5.帝国騎士団入団試験(3)
「はい!」
ハナノは自分の名前を呼ばれて返事をすると列から離れ、舞台へと上がった。試験官の大柄な騎士がじろりとハナノを見た。間近だとハナノは首を折らないと見上げれないくらい大きい。
(大きい、フリオ兄さんよりずっと背が高い)
騎士の目は細くて鋭く、ちょっと怖そうだ。でも、怖じ気づいてる場合ではない。
「ハナノ・デイバン、15才です!魔法は使えません!」
ハナノは試験官の目を見て、しっかりとそう告げた。
「君の審査をするファシオだ。よろしく。魔力は?」
「ありません!6才の神殿での計測は0でした!」
ファシオの問いにハナノが即答すると、ファシオは目を丸くした。
「はっ? 0?」
「はい!ゼロです!」
「ふははは、0なんて初めて聞いたぞ。大丈夫か?よく生きてこれたな?」
ファシオは豪快に笑った。笑うと怖い様子が和らぐ。
魔力は多ければ多いほど、体が丈夫で病にも強く、怪我の治りも早いとされている。
ハナノはまだ遭遇した事はないが、万が一魔物に襲われたりしても、魔力が多い人の方が生存率が高い。なのでファシオの「よく生きてこれたな?」は言い方の配慮はないが、そんなに大袈裟な事でもない。
魔力は、どんなに少なくても10程度はあるのが普通で、神殿での測定限界の下限値は5らしい。ハナノは過去に魔力が8だという人に会った事があるが、ムキムキのマッチョなお兄さんだった。マッチョなお兄さんは子供の頃は風邪ばかりひいて、怪我は長引くし、体力も少なくても苦労したと言っていた。そんなマッチョ兄さんは白い歯をキランとさせて、「俺は生きるために筋肉つけたんだ、お前も頑張って鍛えろよ」とハナノを励ましてくれた。
とかく、この世界は魔力が少ないと大変な世界なのだ。ハナノだって小さい頃は原因不明の高熱をよく出していた。怪我はあまりしてこなかったので、怪我の治りについてはよく分からない。
体力は普通な気はするが、フジノに比べると少ないとは思う。
そういえば、原因不明の高熱は剣の鍛練を始めて一年くらいで収まってきたようにも思う。どうやらマッチョ兄さんの助言は正しかったようだ。
「はい!お陰様で生きてこれました!ありがとうございます!」
ハナノが生きてこれたのは、ファシオのお陰でも何でもないが、ハナノは勢いよく返事をした。
そして、返事をしながら、さっきの受付でもだったのだが、ハナノはちょっとだけ罪悪感を感じる。
本当はほんの少しだけ魔力があるのだ。たぶん1とか2とか。
もちろん、神殿での魔力測定の下限値は5なので、それ以下の魔力ならあってもおかしくはない。
でも、計測云々ではなく、ハナノは自分に魔力がある事をきちんと実感しているし、何なら
だから絶対に0でないのだが、そんな事を説明しても、ファシオの手間をかけさせるだけなので、嘘をついているようで申し訳ないが、ハナノは黙っていた。
今も、右手の人差し指から、うっすらと水に墨を落とすように自分の魔力が出ているのを感じる。ハナノが目を落とせば、それは見えてもいる。
じわっと少しずつ。
微量すぎて魔法にまとめることもできない魔力。
ハナノの人差し指の魔力。
実はこの魔力はフジノのおかげだ。
この人差し指の魔力はフジノが作ったものなのだ。
小さい頃、ハナノはよく高熱を出した。
7才の時だったと思う。熱にうなされ、あまりのしんどさにポロポロと泣いていたハナノの部屋にフジノが来た。
決然とした顔をした双子の兄はこう言った。
「ハナ、手を出して。僕が熱が下がるおまじないしてあげる」
そしてフジノは有無を言わさずハナノの右手を引っ張りだし、人差し指をがりっと噛んだ。
「いたあっ」
フジノに噛まれた痛みは、熱に朦朧とする中でもかなり痛かった。全身がビリビリする痛さだ。
絶対に血が出た、何をするんだ、とハナノは思ったが、熱でしんどすぎて手を払いのけることもできない。
「大丈夫だよ、僕にまかせて」
フジノはハナノの人差し指からじんわり滲む血をちゅうと吸いとった。
その時、ハナノはフジノに熱そのものを吸いとられたような感覚がした。高熱でパンパンに膨らんでいた体から熱が抜ける。
「どう?」
フジノが不安そうに覗きこんでくる。
「どうって何?」
「マシになった?」
「分からないよ」
噛まれた時はすごく痛かったので、むすっとしながらハナノは答えて、眠りに落ちた。
翌日には熱が下がり、フジノが噛んだ跡からうっすらと墨のような何かが出るようになった。
「ねえ、これなあに?フジがしたんでしょ。」
ベッドに起き上がったハナノは、様子を見にきたフジノに見えるように、右手をひらひらと泳がせた。ゆらりゆらりと薄い墨のような跡が空中に表れてすうっと消えてゆく。
「僕はちょっと出口を作っただけだよ」
「出口?」
「うん。魔力の出口。あー、えーと、ハナには魔力があるんだよ」
「え?ないよ?一緒に神殿に行ったじゃん。私0だったよ。どんなに少なくても10くらいはあるって聞いてたのに」
「でも、あるもん。僕には分かる」
フジノはぷうっとふくれた。
「そうなの?」
フジノの様子にハナノはちょっと嬉しくなった。フジノは4才から自己流で魔法を使いだしただけあってもちろん魔力も多い。
双子の兄は6才での計測をするまでもなく、魔力が多いだろうと言われていたので、ハナノも実際の測定までは、自分もそれなりの魔力があるんだと勝手に思っていたのだ。
それなのにまさかの、0でショックだったから、フジノに魔力があると言われてすごく嬉しい。
「僕が間違うわけないだろう」
「うん。フジは天才だもん。わあ!うれしい!ほんの少しだけど魔力あるんだね」
「ほんの少し……逆なんだけどな、まあいいか。そうだね。とにかくハナには魔力があるけど、それがハナの体には良くないみたいだったから、出口を作ってあげたんだよ」
「じゃあ、これが私の魔力なんだね。でも私のなのに、私に良くないの?」
ハナノは、すい、すい、と右手を振る。
うっすらと黒い墨が空中に散らばる。
「まあ、魔力にも相性はあるしね。そうやってほんのすこーしだけ出しとけばちょうどいいよ。あっ、どこ行くの!?」
「母上に魔力あったって報告してくるー!」
言いながら、ハナノは走り出している。
両親はハナノの魔力が0で、すごく心配してくれたし、落ち込むハナノを励ましてくれたのだ。一番に報告しなくては。
「えっ、ちょっと待って!!」
フジノは慌てて追いかけてくる。
「母上には見えないと思うよ!」
「何で?」
「ハナ、かかってる魔法とか、魔力ってとても優れた魔法使いでないと見えないんだよ」
「? でもフジには見えるんでしょ?私も見えるよ」
「ハナ、僕は天才だからね。ハナは自分の魔力だから見えるの。母上や他の人には見えないだろうからあんまり言わない方がいいよ、変な顔されちゃうよ」
「そうなの?」
「うん」
「そんなあ……」
「まあ、母上に報告くらいならしたら?」
残念そうになるハナノにフジノが言う。
「そうする!」
ハナノは再び走り出して、母に人差し指の魔力を報告した。
結局、フジノの言う通り母には墨のようなハナノの魔力は見えなかった。でも、ハナノが母に真剣に訴えると母は「ハナが喜んでるなら何でもいいわ。私も嬉しいわ、見えないけど」そうやって納得していた。後で父と他の兄達にも見せたが結果は同じで皆、困ったように笑った。
そういう経緯があっての人差し指の魔力だ。だからハナノは魔力について聞かれればいつも、神殿の公式の記録通り0と答えていたし、人差し指の魔力については黙っていることにしている。
若干の罪悪感はあるのだが、困らせるよりはいいだろう。何より本当にほんの少しの魔力なのだ。
「元気がいいな。では、魔法の試験はパスだな」
ハナノの返事にファシオがにかっと笑う。
「はい!」
「試験は体術と剣術だけ。剣術は模擬剣を使って現役騎士との打ち合いで、体術については後程説明する」
「分かりました!」
試験官の説明に、また勢いよく返事をして、ハナノは試験に集中した。
最初の剣術。ハナノは刃を潰した模擬剣を渡されて木の舞台に上がり、手合わせをする騎士と向かい合う。ファシオが後ろで自分の様子を観察している。
(大丈夫、いつも通りすれば合格できるってフジノも言ってた。フジノが間違えたことなんてないんだから。フジノは天才だもの)
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
最後に一回だけマントラも唱える。
(中の下で受かる)
「お願いします!」
一礼して、ハナノは対戦相手の騎士と対峙した。
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