2.魔王と勇者(2)

「え?」

 魔王の言葉にルドルフは一瞬、呆然とした。

 

(今、こいつは、私を殺してくれって言ったよな、え?魔王だよな、こいつ)


「勇者の剣でしか私は死なない。お前しかいないんだ」

 魔王の少女は縋るようにルドルフを見る。

 ルドルフの体は少女の圧倒的な魔力に晒される事に慣れてきたようだ。今になって冷や汗がどっと出てくる。頭も働くようになってきた。

 

「何言ってるんだ?お前、魔王だろう?」

 思わずルドルフは聞いた。


「はははっ」

 少女は突然笑った。少女なのに狂気じみた笑いだ。

「私が?魔王?そうらしいな。私は魔王か?どう見える?」

 少女が狂気じみた顔のままルドルフに聞く。


「…………見た目は人間の女の子だ。」

 ルドルフが見えるまま言うと、少女は今度はボロボロと泣き出した。


「おいおい、大丈夫か?」

 ルドルフは今や、目の前の少女が魔王だとは思えなくなっていた。そこにいるのは魔力は途方もないが、ただそれだけの人間の少女のように見える。

 

「うるさい!そうだ、私は人間だ、魔王なんかじゃない!」

「えっ、そうなのか?じゃあ魔王は他にいるのか?」

「いいや、私が魔王だ!あいつらが私を魔王だと言うんだ!」

 少女は泣きながら怒った。


「なんで私なんだ?なんで魔王なんだ? もう嫌だ、早く殺してくれ」

 痛々しく、おいおいと少女が泣く。


「落ち着けよ!訳が分からない。とにかくお前は立場上、魔王で、しかし人間なんだな。立場上でも魔王が殺せるなら勇者としてはありがたいが、事情を説明してくれ」

 ルドルフは少女の腕を掴んでそう言った。少女が腕を掴まれてびっくりして身をすくませる。

 それは完全にただの女の子の仕草だった。


「あ、すまない」

 ルドルフはさっと手を離した。


「落ち着いて、訳を聞かせて欲しい」

 ルドルフがゆっくりと言うと、少女は何回か小さく息を吸ってから、震える声で口を開いた。


「私は人間だ。いや人間だった、が正しいのか?8才までは普通に村で暮らしていた。8才の誕生日、あいつらが言うには私は魔王として覚醒した。覚醒の瞬間の衝撃で家族も村も消滅した。私が消し炭になった家族にすがって泣いていると、あいつらがやって来て、私を魔王だといい、ここへ連れて来た。偉そうに喋れと言われて、私の魔力に引き寄せられて魔物が集結し、人間と戦争になった。いつの間にか悪魔もやって来た。そこからはお前の方が詳しいだろう。私はここで結界を張らされていただけで外のことは知らない。満足か?早く殺してくれ」

そう言いながら、少女はぼうだの涙を流す。


「いや……でも」

 そんな事情を聞いては、剣を振るいにくかった。

「村の消滅以外は何もしてないってことだろう?村の事だってお前が望んだことじゃないじゃないか。まずはここから出よう」

 励ますように言うが、少女は絶望の顔をルドルフに向ける。


「何言ってるんだ?アホなのか?魔王である私がそっちに行けるわけがないだろう?」


「でも、お前は人間だろう?」

 俺がそう言うと、少女はしゃくりあげて泣いた。


「違う!知ってるんだ、私はもう人間と呼べるものじゃないんだ。私のせいで父も母も兄も死んだ!村の人全部もだ!ここへ来てからは、私のせいでたくさんの人が死んでいる。もう私の意思なんてどこにも行けないんだ。この膨大な魔力のせいで、毎日、毎日苦しい。熱に浮かされ、血を吐くんだ。でも全部勝手に治るから心臓は止まらない。私が生きる屍になる前に殺してほしいんだ。勇者の剣ならそれが可能だと、奴らが言っていた。その剣での傷を私は治せないらしい。お願いだから殺してほしい」

 少女は切実な目で震えながらルドルフに哀願した。

 ルドルフは今や、魔王だというこの少女に慈しみという愛を感じていた。魔王が世界に君臨してから7年だから、目の前の魔王はまだ15才なのだ。おまけに痩せ細っているせいで見た目は12、3才の少女にしか見えない。

 

(何で、こんな子供がこんな所で一人で苦しんでるんだ……)


「お願いだ、勇者。私が死ねば、城の結界も解かれる。魔物は統率されなくなって人間が勝利を納めるだろう。私はもうこんな生は嫌だ。お父さんとお母さんとお兄ちゃんに会いたい」


 少女は泣きながらルドルフにすがる

 ルドルフは少女をそっと抱きしめた。

 少女は一瞬びくっと体を固くしたが、すぐにルドルフに体をあずける。

 ルドルフにも、この魔王の少女をここから連れ出して、平穏な人生を歩ませる事が難しいことは分かる。帝国民は少女を許さないだろう。なぶられて殺されるのは目に見えている。しかも、彼女は勇者の剣以外では死ねないらしい。

 それなら待っているのは壮絶で悲惨な未来だ。勇者とはいえ、所詮は平民の出であるルドルフに少女を守りきれるとは思えない。ならーー


「…………分かった。お前を殺すよ。その代わり俺は来世でお前を守ると約束しよう。だからもう泣くな」


 ルドルフはそう言って、少女の心臓に勇者の剣を突き立てた。





 




***


 真夜中、フジノは汗びっしょりで目を覚ました。たった今見た夢のせいで動悸が激しい。荒い息を吐きながら上半身を起こして、ここが自分の部屋ではないことに一瞬戸惑う。フジノはゆっくりと油断なく部屋を見回し、ここが帝都の庶民的な宿の一室である事を思い出した。


 故郷の男爵領を出て、帝国の騎士団の入団試験を受ける為に帝都にたどり着いたのは二日前のことで、ここは二日前より泊まっている宿だ。フジノは嫌な夢を振り払う為に頭を振ってから、隣のベッドを見る。二日前から借りているこの部屋はツインの二人部屋で、隣のベッドには一緒に故郷を出てきたフジノの双子の妹、ハナノが眠っている。


「ハナ……」

 フジノはそっと妹に呼び掛けた。

 ぐっすり眠っているので応答はない。フジノと同じ柔らかな茶色い髪に焦げ茶色の瞳の妹。子供の頃は瓜二つだったのだが、15才の今は流石に男女の違いが出てきている。ハナノは小柄なので、背丈も随分と差がある。


 すうすう、というハナノの寝息を聞いていると動悸は落ち着いてきた。


 (大丈夫、ハナノは8才も無事に越えたし、15才にもなった。大丈夫)

 フジノは自分にそう言い聞かせる。

 今のはもう何度見たか分からない夢だ、というか過去だ。フジノの前世、勇者ルドルフだった頃の過去。最近はこのシーンの夢はあまり見なくなっていたのだが、明日が帝国騎士団の入団試験とあって少しナーバスになっているようだ。


 ナーバスになっているのは、試験自体への不安のせいではない。フジノは自身の合格を確信している。不安なのは、ハナノの事だ。ハナノは本当に大丈夫だろうか、騎士団にハナノの事がバレたりしないだろうか、という不安だ。


 前世のルドルフの時は、騎士達にはあまりいい思い出もない。あれから200年も経っているのだし、今世の騎士は違うという事も分かってはいるのだがこの不安はどうしようもない。


 (ハナノの封印は完璧だし、大丈夫)

 フジノはもう一度自分に言い聞かせて、今世こそは守ると誓った妹を見る。

 汗を拭き、寝巻きを着替えてからフジノは再び眠りについた。


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