最終話



 その日はそんな風に慌ただしく過ぎていった。


 糖場はひとしきりアイスを食べ終わるとあっさり帰宅して、零も学校があるからと終電で帰った。


 そして翌日、早朝。


 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。


「うるせええええ!」


 けたたましいチャイムの音で目を覚ました俺が玄関を開けると、光葉がいた。


「おはようございます先輩! 今日も美味しい朝ごはんを作りに来ましたよ!」

「お前……風邪は?」

「もう大丈夫、完全回復です! 先輩が作ってくれたご飯のおかげですねっ!」


 光葉は晴れやかな笑顔でそう言った。


 あまりに真正面からそんな風に言われてしまうと、粋でクールなナイスガイである俺もさすがに少し恥ずかしい。


 顔が赤くなっていないだろうか。心配だ。


 俺は照れを誤魔化すために咳払いをしながら、光葉に、とりあえず上がれよ、と言った。


 光葉は軽い足取りで廊下を歩くと、そのまま台所に立ち、髪を一つ結びにした。


 見慣れた動作だ。本当に風邪は治ったらしい。


「なあ光葉、風邪が治ったからっていきなり料理なんてやって大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。むしろお料理をしていた方が調子いいくらいですから」


 光葉は、持って来ていたエコバッグの中から食材を取り出し台所に並べる。


 俺はいつものようにリビングのちゃぶ台の前に座った。


 すぐに光葉が包丁で何かを切る音が聞こえてきた。


 いつもと全く変わらない朝。


 というか、いつのまにかこの光景が日常のようになってしまっていた。


 すべては――そう、俺が光葉に栄養バーを渡したあの日から。


 あの日……あれ?


 何かがおかしい。


 俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。


「なあ、光葉」

「なんですか、先輩?」


 包丁で食材を切る手を止め、光葉が台所から顔を見せる。


「俺と初めて会ったときのこと、覚えてるか?」

「ええ、覚えていますよ。お弁当を忘れて飢え死にしかけていた私を、先輩が助けてくださったんです」

「だけどあの時――俺がお前に渡したのは栄養バーだった」

「はい、そうですけど……それが何か?」

「良かったのか? だってお前、インスタント食品は苦手なんだろ? だったら栄養バーとか栄養ゼリーも苦手なんじゃないのか?」


 少しの間、俺の部屋には静寂が訪れた。


 俺は光葉の次の言葉を待った。


 うーん、と唸った後、光葉は口を開いた。


「本当は苦手なはずなんです。でも、あの時は食べられたんですよ。不思議ですよね」


 彼女の表情が柔らかくなる。


「きっと先輩の優しさが嬉しかったからだと思います。お腹が空いていたのもあるでしょうけど……それだけじゃなくて、先輩が心配してくれている気持ちが伝わったからじゃないかな」


 包丁を置き、光葉は少し照れたように笑う。


「愛情が込められた料理が美味しいのと同じです」

「そういうものか?」

「そういうものですよ。先輩、改めてお礼を言いますね。ありがとうございます。あの時も、それから昨日も。これからも美味しいご飯をたくさん作りますから、先輩もいろんなもの、もっと食べられるようになってくださいね!」


 光葉は輝くような笑顔を浮かべながら言った。


 一方の俺は何と返事をして良いかすぐには思いつかず、そのまま光葉の笑顔を見つめていた。


 台所の方からは味噌汁とたまごやきの良い匂いが漂って来る。


 少し前までは、こんな風に食べ物の香りを良い匂いだと思うことなんてなかった。


 それが、光葉と出会ってから変わった。いや、変えられたのだ。


 光葉の作る料理には彼女の気持ちが込められている。


 その気持ちが、偏食だった俺を少しずつ変えていったのかもしれない。


 ……まあ、いいか。難しいことは。多分あいつもそんなに複雑なことは考えてないだろうし。


「なあ光葉」

「なんですか、先輩?」

「冷蔵庫にプリンがあるんだ」

「え、プリン?」

「ああ。実は昨日の夜、光葉が喜ぶかもと思って作っておいたんだ。朝食の後で一緒に食べないか?」


 一瞬驚いたような顔をした光葉は、すぐに満面の笑みを浮かべて言った。


「もちろんです!」



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後輩の巨乳美少女が「私を食べてください」と迫ってくるんだが。 抑止旗ベル @bunbunscooter

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