第16話
※
翌日。
朝、学校へ行くとなぜか教室の前に人だかりができていた。
JKだらけの人だかりならラッキーって感じだったが、残念ながら男ばかりだ。
いったいどうしたのだろうと覗いてみると、その人だかりは俺の席を中心にできていた。
まさか俺の机から不発弾でも見つかったのだろうか。いや――違う。正確に言えば、俺の席ではない。
人だかりは俺の隣の席に座る女子を中心に形成されている。
俺の隣といえば、糖場のはずだけど……?
俺が自分の席に荷物を置くと、隣の席の人物がこちらを見た。
「あ、召野くん。おはよう」
美少女だった。
黒いストレートのロングヘアに白磁のように透き通った肌。長いまつ毛と大きな瞳。ピンク色で形の整った唇。
モデル雑誌からそのまま出てきたような女の子が、俺の隣の席に座っていた。
「えっと……」
少女が言葉を発したことで、周囲の野次馬たちがざわついた。
俺は返事に困った。
状況が理解できない。
一体、目の前の美少女は何者なんだ!?
そしてどうして糖場の席に座っているんだ!?
美少女は周りの様子を伺いながら、立ち上がった。
「少し場所を変えようよ。ここだと落ち着いて話せないから」
「場所を……? そもそもお前、いや、あんた、ええと、君、あー、あなたは誰なんですか?」
俺が言うと、美少女はくすりと笑った。
「何言ってるの? 変だよ、召野くん。私、糖場亜弥だよ」
「と―――糖場!?」
なんということだ。
あの、地味で近寄りがたい雰囲気を醸し出す若干エキセントリック感のある不気味系少女だったはずの糖場が、こんな黒髪ロング正統派清楚系美少女に!?
「ね、行こう、召野くん」
糖場が俺の制服の袖を摘まむ。
「あ、ちょ、ちょっと……!」
野次馬たちから悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。
周囲の男子たちから羨望と嫉妬が入り混じった視線を浴びながら、俺は糖場に引っ張られるようにして教室を出た。
そして向かったのはいつもの中庭だった。
ベンチに座り一息ついたタイミングで、糖場は口を開いた。
「まずはお礼を言わせてもらおうかな。ありがとう召野くん。あのお味噌汁、とても美味しかった。おかげさまで、見て。私もこの通り」
「この通り……って?」
「寝起きが良くなって目の隈も無くなったし、肌や髪の調子も良いんだ。気分もなんだか明るいし」
憑き物が落ちたように、すっきりした表情で微笑む糖場。
「じゃあその劇的な見た目の変化は……?」
「うん、あのお味噌汁のおかげだよ。本当にありがとう。水筒、返すね」
「あ、ああ」
俺は糖場から水筒を受け取った。
ちゃんと洗っているから安心して、と言って、糖場はまた微笑んだ。
「良かったらまた作って欲しいな。家でママに頼んで作ってもらったんだけど、なんだか風味が違ってさ」
「ああ、味噌が違うのかもしれないな。あれ、光葉のおばあさんが自家製で作ったものらしいから」
「光葉って、一昨日会った一年生の子だよね? そうだったんだ。良かったら召野くん、伝えておいてくれないかな。お味噌を欲しがってる人がいるって」
「分かった、言っておくよ」
「それから――もう一つお願いなんだけど」
「なんだ?」
「夜はもう少し早く寝かせて欲しいな~、なんて」
「よ―――夜っスか!?」
いったい何の話だ!?
別に俺は夜な夜な糖場と何かをしているという訳でもないはずだけれど!?
ちょうどその時朝のチャイムがなった。
「……あ、私、今日は提出物を集める係になってたんだった。ごめん、先に戻るね」
「そ、そうか」
「さっきのことよろしく頼んだよ、【メッシー】」
そう言って糖場は教室へと歩いていく。
……【メッシー】?
糖場、俺のことを【メッシ―】って呼んだのか?
その瞬間、すべての謎が解けた気がした。
糖場がやけに親しそうに話しかけてきたことも、糖場が俺の知っている誰かに似ているような気がしていた訳も、そして糖場が寝不足だった理由も。
俺が一緒にゲームをしているフレンド――【サトウ】の正体は、糖場だったのだ。
だけど、おかしい。
俺は反射的に声をあげていた。
「ま、待てよ! 【サトウ】は男性じゃなかったのか!?」
いつもボイスチャットをしていた【サトウ】の声は男性のものだった。それは間違いない。
俺の声に糖場が足を止め、振り返る。
「ボイスチェンジャーだよ。何かと物騒だからね、最近」
糖場はいたずらがバレたようなこどもみたいに笑いながら言うと、再び教室へと歩き出した。
そのとき、俺は気が付いてしまった。
「と――糖場!」
「何だよ召野くん。私、颯爽と立ち去る流れだったと思うんだけど」
立ち止る糖場。
「いや、その……スカートがだな」
「スカート?」
「言いづらいんだけど―――」
糖場のスカートはお尻の辺りが捲れあがっていて、側面がほぼ紐みたいな黒色の下着が丸見えになっていた。
黒髪清楚系美少女は、ひどく赤面した。
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