第15話
※
昼休み。
中庭のベンチに行くと、糖場が寝ていた。
仰向けで横になっていて、口元からは涎らしきものまで垂れている。
いくらなんでも女子高生がとっていいような体勢じゃない――とは思いつつも、まあ仕方ない。眠たすぎるあまりありえない姿勢で寝てしまうことはある。気持ちは分かる。
「……糖場」
名前を呼んでも糖場は起きなかった。
かなり熟睡しているみたいだ。
まだ昼休みが始まってほんの数分しか経っていないのにこれだけ深い睡眠状態に入ることができるとは、よほど眠たかったのか眠ることに対してすさまじい才能を持っているのか……。
しかし、味噌汁を飲ませるためには起きてもらわなければどうしようもない。
俺は持っていた水筒の蓋を開け、糖場の顔の近くへ持っていった。
周囲に味噌の香りが漂った―――瞬間。
「……っはあ!!? な、何何何!? 何かしらこの匂い!? 頭の中でピンク色の像が曼荼羅を背景にポールダンス踊ってるみたいなんだけど!?」
「どうやら目が覚めたみたいだな、糖場」
「覚めたというかトリップというか……あれ、召野くん? ごめんごめん、ちょっと取り乱しちゃった。いったい何が起こったの、今」
糖場はぐちゃぐちゃになった前髪を両手で整えながら言った。
「ああ、こいつを嗅いでもらったんだ――」
と言いつつ俺の視線はなぜか糖場のスカートの辺りへ向いていた。
何故だ――いや、何故だなんて理由を考えている場合じゃない。
さっきまですごい体勢で眠っていた糖場。
当然衣服も皴だらけになっている。そしてその影響は糖場のスカートにも。
そう。
糖場はスカートが捲れ、中から可愛らしい白のレースの下着がこんにちはしていたのだ。
俺の視線に気が付いたのか、糖場は慌てたようにスカートを直した。
それからびくびくした様子で俺の方を見上げる。
「み、見た?」
「いや、え、何を? 俺は何も見てないけど」
脳内では糖場のパンツが何度もフラッシュバックしていて、そのパンツはかなり生地の薄いいわゆるセクシーランジェリーと呼ばれるタイプの下着ではなかったのだろうかという議題で激論が繰り広げられていたのだが、俺は努めて平静を装った。
俺の返事に、糖場は安心したように胸を撫でおろす。
「ああ、良かった。ほら、起きたばかりで動揺していたみたいでさ。ところでさっきから手に持っているその水筒は何?」
「これは味噌汁だ」
「……味噌汁?」
「糖場、寝不足で困ってただろ? これを飲めばもう大丈夫。眠気なんてすぐ吹き飛ぶから」
「まるで怪しい薬の勧誘だけど」
「疑うなよ。本当に味噌汁なんだ。ちょっと飲んでみてくれないか。抵抗はあるかもしれないが、一口だけで良いから。すごい効き目だぞ」
「ますます薬物の売り文句に聞こえて来たなぁ。……それ、召野くんが作ったの?」
「そんなところだ」
ネギを切ったのは俺。それは間違いない。他の調理はすべて光葉がやったけど。
「じゃあ、一口だけいただこうかな」
「もちろん。ほら」
俺は水筒から味噌汁をカップに注いで、糖場に渡した。
「……具はお豆腐とネギですか。本当に味噌汁なんだね」
「だから言っただろ」
「良い匂い。じゃあ、遠慮なくいただくね」
そう言いながら、糖場は味噌汁を飲んだ。
わあ、と糖場が呟く。
「美味しい。本当に。目も覚めたような気がする。温かい」
糖場は俺を見上げ、安心したように微笑んだ。
あ……れ?
糖場ってこんな雰囲気だったっけ?
目の前で微笑む糖場は、いつも教室で見ている糖場とは違う、落ち着いた、大人びた表情を浮かべていた。
病人を思わせるようだった顔色は艶のある色白な肌に、ぎょろぎょろして怪しい両目は黒目の大きい愛嬌のある瞳に、怪談に出てくる日本人形のように不気味な黒い髪はさらさらしたロングヘアに―――見えた。
なぜか恥ずかしくなって、俺は思わず彼女の顔から目を逸らした。
俺の様子を不思議に思ったのか、糖場は不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたの、召野くん?」
「い、いや、なんでもないなんでもない。じゃあ、それ、お前にやるから。ゆっくり飲んで目を覚ましてくれ。じゃあな!」
俺はそう言い残して、逃げるようにその場を離れた。
どうしてそんなことをしてしまったのか、理由は分からなかった。
「……あれ、先輩じゃないですか」
渡り廊下の辺りで聞こえた声に足を止めると、光葉だった。
「ああ、光葉か」
「お味噌汁、渡せましたか?」
「渡せたよ。糖場も喜んでたみたいだった」
「そうですか、それは良かったですね。相手がだれであれ作った料理を喜んでもらえるのは嬉しいことです。ところで先輩、お昼まだでしょう? 私、お弁当作って来たんです。一緒に食べようと思って探していたところだったんですよ」
「お、おお。そうだったのか」
「外階段のところ、景色がきれいなんですよ。気分を変えて今日はそっちでランチにしませんか?」
光葉の言葉に、俺は頷いた。
そして俺たちは外階段へ向かったのだった。
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