第38話
不意に玄関のチャイムが鳴った。
「お客さんでしょうか?」
「……誰か心当たりあるのか?」
「いえ、ありませんけど……」
「ちょっと見てくる」
俺がリビングへ行くと、零がインターホンのモニターを覗き込んでいた。
「お兄ちゃん、知らない女の人だよ」
「女の人?」
誰だろう。
俺は零の後ろからモニターを見た。
『あれ? チャイム壊れてるのかな~? もしもーし、光葉さんいる? ……あ、そっか。風邪ひいてるんだから出てこれないか』
聞き覚えのある声と、睫毛に縁どられた黒い瞳。
「……糖場か」
『あ、その声は召野くん? おーい、私だよ私。入れてくれる?』
「どうしたんだよ急に」
『光葉さんにお見舞い。えーと、とりあえずアイスとかいっぱい買って来たから』
糖場は、ぱんぱんに中身が詰まったレジ袋を掲げた。
「分かった、今開けるから」
玄関に向かい、ドアを開く。
「おっす、みんな。元気?」
ドアの向こうにはシャツにジーンズというラフな服装の糖場が立っていた。
「光葉の家、知ってたのか?」
「お出汁の取り方教えてもらったって言ったじゃん。あのとき遊びに来たことがあったの。早速だけどお邪魔していい?」
「俺が言うのも変だけど、どうぞ」
「じゃ、お邪魔しまーす」
糖場が玄関でスニーカーを脱ぐ。
リビングからは零が顔だけをこちらに覗かせていた。
「お兄ちゃんがまた知らない女の人はべらせてる……」
「人聞きの悪いこと言うなよ。同級生だ」
「ねえ、あの金髪の子は?」
糖場が零を見ながら言う。
「俺の妹だよ」
「妹さん? ああ、例のあの子ね。了解了解」
「あのっ! 私のお兄ちゃんなんですけど! あんまり馴れ馴れしく話さないでくれますか!?」
零が俺と糖場の間に割り込んできて、俺の腕を引く。
糖場は苦笑いした。
「あらら、ごめんね。初めまして、私、糖場亜弥。これ、お近づきの印に」
糖場が袋の中からちょっと高級なカップアイスを取り出して零に渡す。
その瞬間、零の態度が変わった。
「……ごめんなさい誤解してました。あたし、召野零って言います。お兄ちゃんとどうぞ仲良くしてあげてください」
なんて現金なやつだ……。
「あはは、召野くんと似て面白いタイプの子だね。よろしくね~、零ちゃん。ところで光葉さんは?」
「部屋だよ。夕飯食べてたところだったんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあデザートの時間には間に合ったかな?」
「いいタイミングだったかもな」
糖場を光葉の部屋まで案内し、ノックしてドアを開けると、光葉はちょうどおかゆを食べているところだった。
「と、糖場さん」
スプーンを咥えたまま光葉が言った。
「体調はどう、光葉さん。食欲……はありそうで安心だよ。ほら、デザート」
糖場は光葉に近づいて、ベッドの上にアイスを並べた。
「わあっ! ありがとうございます! 私これ大好きなんですよ! 嬉しいなぁ!」
と満面の笑みを浮かべてクッキーバニラのアイスを手に取る光葉。
「好きなのを食べてね。お味噌のお礼――になればいいんだけど」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
言うが早いか、光葉は俺が作った食事をぺろりと平らげて、早速アイスを食べ始めた。
相変わらずすごい食欲だ。そんなに食べてむしろ風が悪化しないだろうかと心配になったが、美味しそうにアイスを頬張る光葉を見ているとどうでも良くなってきた。
そのとき、ふと俺は夕飯に何も食べていないことに気が付いた。
「……なあ糖場、俺もアイス、ひとつ貰って良いか?」
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