6.帝国騎士団入団試験(4)

試験の対戦相手は説明であった通り、現役の騎士で中堅クラスのようだ。その構えは基本に忠実で落ち着いている。じっとハナノの様子を観察していて、あちらからは打ち込んでこない。

 

(こちらから行けってことだよね)

「行きます!」

 ハナノはそう言うと、打ち込んでいった。


 一手、二手、三手、と次々に打ち込む。相手の騎士は落ち着いて受け止めてくる。弾き返したりはせずに、ただ淡々とハナノの剣を受け止めては流す。

 受験生の打ち込みの型を見ているのだろう。剣を弾かれないのは助かる。対戦相手もファシオと同じく大柄な騎士なので、ハナノの腕前では弾かれたらあっという間に剣を落とすだろう。

 

(まあ、弾くほどの危険が感じられないってことでもあるんだろうな)

 騎士はしばらくハナノに打ち込ませた後、今度は攻めに転じた。

 きれいに型通りに打ち込んできてくれるし、太刀もあまり重くない。

 さすがだな、とハナノは思った。相手の騎士は受験生の能力を見やすいように十分に手加減して対戦していくれているのだ。


 騎士の手加減のおかげで、その剣の早さと重さは、いつも相手をしていたフジノのより遅いし軽い、ハナノは落ち着いて受け止めることができた。

 ただ、落ち着いて打ち合いはできるのだが、いかんせんハナノの腕は平凡なので、相手から一本は取れない。ハナノには意表を突いた攻撃や、華麗な剣さばきは一切ないので、相手が基本に忠実であれば、単調な打ち合いが続くだけだ。

 結局、疲れが出たところで、剣をはじかれ終了となった。


「ありがとうございました!」

 全力でお礼を言って、礼をする。

 見せ場は全くなかったけど、悪くもなかったはずだ。とにかく落ち着いて打ち合いはできた。

 ハナノは満足だった。だって、中の下で受かればいいんだから。


「次、体術!」

 ファシオがそう言うと、ハナノを木の舞台の裏手へと誘導した。同じ様な木の舞台が設置されていて、そしてハナノの前に一頭の白い猿が連れてこられる。


「エントヒヒだ」

ハナノはぽつりと呟く。

 エントヒヒは白色のフワフワの毛に覆われ、長い手足と青い顔が特徴のサルのような魔獣だ。

 魔獣は魔物の中でも、人に害をなさないものや有益なものをいう。エントヒヒは、野生では雪深い山に群れで住んでいて、害はない。子育て期でなければ、人間を攻撃したりはしない平和な猿の魔獣だ。


ハナノの呟きに、ファシオが感心した顔になる。

「エントヒヒを知っているのか? 山岳部の村では飼い慣らしていたりもするが」

「図鑑で見ました。実物は初めてです」

「勉強熱心だな」

「魔物と魔法は、頑張っています」

勉強熱心なフジノと共にハナノだって励んでいるのだ。


「いい心がけだ。知っているなら説明は不要だな。体術の相手はこのエントヒヒだ」

 エントヒヒは群れの序列を組み合いで決めるので、体はそんなに大きくないが力はけっこう強い。爪や牙はなく、こういう試験にはうってつけだろう。


「騎士団で飼い慣らしている奴だから人には慣れているが、目を突いたりすれば狂暴になるから純粋に体術だけで挑むように」

「はい!」

「ふむ、では、」

ハナノの返事に、ファシオはごそごそと何かの準備を始める。


(でもどうやって、組み合いをさせるんだろう?普通は襲ってこないと思うんだけどな)

 エントヒヒに向き合いながらハナノがそう思っていると、ファシオは高らかにバナナを掲げた。


 エントヒヒの目付きが変わる。足踏みをして明らかに興奮し出した。そしてエントヒヒの興奮が最高潮に達してから、ファシオはこう宣言した。

 

「勝者にはこのバナナを与える!」


 エントヒヒが人の言葉を解しているとは思えないが、ニュアンスは伝わっているようだ。というかこのくだり、きっと何回もやっているのだろう。ファシオの宣言に、エントヒヒはもろ手を上げて雄叫びを上げた。すごい盛り上がりである。


「なるほど、バナナを賭けて戦うんだ……」

という事は勝ったらバナナはハナノが貰うということになる。

 

(バナナ、苦手なんだけどな)

 ハナノはあんまりバナナは好きではない。あのにゅるっとした食感が合わないのだ。なのでエントヒヒのように戦意は高揚しない。

 

(あ、でも、フジノは喜ぶな)

 双子の兄は甘党で、果物全般も好んで食べる。

 フジノ曰く、「魔法って、いろいろ消耗するんだよ。糖分が要るんだ」との事。

 ハナノはフジノの為にもバナナを勝ち取ろうと気持ちを鼓舞した。

(よし!バナナは苦手だけど、頑張るぞ)


「お願いします!」

(バナナも試験も私が貰う!)

 ハナノは腕まくりして、エントヒヒに向かった!

 

 向かった!


 向かった!


 向かったのだが…………


「うん?」

 肝心のエントヒヒはハナノが近付くと、先ほどの興奮はどこにいったのか、じとっとこちらを見ながら地面に伏せて動かなくなってしまった。

 

「あれ?」

 エントヒヒは動かない。

 

「…………やっ」

 ハナノは試験でもあるし、警戒はしつつ、エントヒヒの両腕を掴んで組伏せてみた。なんの抵抗もなく、エントヒヒはハナノに組伏せられる。


「…………あのぅ」

 ハナノはファシオを見た。

 どうやらハナノの勝ちなのだが、対戦者であるエントヒヒは戦意を喪失していたのだ。体術も何も使っていない。


「……全く戦わなかったな。さっきまでは問題なかったんだが」

「お腹、いっぱいなんですかね?」

「バナナは別腹のはずなんだがなあ」

「他の子でやります?」

「それしかないな、とりあえずこの試合は、勝者!ハナノ・デイバン!」

 ファシオはハナノの勝ちを宣言し、重々しくバナナをハナノに渡す。

「ありがとうございます」

 ハナノはエントヒヒの手前、恭しくバナナを受け取った。


 その後、別の固体が連れてこられたのだが、結果は一緒で、ハナノは二本目のバナナをもらう事になる。

 

「エントヒヒの嫌な匂いでもしてるんでしょうか?」

 2本のバナナを持ったハナノは自分の匂いを嗅いでみる。まさか、田舎臭いとかだろうか?


「うーん、地面にああやって伏せるのは服従の意思の表れだ、君にはひょっとすると魔獣を扱う素養があるのかもしれんな。何の動作もなしでエントヒヒのあの服従、稀有な才能かもしれん。その旨を書いて体術は平均点をつけておこう」

 そう言うと、ファシオはにっこりした。

 試験中のやり取りで、ハナノに少し親しみを持ってくれたようだ。

 稀有な才能かも、と言われてハナノの顔は輝く。


「ありがとうございます!ファシオさん!」

 お礼を言って、名前を呼ぶとファシオは今度は、ふははと笑った。

「俺はなかなか君を気に入ったぞ、ハナノ・デイバン。真っ直ぐな性格の奴は好きだ。剣の型も綺麗だったし、受かるといいな。

君は魔法の試験はパスだからこれで終了だ。結果は伝書鳩で2日後に届ける。お疲れ様」


 「はい!お疲れ様でした!」

 ハナノは笑顔で試験場を後にした。


 


 帰り支度をして、会場の入り口へ向かい、フジノを待つ。先刻の火柱がフジノなら、ハナノより先に試験は終わっているはずなのだが、待てども待てどもフジノは現れない。


 ほとんどの試験場で試験は終了している様子なのに、それでもフジノは戻ってこない。


(何かあったのかな?)

 少し心配になってきた頃、やっと見慣れた柔らかな茶色い髪の毛を認めた。


「遅いよ、どうしたの?」

「ごめん、ちょっと本部に呼ばれちゃったんだよ」

「本部に?なんで?」

「試験で炎の竜巻を出したんだけど、やり過ぎたみたいで、なんかいろいろ聞かれた。どこで習ったのか、とか」

「あの火柱、すごく高かったもんね」

「うん、あんまり出来ないレベルだったみたい、昔より魔法のレベルが落ちてるんじゃないかな」

「昔?」

「何でもないよ」

「試験自体は大丈夫だったの?」

「うん、僕は余裕。ハナは?試験うまくいった?」

「うーん、剣術の打ち合いはまあまあだったと思う。体術は、よく分かんない。エントヒヒが何故か私には組み付いてこなくて、試技にならなかった」


「組み付かなかった?どういうこと?」

 フジノが怪訝な顔になり、ハナノはエントヒヒとの事をフジノに説明した。

「……ふーん、でも平均点つけてくれるなら良かったね」

「うん、あ、だからバナナ二本も、もらったんだよ。いる?」

 

「いる。魔法使うとお腹減るんだよ。」

 フジノは笑顔でバナナを受けとる。


 そうして二人は宿へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る