最終話
※
その日はそんな風に慌ただしく過ぎていった。
糖場はひとしきりアイスを食べ終わるとあっさり帰宅して、零も学校があるからと終電で帰った。
そして翌日、早朝。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。
「うるせええええ!」
けたたましいチャイムの音で目を覚ました俺が玄関を開けると、光葉がいた。
「おはようございます先輩! 今日も美味しい朝ごはんを作りに来ましたよ!」
「お前……風邪は?」
「もう大丈夫、完全回復です! 先輩が作ってくれたご飯のおかげですねっ!」
光葉は晴れやかな笑顔でそう言った。
あまりに真正面からそんな風に言われてしまうと、粋でクールなナイスガイである俺もさすがに少し恥ずかしい。
顔が赤くなっていないだろうか。心配だ。
俺は照れを誤魔化すために咳払いをしながら、光葉に、とりあえず上がれよ、と言った。
光葉は軽い足取りで廊下を歩くと、そのまま台所に立ち、髪を一つ結びにした。
見慣れた動作だ。本当に風邪は治ったらしい。
「なあ光葉、風邪が治ったからっていきなり料理なんてやって大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。むしろお料理をしていた方が調子いいくらいですから」
光葉は、持って来ていたエコバッグの中から食材を取り出し台所に並べる。
俺はいつものようにリビングのちゃぶ台の前に座った。
すぐに光葉が包丁で何かを切る音が聞こえてきた。
いつもと全く変わらない朝。
というか、いつのまにかこの光景が日常のようになってしまっていた。
すべては――そう、俺が光葉に栄養バーを渡したあの日から。
あの日……あれ?
何かがおかしい。
俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。
「なあ、光葉」
「なんですか、先輩?」
包丁で食材を切る手を止め、光葉が台所から顔を見せる。
「俺と初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
「ええ、覚えていますよ。お弁当を忘れて飢え死にしかけていた私を、先輩が助けてくださったんです」
「だけどあの時――俺がお前に渡したのは栄養バーだった」
「はい、そうですけど……それが何か?」
「良かったのか? だってお前、インスタント食品は苦手なんだろ? だったら栄養バーとか栄養ゼリーも苦手なんじゃないのか?」
少しの間、俺の部屋には静寂が訪れた。
俺は光葉の次の言葉を待った。
うーん、と唸った後、光葉は口を開いた。
「本当は苦手なはずなんです。でも、あの時は食べられたんですよ。不思議ですよね」
彼女の表情が柔らかくなる。
「きっと先輩の優しさが嬉しかったからだと思います。お腹が空いていたのもあるでしょうけど……それだけじゃなくて、先輩が心配してくれている気持ちが伝わったからじゃないかな」
包丁を置き、光葉は少し照れたように笑う。
「愛情が込められた料理が美味しいのと同じです」
「そういうものか?」
「そういうものですよ。先輩、改めてお礼を言いますね。ありがとうございます。あの時も、それから昨日も。これからも美味しいご飯をたくさん作りますから、先輩もいろんなもの、もっと食べられるようになってくださいね!」
光葉は輝くような笑顔を浮かべながら言った。
一方の俺は何と返事をして良いかすぐには思いつかず、そのまま光葉の笑顔を見つめていた。
台所の方からは味噌汁とたまごやきの良い匂いが漂って来る。
少し前までは、こんな風に食べ物の香りを良い匂いだと思うことなんてなかった。
それが、光葉と出会ってから変わった。いや、変えられたのだ。
光葉の作る料理には彼女の気持ちが込められている。
その気持ちが、偏食だった俺を少しずつ変えていったのかもしれない。
……まあ、いいか。難しいことは。多分あいつもそんなに複雑なことは考えてないだろうし。
「なあ光葉」
「なんですか、先輩?」
「冷蔵庫にプリンがあるんだ」
「え、プリン?」
「ああ。実は昨日の夜、光葉が喜ぶかもと思って作っておいたんだ。朝食の後で一緒に食べないか?」
一瞬驚いたような顔をした光葉は、すぐに満面の笑みを浮かべて言った。
「もちろんです!」
後輩の巨乳美少女が「私を食べてください」と迫ってくるんだが。 抑止旗ベル @bunbunscooter
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