魔王少女はそうとは知らずに騎士になる
ユタニ
1.魔王と勇者(1)
その日、勇者ルドルフは仲間二人と共に、入れないとは知りながらも魔王城へやって来た。
「ルドルフ、やはり無理だと思うよ」
偉大な魔法使い、大賢者ユリアンが金色の瞳を光らせて言う。ユリアンは見た目は小柄な少女だが、三十路の立派な女性だ。
「そうだな、私にも分かる。今日も魔王の結界は一分の隙もない」
そう相づちを打ったのは、金髪に碧眼の美貌の戦士、ラグノアだ。その耳は長く尖っておりエルフの戦士だと分かる。
「でも、やっとあとは城の魔王と部下を始末するだけなんだぜ、結界さえ破れれば勝利はすぐそこだ。ここまで来てもう三日も経つ、また悪魔が出て来る前に何とか入って……ってあれ?」
二人を振り返りながら歩みを進め、ルドルフはびっくりした。
気がつくと、この三日間、何をしてもびくともしなかった魔王城の結界の中にルドルフは入っていたのだ。
「ええ!?」
ルドルフは驚いて声をあげた。
ユリアンとラグノアが結界の外側でびっくりしている。二人もルドルフの後に続こうとするが、結界のある地点から足を進める事は出来ない。何か言いながら見えない結界を叩くが同じ事だ。その拳はやはり結界のある地点より前にはいかない。
二人の声は聞こえてこない。中に入って初めて分かったが、魔王城の結界は音も遮断するようだ。
(音まで遮断する結界に、俺は何で入れたんだ)
ルドルフは戸惑う。
罠だろうか。
罠な気はする。
「えー? どうする?」
ルドルフは一度結界の外に出ようとしてみたが出れなかった。
ルドルフは口パクで、ユリアンとラグノアに『で、れ、な、い』と伝えた。ユリアンとラグノアが焦っている。ユリアンは何やら炎の最上位魔法を唱えた様子だ、白く眩しい物凄いエネルギーの塊がルドルフの目の前で弾けたのが見えた。
「おいおい、それ、結界破れてたとして俺も死ぬよ?」
大賢者の唱えた最上位の炎の魔法、この至近距離で喰らっていたら即死だったと思う。
ルドルフはちょっとドキドキした。
「さて………」
それにしても、出られないのなら仕方がない。ピンチはピンチだが、チャンスとも取れる。
今、魔王城にいるのは魔王とその崇拝者だけのはずなのだ。集結していた魔物と悪魔は、ここに来るまでにルドルフ達で一掃したし、この三日で湧いてきた奴らも根こそぎ始末している。
魔王を見たことはないし、その強さがどれほどなのか計り知れないが、怖じ気づいていても何も変わらない。
ルドルフは勇者なのだ。こんな結界の隅でこそこそしている訳にはいかない。ルドルフは一人でこのまま、乗り込むことにした。
昔から、思い切りはいい方だ。
やはり口パクで、大賢者とエルフの戦士『ま、お、う、た、お、し、て、く、る』と伝えた。二人はぎょっとしてルドルフを止めているようだが、聞こえないし無視する事にする。
ルドルフは「じゃあな!」と二人に手を振ると、魔王城へと向き直り、一切の迷いなく歩みをすすめた。
***
ルドルフは魔王城の中へと入る。
玄関ホールに足を踏み入れたとたんに、おびただしい数の魔物が襲ってきた。
(くそっ、隠してたのか)
ルドルフが結界に入れたのは罠だったようだ。一体どうやってこれだけの魔物を隠していたのか。城に入るまで気配はなかった。
悪魔こそいないが、数が多すぎる。
ルドルフは斬って斬って斬りまくったし、魔法でなぎ払いまくったが、それでも数が多すぎた。
一人では無理だ。無数の傷を負い、魔力が尽きて倒れる頃、ごそごそと魔王崇拝者達が出てきた。
『偉大なるマナを持つ者の代理として命ずる、下がれ』
フードを深く被った崇拝者の1人が魔物に古代語でそう言うと、魔物達はすうっと散っていく。
「!」
ルドルフは驚愕した。魔物が人間の指図を受けるなんて、初めて見たからだ。
(こいつら、こうやって魔物を統制して戦争始めたんだな)
(古代語だったよな? 何て言ってたんだ?)
発された言葉が古代語らしいことは分かったが、意味は分からない。古代語は今や一部の魔法使いや、研究者の間でだけしか使われていない言葉だ。エルフのラグノアは本来は古代語を話すのだが、普段はルドルフに合わせて帝国語を使ってくれている。
ルドルフはさっきの音を忘れないように、何度も自分の頭の中で繰り返した。
(古代語、ラグノアかユリアンに習っておくんだったなあ)
そう後悔するが後の祭りだ。ここから生還出来たら二人に聞こう。
(生還は難しいそうだが…………)
魔王の崇拝者達がルドルフを取り囲む。崇拝者達はただの人間なのだが、魔力が切れて意識を保つだけでやっとのルドルフは何もできない。彼らを見上げるだけだ。
「これが勇者か?1人だと容易いものだな。とりあえず逃げないように足を切るか?」
「いや、五体満足で連れてこいと魔王様は仰せだ」
「五体満足で?一体何をお考えなのか」
「だが、今日は侯爵様も居られないし、従うしかあるまい」
「分かった。なら両手両足を折って連れていこう」
ルドルフは両手両足を折られ、魔王の元へ連れていかれた。崇拝者達は四肢が折れてる事なんかお構い無しで、引きずるから冷や汗が滲むほど痛い。
(これは、ユリアンとラグノアにめちゃくちゃに怒られるなあ。ああ、でも、もうきっと今世では会えないよな……)
痛みと魔力切れでもうろうとする中、ルドルフは魔王の前に引きずり出される。
(あれが、魔王)
ルドルフは床に這いつくばった状態で、やたらと遠い玉座に座っている魔王を見た。
(え? あれが? 魔王……なのか?)
ルドルフは驚きで目を瞬く。
玉座には痩せ細った黒髪の少女が座っていた。遠目だが少女の顔色がすごく悪くて、その目には何の光もない。表情は苦しそうだ。
「魔王様! 勇者を連れてきました!」
だが、ルドルフを引きずってきた奴らはそう言って、少女に平伏したので、どうやら確かにあれが魔王のようだ。
「五体満足で連れてこいと言ったはずだが?」
魔王はルドルフの様子を見ると、イライラした様子でそう言った。掠れた細い声だ。
「はっ、手足を折ってはいますが、切ってはいません」
「もういい、そいつをそのまま私の部屋へ連れていけ」
「帯剣させたままで、ですか?」
「そうだ、私は全く構わない」
ルドルフは再びずるずると引きずられて魔王の部屋へと連れてこられた。そこはやたらと広いが、家具は大きなベッドがあるだけの簡素な部屋だ。
魔王じきじきにルドルフをなぶり殺すつもりなのだろうか。
(でも、本当にあれが魔王ならここからでも何とか倒せるんじゃないか?)
四肢を折られた痛みのせいで意識ははっきりしてきたし、剣もある。痩せ細った顔色の悪い少女一人であれば何とかなるかもしれない。
(しかし、あれ、本当に魔王か?)
“魔王”と言うからには、もっと禍々しいものを想像していたのに、遠目で見る限り、魔王はむしろ痛々しかった。あれに剣を突き立てる気にはなれそうもない。
「私が1人で勇者を堪能する。部屋には誰も近づくな。護衛も外せ」
部屋の外から魔王の声がして、扉が開いた。
魔王は部屋に入ってくると、しばらく外の様子を伺ってから、ルドルフに近づく。
魔王に近づかれて、ルドルフはその圧倒的な魔力の様子に手足の痛みを忘れた。もはや恐怖すら感じない、叫びそうになるのを必死で堪える。
玉座がやたら遠かった理由はこれなのだろう。勇者であるルドルフですら威圧される膨大な魔力。
体中に鳥肌が立つ。
全細胞が息を潜めているのが分かる。
冷や汗すら出ない。
(こいつを倒す? ムリだろう)
無力感に打ちのめされているルドルフに魔王が手をかざす。その手には金色の指輪が光っていた。
次の瞬間、魔王の手からふわあっっと眩しい光が広がって、驚いたことにルドルフの折られた手足が全て治癒した。
「え?」
ルドルフは驚愕のあまり、ただ呆然とした。
(え?俺今、魔王に治癒されたのか?何だ?しかも治癒のスピードが早すぎないか?4本折れてたんだぞ?1秒も経ってないよな?)
しかも魔力まで回復している。
「お前、勇者だな」
魔王は相変わらず苦しそうな顔で、驚愕するルドルフに聞いてきた。
「そうだ」
何がなんだか分からないが返事をすると、魔王はこう続けた。
「私を殺してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます