたの?」
妹は少しむすっとしていた。
「ごめん、ちょっと本部に呼ばれちゃったんだよ」
「本部に?なんで?」
「試験で炎の竜巻を出したんだけど、やり過ぎたみたいで、なんかいろいろ聞かれた。どこで習ったのか、とか」
「あの火柱、すごく高かったもんね」
「うん、あんまり出来ないレベルだったみたい、昔より魔法のレベルが落ちてるんじゃないかな」
「昔?」
「何でもないよ」
「試験自体は大丈夫だったの?」
「うん、僕は余裕。ハナは?試験うまくいった?」
「うーん、剣術の打ち合いはまあまあだったと思う。体術は、よく分かんない。エントヒヒが何故か私には組み付いてこなくて、試技にならなかった」
「組み付かなかった?どういうこと?」
フジノは怪訝な顔になり、ハナノはエントヒヒとの事をフジノに説明した。
エントヒヒは服従の姿勢をとっていたと聞き、フジノはエントヒヒがハナノの魔力を感じたのでは、と思う。これは少し気にかけておく必要がありそうだ。
「……ふーん、でも平均点つけてくれるなら良かったね」
「うん、あ、だからバナナ二本も、もらったんだよ。いる?」
「いる。魔法使うとお腹減るんだよ。」
フジノは笑顔でバナナを受けとる。
すごく、普通の会話。普通の兄妹。
これからもずっと、こうやって過ごすんだ、とフジノは思いながら宿へと帰った。
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