第34話
「もう、なんなんですか一体」
「それはこっちの台詞だ……」
「一気に汗かいたせいで心なしか身体が軽くなった気がします。私、シャワー浴びてきますね」
光葉はするすると俺の手から離れていく。
「ああ、ひとりで出来るならそうしてくれ」
「まったく、先輩って本当にえっちですよねっ! 熱で弱っている私を裸にしようとするなんて、けだもののやることです。まあせんぱいはけだものというよりはのけものという方がしっくりくる気がしますが」
「勝手にしっくり来てろよ。分かったからさっさとシャワー浴びて来い。そんな姿、俺も目のやり場に困るから」
光葉は再び下着姿の自分を見て、それから顔を赤くしながら俺を睨んだ。
「浴びに行けるわけないじゃないですか」
「どうしてだよ」
「先輩が出て行かないと、私、裸になれないでしょっ!」
「……ああ」
そういえばそうだった。
俺もずいぶん動揺していたらしい。光葉の服を脱がせることに集中していて、なぜ脱がせているのかを忘れていた。手段と目的が逆転してしまうというのはこういうことか。
反省とともに俺は脱衣所を出たが、後ろ手で戸を閉めた瞬間、中から光葉の声がした。
「私がシャワーを浴びている間はそこにいてくださいね!」
「え? どうしてだよ」
「だって一人じゃ不安――というか、具合の悪い後輩を放っておいてどこかにいってしまうなんて、そんなことする先輩じゃないって信じてますから」
「はいはい」
それから少し経って、シャワーから水が流れる音が聞こえてきた。
後輩の巨乳女子がシャワーを浴び終わるのを扉の前で待つ高校生男子、か。
文字に起こすとずいぶん犯罪チックだな。
言い換えよう。
風邪を引いた後輩女子がシャワーを浴び終わるのを扉の前で待つ高校生男子、か。
うん。
犯罪チックだな。
というかそもそも、病気で弱っている後輩女子の衣服を一枚ずつ脱がせる高校生男子というのも存在自体が危険すぎる。
途中で光葉が正気に戻ってくれて良かったかもしれない。仮にあのまま光葉を全裸にしていたらどうなっていたのだろう。
興味がないと言えば嘘になるが、越えてはいけない一線を越えてしまっているような気もする。本当に危ないところだった。
気が付けば、いつの間にかシャワーの音が止んでいた。
しかし光葉が風呂場から出てくる気配はない。
しばらく待っても何の動きもなさそうだったので、俺は少し心配になって声をかけた。
「光葉、大丈夫か? 何かあったのか?」
「……あの、先輩」
「どうした? もしかして熱で動けなくなったのか!? 待ってろすぐ行く」
「いえ来なくて大丈夫ですから、何も聞かずに私の部屋のタンスの3段目に入っているものを持って来て下さい」
「タンスの3段目だな。分かった、ちょっと待ってろ」
俺は急いで光葉の部屋に戻り、ベッドの隣に置かれたタンスの3段目を開けた。
そして思わず言葉を失った。
タンスの3段目。
そこにあったのは、上下揃いの色とりどりな衣類――率直に言えば下着、もう少し言い方を変えるならブラとショーツだった。
このサイズ感あるブラが、いつも光葉の圧倒的な両乳を支えているのか……なんて感慨に耽っている場合じゃない。
俺に課せられた任務はこの衣類をいち早く光葉に届けることのはずだ。
待ってろ光葉。今行くからな。
俺は目の前のブラとショーツを一揃い掴むと、急いで脱衣所に向かった。
「すまない、待たせたな」
がらがらと脱衣所の戸を開けると、光葉と目が合った。
「ふぇっ!?」
バスタオルを身体に巻いた状態の光葉が間抜けな声を上げる。
目を大きく見開いた光葉は、俺を見つめたまま耳まで赤くなっていく。
光葉の濡れた体にぴったりと密着したバスタオルは、彼女のボディラインを浮き彫りにしていて、光葉って胸だけじゃなくて意外とお尻まわりもでかいんだなという率直な感想を抱きつつ、俺は言った。
「……そんなに恥ずかしがるなよ、光葉」
「な――何を開き直ってるんですかっ! 大体ですね、開ける前にノックくらいするのが普通なんじゃないですか!? 急に開けないでくださいよ!」
「いや、もう俺はお前の下着姿を見ているわけだし。むしろ今の方が露出的には少ないわけだし」
「……ああ、なるほど。そうですね。言われてみれば確かに。私はもう下着姿を見られているから、全裸でもない限り恥ずかしい思いをする必要はないわけですね」
「うんそうそう」
ハダカじゃないから恥ずかしくないもん! とでも思ってくれればいい。
というわけで俺は光葉に下着を手渡した。
「堂々と渡されると、羞恥心も薄れますね……」
「所詮は布だからな。ハンカチを渡すのも下着を渡すのも行為としてはあまり変わらないはずだ」
「それ本当ですか? なんだか騙されているような気もしますけど……。まあ、とにかくありがとうございます先輩」
光葉が俺から下着を受け取ろうと手を伸ばす。
その瞬間、光葉の手がバスタオルから離れ、彼女の身体を覆っていたはずの布地はそのまま床に落ちた。
「あ」
俺は思わず声を上げた。
光葉の胸とか太腿とか鼠径部とか、普段隠されている部分がすべて俺の視界に飛び込んできた―――瞬間、俺の顔面にタオルが飛んできた。
「先輩のえっち! 変態! ばか! さっさと出てってくださいっ!」
「や、やめろ光葉! 事故だって、事故!」
歯ブラシや洗濯洗剤の容器、洗濯前の衣服など脱衣所にあったありとあらゆる物を投げつけられながら、俺は脱衣所から脱出したのだった。
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