おかゆの回
第30話
朝になった。
目が覚めた俺はスマホの画面を開いた。
零から大量に送られてきていたメッセージを流し見して時計を確認すると、いつもなら光葉がやってくるはずの時間になっていた。しかし、玄関のチャイムは一向に鳴る気配がない。
ラッキー、これで心置きなく二度寝が――とも思ったのだけれど、この間みたいにおばあちゃんが具合を悪くしたとかいう話も聞いていないから、光葉は隣の部屋にいるはずだ。それなのに姿を見せないのは少し心配な気がする。
いや、考えすぎだ。
光葉だって人間だし、寝坊することもあるだろう。
不安な気持ちを努めて忘れるようにして、俺は再び布団の中に潜り込んだ。
それから一時間弱。
セットしていたスマホのタイマーが鳴って、俺は目を覚ました。
やはり玄関のチャイムはならない。
今日は光葉の作り置きも無いから、朝食には零が買って来てくれていた栄養バーを食べた。
そして光葉がやってこないまま、学校へ行かなければならない時間になった。
大丈夫だろうか。
光葉と二人で朝ごはんを食べてそのまま学校へ向かうのが最近のルーティンだったが、光葉が来ないのなら仕方ない。
俺は通学カバンを片手に一人で部屋を出た。
隣室の窓を除くと、明かりさえ点いていなかった。
まだ寝ているのだろうか。
それとも、もう学校へ行っているとか?
とりあえずは俺も学校に向かうか。
マンションを出て通学路を歩きながら光葉の後ろ姿を探したが、それらしい人影は見つからなかった。
そのまま学校についてしまって、午前中の授業が終わってお昼休みになっても光葉は姿を見せなかった。
だから俺はひとり、中庭のベンチで栄養バーを齧るしかなかった。
底抜けに青い空に浮かぶダイナミックな雲を眺めながら、そういえばそろそろ夏休みだなあ、なんて考えていると、何者かが俺の視界を遮るように顔を覗き込んできた。
「よっ、召野くん」
「……糖場か」
糖場亜弥。
黒髪ロングストレートにぱっちりした二重の瞳、そして色白な肌。校内の男子から人気急上昇中の正統派美少女だ。
この間、過激な糖場ファンが別のファンクラブと抗争になり、何人かが千葉の房総沖に沈められたとかいう話もまことしやかに噂されている。
「一人でつまらなそうだね。光葉さんは?」
「それが分からないんだ。朝から見かけていなくてだな」
「えー? 心配だね」
「寝坊だろうと思ったんだけど」
「あの健康優良児の光葉さんが寝坊? あんまり想像つかないな」
「ああ、俺も同じだよ」
健康優良児、か。
ふと光葉の胸の谷間が脳にフラッシュバックし、俺は頭を振ってその光景を振り払った。
思春期にもほどがあるだろ、俺。いい加減にしろ。
「連絡してみたら?」
「そうだな。一応メッセージくらいは送っておくか」
光葉の連絡先はもうアプリに登録してある。
先日、光葉がおばあちゃんの看病に行く前に無理やり登録させられたものだ。
『学校来ていないみたいだけど、寝坊か?』
「………」
メッセージに反応はない。
まさかまだ寝てるのか?
「どう?」
糖場が俺の隣に座る。
「いや……反応ナシだな」
「そっか。なんだろうね。心配だなぁ。あのね、この間光葉さんにお出汁の取り方を教えてもらったんだよ。で、それがめちゃくちゃ上手くいったから報告しようと思ってたんだ。でも、学校来てないなら仕方ないね」
「光葉がいくら健康優良児と言っても、学校をサボりたいときくらいあるさ。お前もそうだろ?」
「明け方までゲームしちゃった次の日の朝とかね~。あ、そうだ。【ギガント・ドロップ】の会社が新作のFPS出すって知ってた?」
「ああ、昨日リークサイトに情報が出てたな。あれも楽しみだ。建築の要素が勝敗を決める――みたいな触れ込みらしいけど」
「細かいところは実際プレイしてみなきゃわかんないよね。あー、早く配信されないかなぁ」
糖場は目を輝かせながら言った。
「そうだな……」
と、その時俺は妙な視線を感じた。
見上げれば、中庭を見下ろす位置にある二階の渡り廊下からこちらを見ている男子生徒の二人組がいた。
まさかあれが、日夜血で血を洗う闘争を繰り広げているという糖場のファンクラブか?
目をつけられる前に糖場から離れた方が良いか……。
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