第25話


「……どうしたんですか先輩。私、何か変ですか?」

「いや、光葉って意外と私服にこだわるタイプなのかと思ってさ。この前着ていた服とも違うだろ、それ」


 ほほう、と光葉はにやりと笑った。


「つまり先輩は私の素敵な私服姿から目が離せなかったというわけですか」


 得意げな表情の光葉を見て、俺は余計なことを言ってしまったのを後悔した。


「……それはそれとして、おばあちゃんは大丈夫だったのか?」

「はい! 私の料理でおばあちゃんも元気になってくれました! ご心配ありがとうございます、先輩」

「そうか。それは良かったな。で、こんなに朝早くから何の用なんだ」

「もちろん先輩がちゃんとご飯を食べたかどうか確認しに来たんですよ。お邪魔しまーす」


 そう言って光葉は靴を脱ぐと、どかどかと俺の部屋に入り込んだ。


 そして遠慮の欠片も感じさせない様子で台所を覗き込み、おおっ、と歓声を上げた。


「先輩、ちゃんと食べてくださってるじゃないですか!」

「ああ……まあな」

「でも栄養バーも食べたんですね」


 ちゃぶ台の上にあった栄養バーと栄養ゼリーの山を見ながら、光葉が言う。


「それ、妹が持って来てくれたんだ。光葉も食べるか?」

「あ、いいえ。私は遠慮しておきます。妹さんというと、前に先輩が言っていた人ですか?」

「よく覚えてたな。そうだよ」


 そう――なんだけど、妹について何か大事なことを考えていた気がする。


 ああ、そうだ。零が言っていた言葉の意味だ。


 零は一体俺に何を言おうとしていたのだろう。『頑張っても食べてくれなかったのに』―――。


 だめだ、思い出せない。


 というかさっき思い出せそうだったのに、光葉がピンポンラッシュしてきたせいで忘れてしまった。


 つまり光葉のせいだ。


 こいつめ……!


「なんですか先輩、そんなに見つめられると私、照れちゃいますよぉ」


 頬に両手を当ててくねくねと身体を揺らす光葉。


 若干の殺意が湧いた。


 そうだ、零と仲直りする方法を光葉にも考えさせよう。せっかく俺が零との高度に政治的な問題を解決する糸口を掴みかけていたのに、それを邪魔したのはこいつだからな。


「なあ光葉、中学生の女子と仲良くなる方法って知らないか?」

「……え、先輩……今度は中学生に手を出そうとしているんですか? 相手が13歳未満だった場合は同意があったとしても不同意わいせつ罪が成立してしまいますよ、大丈夫ですか!?」

「どうしてわいせつ目的で近づく前提なんだ……。相手は中二の妹だよ」

「い、妹さんと!? 禁断の愛というやつですか!?」

「だからどうしてわいせつ目的で近づく前提なんだよ!」

「いえ……先輩もついに童貞を拗らせたのかなあって」

「拗らせるにしても拗らせ方ってものがあるだろう。……実は俺が妹の機嫌を損ねちゃったみたいでさ。それで光葉に相談したいんだよ」

「なるほど、中学生の女子というのは妹さんだったんですね。ふむふむ」


 と、光葉は腕を組んで考え込む。


 彼女の両腕に圧迫された胸が、柔らかそうに形を変えている。へー、こんなふうになるんだ。すごい弾力だ。……いや、別にエロい目で見ているわけじゃない。光葉の胸の形状から地球上の物理法則について考察を巡らせているだけだ。


「で、どうしたらいいと思う?」

「そうですね。こういうときに一番いい方法がありますよ」

「本当か! ぜひ教えてくれ」

「ええ。相手の好きな料理を作ってあげるんです」

「相手の? つまり、零の好きなものってことか……」

「ほほう、妹さんは零さんとおっしゃるんですね。中二の女の子なら……そうですね、甘いものはいかがでしょう」

「甘いもの?」


 光葉の言葉をそのまま繰り返した瞬間、俺の脳裏にひとつのイメージが浮かんだ。


「心当たりはありますか、先輩」

「プリンだ……」

「プリンですか?」

「確かあいつ、プリンが好きだったんだよ」

「では話は決まりですね! 早速プリンの材料を買いに行きましょう!」


 光葉が俺の袖を引く。


「いやちょっと待て光葉」

「なんですか? この期に及んで『俺プリン嫌いなんだよね』とか『わざわざ手作りするのかよプリンくらい買えばいいじゃないのか』とか言うつもりですか?」


 俺は首を横に振った。


「俺、寝間着のままなんだけど」




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