第33話

「先輩……」


 光葉が苦しそうにパジャマの胸元のボタンを開ける。


 その反動で光葉の胸が揺れた。


「―――光葉、これは同意の上だよな」

「同意……? ええもちろん、私がお願いしているんですから」


 そうか。


 じゃあ不同意わいせつ罪には当たらないな!


 俺は光葉を抱きかかえた。


 首元を右手で、ひざの辺りを左手で持ち上げる。


 ひゃっ、と光葉が小さく悲鳴を上げた。


「俺に任せておけ。慣れてるから」

「でもこれ、お姫様だっこじゃ……」


 落ち着かない様子で俺の顔と自分の身体を交互に見る光葉。


「ああ――そうも見えるかな」

「お姫様抱っこに慣れてるってどういう――」


 言いかけて、光葉は言葉を切った。


 恐らくこいつの頭にも浮かんだのだろう。


 あの金髪ブラコン妹の顔が。


 そう。


 俺は実家にいたころ、零にせがまれ、ことあるごとにあいつをお姫様抱っこしなければならなかったのだ。


 おかげで俺の上腕二頭筋はずいぶん鍛えられた。


 ありがとな、零。あの日々がこんな形で役に立つとは思わなかったよ。


 というわけで再びあの突然変異したコケ類に覆われた廊下を通り抜け、俺は光葉と共に風呂場へやって来た。


 風呂場はまだコケに侵食されておらず、若干散らかっているくらいかな、という程度で済んでいた。


「とりあえず風呂場には到着したが……」

「まずは私を床に下ろして、それからパジャマのボタンを外してください」


 熱に浮かされたような、とろんとした表情で光葉が言う。


「あ、ああ分かった」


 俺は床に落ちていた脱ぎっぱなしの着替えを隅に寄せ、空いたスペースに光葉を寝かせた。


 それから光葉のパジャマの残りのボタンを一つ一つ外していく。


 胸元のボタンを外した瞬間、はじけるように光葉の双丘が姿を現した。


「…………」


 いいのかこれ。


 いいのか、俺。


 いいんですか、光葉さん。


 あの、丸見えですけど。


 薄い桃色の下着に包まれた白い二つの胸が惜しげもなく晒されてるんですけど。


「次はズボンを脱がせてください」

「へ!? あ、はあ!?」

「いいですか、卵の殻を割るときみたいに丁寧に作業をしてくださいね」

「あ……ああ、うん」


 光葉のズボンを脱がす。


 腰の辺りの、ゴムが入った部分に指をひっかけてゆっくりと下におろす。


 ブラジャーと同じデザインのショーツが目に入り、それから光葉の健康的な太腿と、白い膝と、脛から足首にかけての細いラインが見えた。


 ―――――。


 なんか、あれだな。


 料理をしているみたいだな。


 ということは、光葉は食材に当たるわけか。


『先輩! 私を食べてくださいっ!』


 いつか聞いた覚えのある光葉の言葉が蘇る。


 私を食べてください――――か。


 今まさに、そのセリフがぴったり当てはまりそうなシチュエーションになりつつある。


 いいのか俺。


 光葉に毎日食事を作ってもらうだけでなく、こんな―――。


「先輩」

「は――はい」

「背中のホック、外してください」


 吐息交じりの声で光葉が言う。


 その頬はほんのりと赤く染まって、瞳は潤んでいた。


 光葉は両手を伸ばし、俺の首にかける。


 そして上半身を起こして床と背中の間に隙間を作った。


 俺はその隙間に手を潜らせて、光葉の背中に触れた。


 ぴくっ、と光葉が身体を震わせる。


 その瞬間、俺と光葉の視線がぴったりと合った。


「……………」

「…………!?」


 白昼夢でも見ているかのような表情をしていた光葉が、突然真顔に戻った。


 焦点の合った目で俺を見つめる。


「……………」


 何も言えないまま俺は光葉の顔を見ていた。


 光葉の顔が、熟れすぎたトマトのように赤くなる。


「な、なななななな何してるんですか先輩っっっ!!?」

「えーっ!? いや俺はただ光葉の指示通りにお前の服を脱がせてただけだけどッ!?」

「私がそんな指示をするはずありません! まな板の上で料理されかける悪夢を見ていたかと思ったらこんなことに……」

「同意の上だろ!?」

「そんな同意をした覚えありません!」


 マジか……。


 訴えられたら負けじゃん、俺。


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