第28話
「妹さんから連絡ですか?」
光葉が俺の肩越しにスマホを覗き込みながら言う。
「ああ。これじゃ呼んでも来ないかもしれないな」
「電話をかけてみたらどうですか? メッセージより気持ちが伝わるかもしれませんよ」
「……電話か。試してみるか」
零の電話番号を表示させ、発信ボタンを押す。
コール音が一回、二回と鳴り続け、不在着信に切り替わるかと思った瞬間、応答があった。
『……もしもし、零だけど』
あからさまに不機嫌な声音がスピーカー越しに聞こえた。
「俺だ。ええと、さっきのことなんだが」
『あー、ごめんねえお楽しみのところ邪魔しちゃって。もうあたし、お兄ちゃんの部屋には行かないから安心して』
「いや誤解なんだよ。あれはただ、光葉の服にカラメルがついちゃったからそれを――」
『光葉? 光葉っていうのがさっきの女の人の名前なの? あー、はいはい。お兄ちゃんに朝ごはん作ってくれてた人もその光葉さんなんでしょ? お兄ちゃんにはもうあたしは必要ないってことね』
め、めんどくせえ……。
こいつの厄介さは知ってたけど、想像以上だ。
「とにかくだな、お前、もう一回俺の部屋に来いよ」
『なんでよ。邪魔でしょ、あたしなんて』
「良いから。お前に食べさせたいものがあるんだ」
『……私に?』
「だから来い。3時に、待ってるからな」
俺はそう言い切って、零が返事をする前に通話を切った。
「大役お疲れさまでした、先輩」
「仕方ないさ。自分で蒔いた種だし」
「先輩も、妹さんのこと好きなんですね?」
「俺が? まさか。あいつが一方的に絡んでくるだけだよ」
「そうでしょうか? 普通は、好きでもない人の好物を覚えてたりなんかしませんよ」
む。
俺は言葉に詰まった。
光葉の言う通りかもしれない。
隣を見ると、光葉が、あなたのことはすべてお見通しですよとでも言いたげな顔で俺を見上げていた。
「光葉……」
「なんですか、先輩」
「パーカーのチャック、下がってるぞ」
え、と呟きながら光葉は自分の胸元を見る。
いつの間にかパーカーのチャックが下がって来ていて、超高校級の胸が丸見えになっていた。
光葉が俺を睨む。
「先輩のえっち!」
※
約束の3時になった。
俺と光葉は固唾を呑んでそのときを待っていた。
時計の針が少しずつ進んでいく。
真上を指していた長針が傾き始めたとき、玄関のドアが開く音がした。
「……お兄ちゃん、来たけど」
憮然とした表情で現れたのは、他でもない俺の妹――召野零だった。
「ああ、待ってたよ。紹介が遅れたな。こっちが後輩の光葉だ」
「光葉ぱせりです。先輩の妹さんですね。初めまして」
そう言って光葉が零に会釈すると、零は眉根を寄せながら品定めをするように光葉を見つめた。
「……初めまして。お兄ちゃんの妹の零です」
零の顔には、『あなたとは仲良くなりたくありません』と書いてあった。
本当に面倒くさいやつだ。一体誰に似たんだろう。
「とりあえず座れよ、零。すぐ準備するから」
「準備するって何を? 食べさせたいものがあるって言ってたけど、あたし別におなかすいてないし。っていうかなんでこの人お兄ちゃんのパーカー着てんの?」
「色々事情があるんだ。とにかく、良いから座れって。多分そろそろ固まったくらいだろうから」
意味わかんないんだけど、と呟きながら零はちゃぶ台の前に腰を下ろした。
俺は冷蔵庫からプリンの容器を取り出した。
よし、良い感じに固まってる。
「先輩、お皿はこっちに」
「助かる」
台所では光葉がプリン用の皿を並べて待っていた。
光葉の家にあった、喫茶店みたいなお洒落なデザインの小皿だ。
俺がその上めがけて容器をひっくり返すと、深い黄色をした柔らかそうなプリンが姿を現した。
「良い感じですね、先輩」
光葉が俺に囁く。
「ああ。予想以上の出来栄えだ」
「妹さんに持って行ってあげてください」
「ありがとう」
スプーンをセットにして、俺はプリンの載った皿を零の元へと運んだ。
目の前に置かれたプリンを見て、零が目を丸くする。
「これ……お兄ちゃんが作ったの?」
「えーと――まあ、そんなところだな。ほら、食べてみてくれ」
光葉の指示通りにやっただけだが、それでもやったのは俺だ。
俺が作ったと言っても嘘ではないはずだ。
「じゃあ……いただきます」
光葉がプリンを一口、スプーンで口に運ぶ。
そして――そのまま固まってしまった。
「み、光葉……? どうかな、その、お味の方は……?」
不安になって尋ねると、光葉は突然涙を流し始めた。
両目からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
な、なんなんだ!?
何が起こってるんだ!?
「お兄ちゃん……覚えててくれたんだね、あたしの好きなもの」
「え? ああ――そうだよ」
「嬉しい。美味しいよ。ありがとう、お兄ちゃん」
涙を拭いながら、光葉が笑みを浮かべる。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「そうか、なら良かった」
俺は胸を撫でおろした。
「ごめんねお兄ちゃん、あたし、悔しくて。今までずっとお兄ちゃんの好き嫌い直そうと思って色々やったけどダメで、でも、久しぶりに会ったら誰か知らない人の手料理とか食べてて……このプリンも」
「プリンが……どうかしたのか?」
「覚えててくれたんでしょ。小さい頃、あたしがお兄ちゃんにプリン作ったこと」
「……あ」
零の言葉で俺の記憶が完全に蘇る。
小学生の頃、零が俺のためにプリンを作ってくれたことがあった。
しかし当時の俺は卵が苦手だったから、零が作ってくれたそのプリンを食べずじまいだったのだ。
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