第31話
「召野くん、ぼうっとしてるけど考え事?」
「え? ああ、そんなところかな」
「あー、分かった。光葉さんのこと考えてたんでしょ~?」
からかうように言う糖場。
俺は苦笑した。
「まさか、そんなわけないだろ。まさか俺が四六時中光葉のことばかり考えているとでも思ってるのか?」
「あれ? てっきり私はそうだとばかり……」
「勘違いだよ。さて、昼食も終わったし俺はそろそろ教室に戻るからな」
「え、行っちゃうの? もうちょっと【ギガント・ドロップ】談議に花を咲かせようよ~」
「今日は朝、光葉の作った味噌汁を食べてないから眠たいんだ。昼休みの残りは仮眠にあてさせてもらうとするよ。じゃあな、糖場」
「うん。また夜、チャットで会おうね」
糖場が俺に手を振る。
教室に戻りながら俺はもう一度スマホを確認したが、やっぱり光葉からの返信は無かった。
※
夜になった。
夕食の、いつもなら光葉が俺の部屋に来る時間になっても、光葉は現れない。
いよいよ心配になってきたとき、俺のスマホが鳴った。
画面を見ると、光葉からのメッセージが届いていた。
『少し体調を崩してしまったみたいです。寝ていれば治ると思います。心配はいりません』
風邪だろうか。
『大丈夫か? 必要なものがあれば準備するけど』
『お気になさらず。おばあちゃんの看病もあって少し疲れたんだと思います。それより先輩、ちゃんと夕飯は食べなきゃだめですよ!』
こんなときまで俺の心配か。
やれやれ。
『俺のことを考えてる場合かよ。何かあったら連絡してくれ』
メッセージを送ると、それきり返信はなかった。
また眠ったのかもしれない。
だとすると、寝ているのを邪魔するのもいけないから、光葉から返信があるのを待っておこう。メッセージの文面にも書いた通り、何か必要なことがあれば連絡してくるだろう。
というわけで俺は栄養バーを片手にモニターへ向かった。
【ギガント・ドロップ】を起動し、ログインボーナスを入手する。
しばらくソロで適当にプレイしていると、チャットが送られてきた。
『こんばんは~【サトウ】でーす。ボイチャに切り替えられる?』
『了解』
ヘッドホンを着けてマイクをオンにした瞬間、耳元に糖場の声が飛び込んできた。
『光葉さんどうだった? 返信来た?』
「……ああ、来た。体調不良だってさ」
『それで?』
「それで……って?」
『だから、お見舞いとかは?』
「ああ、必要なものはないかとは訊いたんだけど別に気にするなって返事だった。一応、何買ったら言ってくれとは伝えてるから」
『えっ』
「えっ……って?」
『本当に大丈夫なのかな、光葉さん』
「自分から大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんじゃないか?」
『でも光葉さんって他人を頼るタイプには思えないし……。ほら、あの子って結構世話焼きなタイプじゃん?』
「まあそうだな。ただの隣人である俺に食事を作ってくれるくらいだからな」
『……ただの隣人?』
「ああ、ただの隣人だ」
『――まあ、今はいいか、そこに関しては。とにかくさ、光葉さん無理してないのかな? 本当は助けて欲しいんだけど、言い出せないんじゃない?』
「そうは言ってもだな……」
『でもさ、このまま放置して万が一のことがあったら』
「万が一って何だよ」
『たとえば誰にも気づかれずそのまま白骨化してしまうとか……』
「なっ、ま――まさか。縁起でもないこと言うなよ」
『もしそうなったとき、事件性を疑われた場合に怪しまれるのは最後まで関わりがあった召野くんってことになるんじゃない?』
「そ――それは確かにそうかもしれないが――っ!?」
『光葉さんの部屋に行って、本当に大丈夫そうかくらいは確認しておいた方が良いんじゃないかな~?』
糖場の言う通りかもしれない。
いや、よく考えたら間違っているような気がしないでもないけれど、確かに一度光葉の様子を見に行った方が良いという点については賛成だ。
光葉はマイペースなように見えて、意外と他人に気を遣っているところがある。
本当は体調を崩して困っているけれど遠慮しちゃって言い出せないわ私――って可能性も無きにしも非ずだ。
「よし分かった。光葉の部屋を見てくる」
『急いだほうがいいかもよ。もし手遅れになったら大変だから』
「いやさっきまでメッセージのやり取りをしていたんだからそれはないだろ」
『分からないよ? 急性なんちゃら不全とかになっちゃうかもしれないし』
「怖いこと言うなよ。とりあえず行って来るから」
『りょーかい。続報を待っておくね』
俺はボイスチャットを切断して玄関から外へ出た。
隣室である光葉の部屋には明かりさえついておらず、静まり返っていた。
まだ寝ているのだろうか。それならそれで問題ないんだけど。
とはいえ、糖場が言っていたみたいに万が一の可能性もある。普段明るいように見える人が実は心の中に深い闇を抱えていて……みたいなこともあり得るからな。
一応、光葉の顔くらいは確認しておこう。
俺は光葉の部屋のチャイムを鳴らした。
ピンポーン。
静寂の中にチャイムの音が鳴り響く。
しかし部屋の中から反応はなかった。
やっぱり寝ているのか?
いや―――もしかすると衰弱しすぎて、今まさに生と死を彷徨っている瞬間かもしれない。
ならば――こちら側に呼び戻してやるのも俺の役目だろう。
仕方ない。
この手だけは使いたくなかったが……。
俺は光葉の部屋のチャイムに指を置いた。
そして。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポ―ンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。
「うるさいですね……!」
チャイムのラッシュの後にドアが開き、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をした光葉が顔を出した。
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