3.帝国騎士団入団試験(1)
「フジノ! 着いたよ!」
抜けるような青空の下、肩までの柔らかな茶色い髪の毛を揺らして焦げ茶色の瞳を輝かせ、ハナノは少し後ろを歩いてくる双子の兄を振り返る。
ハナノは洗いざらしのシャツに簡単な革製の防具を付け、動きやすそうな綿のズボンに履きふるしたブーツという出で立ちで、後方の双子の兄、フジノも同じような格好である。
ここはウィンド帝国の帝都のほぼ中心にある勇者の広場。何でも200年前に魔王を倒して帝国に平和を取り戻した勇者の一行が、ここで皇帝よりお言葉を賜った場所なのだとか。
石畳の広大な広場は普段は帝国民の憩いの場なのであるが、本日は帝国騎士団の貸し切りとなっており、広場全てが帝国騎士団入団試験の試験会場となっている。広場の外周には“関係者以外立ち入り禁止”と書かれた看板と共に柵がはられ、広場の真ん中の噴水の水は止められており、噴水横のカフェは試験本部に使われている。
そんなウィンド帝国騎士団の入団試験会場に、その試験を受ける為にハナノは来ていた。
辺境の地の男爵令嬢であったハナノがここに来るまでは、馬車で十数日もかかった。
遠かった。
もう、途中で帰ろうかと思うほど遠かった。
疲労困憊で三日前に帝都に着いた時はどうなることかと思ったが、ちゃんと余裕を持って到着したので、旅の疲れはすっかり取れている。万全の体調で望む入団試験だ。
騎士!
騎士!騎士!
わあ、あそこにも騎士!
帝国騎士団の入団試験会場であるので、当たり前だが周囲は騎士だらけだ。
会場の受付も、警備も案内係も騎士が行っているので、至る所に帝国騎士団の制服である薄いグレーと白の騎士服に身を包んだ騎士達がウロウロしている。
ハナノが小さい頃から憧れ続けた騎士達。地元の男爵領ではあまり目にしない正規の騎士達に興奮はピークだ。
(うおー!騎士がいっぱい!)
心の中で雄叫びをあげるハナノ。
時折、見える女騎士の姿はもはや眩しい。
(女騎士! カッコいい! カッコいい!! カッコいいいいぃ!!直視できないいぃ)
「ハナ、ハナ!落ち着きなよ」
ハナノが女騎士の凛々しさに身悶えていると、一緒に試験を受けにやって来た双子の兄、フジノがたしなめてきた。
くいっと腕が引かれて受付の列に並ばされる。
「ムリだよー。もはや女騎士なんだよ?もはや!」
興奮でちょっと自分でも何を言ってるのかは不明だが、ハナノはフジノを見上げてそう言った。
双子だから昔は全く同じ背丈で体型だったのに、13才頃からフジノの背だけぐんぐん伸びて、15才の今は見上げるのが当たり前になっている。
「そうだね、でも、ハナもなるんでしょ」
ハナノの意味不明の言葉をおそらく正しく理解して、フジノは諭すように言ってくる。自分と同じ深い茶色の目が優しく微笑む。
「……うん」
そう言われて、ハナノは少し緊張してきた。
(なれるかな?)
試験を無事に通ることは出来るのだろうか。
(帝国の中枢、帝国騎士団だよ?私なんかがなれるのかな。あんなに凛々しい女性騎士になれるのかな)
「あれ、緊張してきちゃった?」
「なんか、急に」
「大丈夫だよ。絶対、受かるよ。ハナの剣はまずまずなんだからね」
「う、うん」
まずまず……。
言葉のチョイスはちょっとアレだが、いつものことなので、フジノが励ましてくれているのだということは分かる。
「体術だって、小柄な割にはできてる方なんだよ?」
「……うん」
小柄な割には…………。
でも、これだって、励ましてくれているのに違いないだ。
「いつも通りやれば、何とか合格はできるだろうから、いつも通りやるんだよ」
何とか合格……。
「……ギリギリ合格かもなら、ギリギリ落ちるかもよ?私、魔法使えないから、剣で光るものがないとダメだと思うんだけど」
ハナノの剣の腕はものすごく年相応で、平凡だ。剣の先生からはいつも、「悪くはないよ。悪くは」と言われていたのだ。せめて「悪くないよ」だけにしてほしかった。
「ハナの剣は光ってないけど、基本に忠実だし、悪いところはあんまりないんだよ。フリオ兄さんと一緒だよ。中の下くらいで受かるから大丈夫」
「そう?」
ハナノは一番上の兄で現役騎士のフリオと同じと言われて、少し元気が出てくる。
「そうだよ、僕が間違ったことなんてないだろ。ハナは自分を過小評価しすぎなんだよ。体格も貧相だし、魔力もないのにそれだけできるってすごいことだからね」
「うん」
体格も貧相……。
もうちょっと、普通に励ましてほしいな、とは思うけど、ありがたく頷くハナノ。
「僕の事は一切、心配しなくていいからね。自分のことだけ考えるんだよ」
フジノのその言葉に、ハナノは笑った。
「フジの心配なんてしないよ。絶対受かるもん。なんならトップだよ」
ハナノはこの天才の双子の兄の試験結果は、全く心配していない。
「ふふ、ありがとう」
フジノはハナノの言葉を当然のように受け止めて笑う。そう、天才だからだ。
双子の兄であるフジノは、いわゆる天才だ。赤ん坊の頃から魔力が多いと分かるくらいだったフジノは、4才で勝手に魔法を使いだして、家族を驚嘆させてからは、地元では有名な神童として育った。
フジノは魔法に関しては、特に教えてもらった訳でもないのに、6才になるまでに風と火の2つの属性を使いこなすようになり、魔道具への魔力の注入も誰にも教わらずにやってのけた。
勉強熱心でもあり、その知識量には大人でも舌を巻く。「お前何で、そんな事知ってるんだ?」とフジノが言われているのをハナノは一体どれだけ聞いたことだろう。
魔法に関する事はもちろん、魔物や薬草、果ては古代語まで、フジノの知識は幅広く、深く深く深かった。
ハナノも含めて、両親や兄達はわりとすぐにフジノが何を知っていようと疑問に感じなくなった。これが神童というものなのだろう、と受け入れた。そしてハナノは今では大抵の疑問はフジノに聞けば解決すると信じている。
6才から一緒に始めた剣も、フジノは始めた時から強かった。抜群のセンスというやつだ。
地元の少年剣術大会では7才から負けなしで、13才の時には、兄のフリオを模擬試合で負かしている。その後も奢ることなく研鑽を積み、腕を上げている。体つきはまだまだ細いので、力強さはそんなにないが、それでも十分に強い。
帝国騎士団の入団試験は魔法と剣術、体術だ。フジノの合格はまず間違いないのだ。
そういうわけで、ハナノはフジノの心配なんてものは、本当に一切していない。
「はああ、せめてもう少し、私の背が伸びてたらな……」
ハナノはため息をついてそう言った。
「そう?小さくて可愛いよ。」
「フジ?私は凛々しい騎士になるんだよ?可愛さはいらないよね」
「でも、せっかくあるんだからさ。ね?」
「ね?って何。ね?って」
「次の方、どうぞ」
そんな所に、受付の順番が回ってきて、ハナノは言い合いをやめて慌てて受験票を出した。
「ハナノ・デイバンです。よろしくお願いします!」
係りの騎士が受験票を確認してくれる。確認が終わるとすっと伝書鳩の元の玉子を差し出された。
「合否の連絡で使う伝書鳩です。魔力の登録をして、殻に名前を書いてください」
伝書鳩は魔道具の1つだ。玉子の状態で魔力を登録すると、登録した者への伝言を載せて運んでくれる。わりと値が張るので、通常の通信手段は手紙だ。
受験者一人一人にそれを用意するなんてさすが帝国騎士団、お金があるのだ。
「あ、すみません。私は魔力が全然ないんです」
ハナノは申し訳なさそうにそう言った。
「えっ?全然ですか?」
受付の騎士がびっくりする。
そうだよね、とハナノは思う。
魔力が全然ないなんて、会ったことないよね。
私も自分しか会ったことない。
「0です。神殿での測定でも計測できなかったんです」
ウィンド帝国では子供は皆、6才になった年に地域の神殿で魔力測定をする必要がある。魔力は全ての人が持っているが、その量は人それぞれで、魔力量が安定するとされている6才で計測し、その値は神殿で記録、保管される。
一般的な魔力量は10から100くらいまでで、100を越えてくると人によっては魔法が使えたりもする。
魔力が多いと、魔法への耐性も強いし、怪我や病気が治りやすかったりするので、魔力が多いことは魔法が使えるかどうかに関わらずステータスだ。
6才の魔力測定で値が300を越えると、その時点で魔法が使えなくても国の全面保証付きで帝都の魔法学校へ入ることになる。
訓練次第で魔法を使える可能性が高いからだ。
「えー、0?初めて聞くなあ、どうしようかな」
「今までは、親宛に鳩を飛ばしてもらってたんですけど、両親はこっちには来てないので、一緒に試験を受ける兄宛で飛ばしてもらえませんか?宿も一緒なので」
ハナノは後ろで手続きを見守っていたフジノを示す。受付の騎士もフジノを見た。
フジノは外用の笑顔でにっこりする。
「兄のフジノ・デイバンです。どうぞ、身分証明書です…………ね?正真正銘家族です。あ、僕達は双子なんで年齢は同じです。帝都の宿に泊まっているので宿宛で手紙を出していただいてもいいんですけど、時間も手間もかかるでしょう?
合格でも不合格でも、僕達はどうせすぐに報告し合うし、僕宛で妹の結果を報せてもらえるとありがたいんですが」
「確認するよ……ふむ、確かに家族で宿も一緒だね。いいよ。じゃあ、お兄さんが妹さんの伝書鳩にも魔力を登録して、殻の名前は妹さんの名前を書いてください」
「ありがとうございます」
無事に伝書鳩の手続きも終わり、ハナノとフジノはそれぞれの試験場を案内され、受付を終えた。
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