4.帝国騎士団入団試験(2)

「違う試験場だね、残念」

 手続きを終え、もらった試験場案内を見比べてハナノは言った。


「まあ、身内だし普通は離すよね。いい、ハナ、とにかくいつも通りするんだよ。絶対に大丈夫だから。僕の全てを懸けれるくらい本当にすごいのはハナだからね」

「いつも大げさだなあ」

「僕なんて、ハナノの足許にも及ばない」

 フジノが真っ直ぐ目を覗きこんでくる。


「私とフジを知ってて、そんな事言うのフジだけだよ」

 フジノは地元では天才で神童なのだ。

 両親とフジノ以外の三人の兄達は、むしろ末っ子で唯一の女の子であるハナノをかなり特別扱いはしてくれるが、家族以外の人達からはいつもハナノはフジノのおまけだ。

 

「当人の僕が言うから、そうなんだよ」

「私の剣の腕はまずまずなのに?」

「確かに、ハナの剣はまずまずだよ」

「貧相な体格で、魔力もないのに?」

「ハナの体格が貧相なのは事実だよ」

「ふふふ、私、今のところ、何もフジに勝ってないよ」

「ハナは僕がひれ伏す唯一の人だよ」

「フジ、それさあ、シスコンっていうんだよ」

 そう言いながらも、ハナノはまんざらでもない。魔力がなくても、剣の腕は平凡でも、学力だって及ばなくて、家族以外の人々の目はいつもこの双子の兄に注がれていても、兄は常にハナノを立ててくれる。

 立ててくれるなんてものじゃない、崇めて奉っている。だから、周囲からどれだけフジノと比べられ、付属品扱いされても、ハナノはくよくよした事はない、意固地になったことも、妬ましく思った事もない。

 だって当のフジノが自分の足元に身をなげうっているのだ。心配こそすれ、疎むことなんてない。

 そう、むしろ心配だ。

 (私がお嫁に行ったら、どうするんだろう?大丈夫かな、フジノ)

 お嫁に嫁くのは具体的には想像できないのだが、時々、そう思う。今もそう思う。


「ハナ?大丈夫?また緊張してるの?」

 こちらの気も知らずに、心配しだしたフジノにハナノは微笑んだ。


「ううん、平気。天才にそう言ってもらえると心強いよ。大丈夫な気がしてきた」

「良かった。終わったらこの入り口の受付集合にしよう。じゃあ、後でね」

「うん、後でね」

 二人は手を振って、それぞれの試験場へと向かった。



 フジノと別れて、ハナノは地図を頼りに自分の試験場を目指す。年に一度の帝国騎士団の入団試験だけあって、会場は広い。案内によると試験場は50個あるようだ。


(毎年の本試験の受験者が大体2000人で、合格するのは150人くらいらしいから、受かるのは10人に1人もいないかあ)

 試験は身分に関係なく、14才から17才までの帝国民なら誰でも受けれる。地方ごとの予備試験があり、ここで合格した者が今回の本試験を受けに来ている。ハナノもその一人で、その数約2000人。

 受験者の中には何の準備もできずに腕と才能一本で挑む平民の受験生も多く、幼い頃から剣を学べる貴族は有利ではある。6才から剣を習っていたハナノもそのぶんは有利だ。


(せめて、私に魔法が少しでも使えればなあ)

 魔力は誰にでもあるが、魔法を使える者は多くはない。魔力が多かったり魔法が使えれば、合格率はぐっと上がる。この点でもフジノの合格は間違いないのだ。

 でも、使えないものはしょうがない。そもそも、ハナノには神殿での魔力の計測値は0だ。

 体術も悪くはない程度に習ってきたが、ハナノの小柄な体は不利だ。なのでとにかく、この平凡な剣で何とかしなければいけない。型だけは綺麗だ、と剣の先生にも言われてるハナノの剣。


 (大丈夫、いつも通りやろう)

 この入団試験が憧れの騎士への第一歩になればいいと思う。

 ハナノはぐっと拳を握った。


 ハナノが騎士を目指したのは6才の時。この年に一番上の兄が16才で帝国騎士団に入団したのだ。

 ハナノの生家のデイバン家は地方も地方のど田舎の男爵家。デイバン家は子沢山な家で、四男一女をもうけており、ハナノにはフジノを含めて四人の兄がいる。

 そんなデイバン家の領地には自警団はあっても騎士団の駐屯地なんてなかったし、大きな街道もなかったので、任務へ赴く騎士が領地を通るような事もなかった。だからハナノは6才まで正規の騎士に触れ合う機会はなかったのだが、6才の夏に電撃的に出会うことになる。

 長兄のフリオが帝国騎士団への入団後初めて実家に帰省したのだ。

 兄弟やご近所のリクエストに応えて騎士団のグレーと白の騎士服を纏ったフリオは、とてつもなくカッコよかった。元々、兄弟の中では一番がたいが良く、地元の剣術大会で優勝した事もあるフリオはハナノの憧れではあったのだが、騎士になったフリオはこれまでのフリオが、ぶっちぎられて見えなくなるくらいにカッコよかった。


 (カッコいい……)

 あまりの衝撃に鼻血を出しながらハナノは自分も帝国騎士団に入ると誓う。

 その年は、神殿での魔力測定で“0”と判定されて随分と気落ちしていた年だったのだが、そんな事はどうでもよくなるくらいに、騎士のフリオは眩しかった。

 そこからハナノは帝国騎士団に入る為に剣を習い、「魔法は使えなくても、騎士になるならその知識は絶対に必要になるよ」というフリオの助言の元、フジノと共に魔法の勉強にも精を出した。 


 そうして迎えた本日、入団試験当日である。  

 (出来ることを確実に。これだよね)

 ハナノはしっかりした足取りで自分の試験場へ向かった。

 


 自分の試験会場の番号が書かれた簡易テントにたどり着く。近くには一段高くなっている木製の舞台と、日除けのテント。周囲にも間隔を開けて同じような試験会場がセットしてあった。

 簡易テントには受付があり、受験票を見せると日除けテントで待つようにと告げられる。

 ハナノはそこで他の受験生達と座って、そわそわと定刻になるのを待つ。

 気のせいかもしれないが、周りの受験生は全員自分より強そうだ。ほとんどの者がハナノより背も高く、がっちりしている。また不安が大きくなりそうで、ハナノは先ほどのフジノの言葉をぶつぶつ反芻した。


 大丈夫、いつも通りやれば、私は中の下くらいで受かる、私は中の下くらいで受かる……


 100回ほど唱えた所で、定刻になる。

「これより!帝国騎士団入団試験を行う!」

 試験官の騎士がそう宣言し、ハナノははっとそちらを見た。

 大柄な、よく日に焼けた騎士がハナノ達の前に立っている。

 

「試験は剣術、体術、魔法が使える者は魔法、の順で行う!受験番号の小さい者より始めていく。名前を呼ばれたら舞台に上がるように。質問がある者はいるか?」

 大柄な騎士がよく響く声でそう言って、受験生達を見回した。

 

 さすが、騎士、声の大きさも通りもすごくいい。かっこいい。

 憧れの目で眺めるハナノ。


「質問がないようなので、早速始める!」

 騎士の宣言の後、すぐに最初の受験生の名前が呼ばれて舞台へ上がっていった。


 ハナノの順番は後ろの方だ。他の受験生の様子を見てもきっと不安になるだけなので、ハナノは膝を抱えて俯き、さっきのマントラを再度ぶつぶつ唱える事に集中した。


 やがて、辺りからは剣と剣がこすれる音が響きだす。目の端では木の舞台で受験生と騎士が打ち合っているのが見えた。周りの試験場でも打ち合いが始まっているのだろう。

 更にしばらく経つと、魔法の試験を行う者も出てきたようで、何かがはぜる音がして、木の焦げる匂いもしてくる。

 ハナノはぎゅうっと膝を抱えて集中した。


 そして、更にしばらく経った頃、


 奥の試験場から、ゴオーッという大きな音が上がる。

 ハナノが顔を上げると、離れた所に天高く渦巻く炎が見えた。かなりの高さがある火柱だ。炎は竜巻に巻き込まれているようで、テントが激しくはためいている。


 周囲がどよめく。

 どこからか悲鳴も上がった。

 「きゃあっ」

 「何だあれ?」

 「火?」

 「竜巻だ!」

 周りの騎士や受験生がざわざわして、手のすいている騎士は、慌てて火柱の方へ駆けて行く。


座って待っていた受験生達も、そわそわと立ち上がりだした。

 「あれ、魔法かな?」

 「でも規模が大きくない?あんなの見たことないよ」

 「魔物……とかじゃないよね」

「馬鹿、ここは帝都の中心だぞ、魔物なんか出るかよ」

 「事故?」

「逃げた方がいいのかな?」

 騎士達が火柱へと駆けていくのを見て、受験生らは不安げにこそこそ話し、様子を確認したいのか歩きだす者も出てきた。周りの試験場からも不安げに顔を出している者達が多い。

 

「落ち着いて!落ち着いてください!座ってください!あれが何かは確認中です。危険があれば指示するので指示に従ってください!」

 案内役の騎士達が各試験場に声をかけて回って来る。


「おい!座れ!まずは自分の試験に集中しろ!これくらいで慌てるな、そんな奴は落ちるぞ!」

 ハナノの試験場の大柄な騎士の一喝も飛んできて、立ち上がった者達は不安そうなままに腰をおろす。


 周囲がざわめく中、ハナノは落ち着いて一人ぼんやりと火柱を見ていた。

 怖くないし不安はない。

 あれが何なのか、ハナノはよく知っているのだ。

 

 あれはフジノの出す炎の竜巻だ。


 何回も見たことがあるフジノの火柱。たまに屋敷の裏山でこっそり使って見せてくれる炎と風の魔法で両親と兄達には内緒だった魔法だ。


 裏山で見せてくれていた火柱よりも、太いし高い気もするが、いつも見ていたものと同じだ。


 (あんなに高くなるんだ、裏山には木もあるし遠慮してたのかな。高いなあ………)

 ハナノは惚れ惚れとフジノの魔法を見上げる。


 大丈夫だよ、あれはフジノの魔法だよ。と周囲に教えてあげたい気もするが、混乱を広げそうなのでやめておく。


 それにしても、これだけ皆に騒がれるということは、やっぱりフジノの魔法はすごいのだろう。今まで自分だけが知っていた、双子の兄のすごい魔法が、やっぱりすごいようで、ハナノはちょっと、いや、大分嬉しい。

 フジノが認められるのは自分も嬉しいのだ。

 そして同時に羨ましくもある。

 

 (いいなあ、もう絶対合格で、成績は上位だろうなあ)

いいなあ、絶対合格。しかも、上位。


 上位での合格なら、数ある帝国の騎士団の駐屯地の内、より力のある帝都に駐屯する騎士団に配属となるだろう。

 対してハナノはうまく合格したとしても、帝都駐屯の騎士団への配属なんてきっと無理だ。

 

 (今度こそ、フジノと離れて暮らすんだろうな……)

 そう考えると、しんみりしてしまう。

 フジノとは生まれてからずっと一緒だったのだ、何なら生まれる前からずっと一緒だ。だから、離れるなんて正直想像できない。

 

(できないけど、そうなるんだろうなあ)

 ハナノが遠くない別離について考えている間に、火柱は消えて、周囲も落ち着いてきた。


 そして、自分の名前が呼ばれた。


 「次!ハナノ・デイバン」


 

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