第14話
※
次の日。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポ―ンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。
「うるせええええええ!!」
叫びながら玄関のドアを開けると、制服姿の光葉が満面の笑みを浮かべ立っていた。
「おはようございます、先輩! さあ早速お味噌汁を作りましょう!」
光葉の右手にはエコバックが提げられていて、中にはみそ汁を作るのに使う具材らしきものが入っていた。
「朝何時だと思ってるんだ!」
「5時でしょ?」
そう、早朝5時。
俺はつい数分前までいつものようにオンラインゲームをやっていて、ほとんど一睡もしていないのだ。
「早すぎるだろ、いつもは7時前に来るのに」
「先輩にお料理を教えると思うと興奮していつもより早く目が覚めちゃったんです」
「ああ、そう……」
そんなことある?
まあ、光葉ならあるのかもしれない……。
「ではお台所借りますね。お鍋とか準備しますから、先輩はこれを着て待っていてください」
光葉がエコバッグから取り出したのは、例の光葉とお揃いのエプロンだった。
いや、たまたまデザインが同じだけでお揃いってわけじゃないんだったな。
そんなことをいちいち考えていたらまた光葉にからかわれてしまう。
俺は寝間着の上からエプロンを着た。
「まず何からやればいいんだ?」
「具の準備です。お豆腐と長ネギを切っていきますよ」
「ほう」
台所に準備されたまな板の上には、豆腐と長ネギが並べられていた。
……まな板、か。
もし光葉が貧乳キャラだったらここでひとネタ入れるところだったが、残念ながら光葉の胸はエプロンを張り裂かんばかりに主張が激しかった。
くっ、まな板ネタは使えない、か……。
「……先輩、なんで私の胸を見て残念そうにしているんですか」
「え!? いやいやいや、何も残念なことなんてないって。それで、その長ネギと豆腐をどうするんだ?」
まあいいですけど、と光葉は横目で俺を見ながら包丁を取り出した。
「先輩、包丁使ったことありますか?」
「包丁か……。そうだな、通販で届いた段ボールを開けるときに使ったかな」
「ちゃんとカッターかハサミを使ってください! 不衛生だし包丁の刃が痛みますから!」
「わ、分かった、次からはそうするから包丁を俺に向けるな!」
「……あ、ごめんなさい。ちなみに人間の身体ってそれなりに脂っこいらしいですから、包丁でヒトを切断するのは難しいそうですよ。脂で刃がすぐダメになっちゃうんですって」
「その知識が役に立つ日が来ないことを祈るよ」
「さて、話が脱線してしまいましたね。ええと、確か先輩の指か何かを切るんでしたっけ」
「世界観が殺伐としてきたなァ!? 俺はVシネの世界に迷い込んじゃったかなあ!?」
「という小粋なジョークを挟みつつ」
「包丁持ってるやつが言うとジョークにならねえよ!」
「では、この包丁は先輩にお渡ししましょう。お豆腐、切ったことありますか?」
「ないんだな、それが」
「じゃないかと思ってました」光葉が包丁を引っ込める。「少し難しいので、私が切るのを見ていてください」
光葉は慣れた手つきで豆腐をてのひらに載せて、およそ1センチ四方くらいのサイズに切り分けていった。
「さすが、手慣れてるな。そういうの、誰に教わったんだ?」
「おばあちゃんに教えてもらったんです」
「へえ……」
「さて、切り終わりました。次は長ネギです。先輩、切ってみてください」
今度こそ包丁が俺に渡ってきた。
緊張の一瞬だ。把手から包丁の刃の重みが伝わってくる。
「どう切ればいいんだ?」
「まず葉っぱの部分を切り落として、それから残りの白い部分を薄く切っていきます。小口切りというやつです」
「なんか家庭科の教科書で見たような気がするな。よし、やってみよう」
俺は光葉に言われた通り長ネギの葉の部分を切り落とし、白い部分に包丁の刃を当てた。
切るぞ……切るぞ……切るぞぉぉぉ!
「先輩、そんなに力を入れすぎると危ないですよ」
「そ、そうか」
「初めてだからって緊張しすぎです」
「ああごめんごめん、つい。誰でも最初は不必要に力んじゃうよな」
肩の力を抜いて、長ネギの身に刃を入れる。
思いのほか簡単に切れた。
「その調子です、先輩」
「やっぱ俺って不可能を可能にする男なんだな!」
「まだネギの一欠けらを切っただけですよ。良い調子ですとは言いましたが、調子に乗ってくださいとは言ってませんから。早く続きをやってください」
「急に冷たい……」
俺は大人しくネギの続きを切った。
まな板の上に、それなりに均等なサイズで切られたネギの山が出来ていく。
「では次に、お湯を沸かして具を煮ていきましょう」
「で、沸かしたお湯がこちらだな」
台所のコンロにかけられた鍋では、既にお湯が沸騰していた。
「その通りです。料理は段取りも大事ですから。手際よくいきましょう。さあ先輩、早速具をお湯へ入れてください」
「え、ナニをどこに挿れて欲しいって? はっきり言ってくれないと分からないなあ(ニチャア)」
「殺しますよ」
いつの間にか包丁を持っていた光葉が俺を睨む。
下ネタに命までは懸けられない。
俺は大人しく、長ネギや豆腐を沸騰するお湯の中に入れた。
ぐつぐつと具材が煮立っていく。
「次は?」
「弱火にして、出汁を加えます」
と、光葉は袋の中からタッパーを取り出す。
中には薄く色のついた液体が入っていた。
「それは?」
「昆布と鰹から取った出汁ですね。風味がとてもいいんです」
「それにあの強烈な覚醒作用をもたらす成分が含まれているわけだな」
「別に違法なものは何も入っていませんから安心してください」
「脱法ってことか」
「合法です」
「ギリギリ?」
「いえ、100000%合法です」
お湯の中に出汁を加えて少し待つと、ネギがしんなりしてきた。
「そろそろ良いんじゃないか?」
「良さそうですね。では、お湯に味噌を溶いていきますよ。今回は私のおばあちゃんが作った特製のお味噌を使っていきましょう」
そう言って光葉はさらにもう一つタッパーを取り出た。
その中には味噌が入っていて、光葉はそれをおたまで掬うと、こし器でお湯の中に溶いていった。
味噌の香ばしい香りが部屋の中に漂う。
「なんかキマッて来たな」
「それは先輩だけです」
鍋の中身が再び沸騰しそうになったとき、光葉がコンロを止めた。
「沸騰させないのか?」
「このくらいが一番美味しいんです。おばあちゃんが言ってました。さあ先輩、味見をしてみましょう!」
二人分のお椀に味噌汁を注ぐ。
お椀から昇る湯気さえも美味しそうだった。
「じゃあ、いただいてみるか」
お椀の縁に口をあて、いい香りがする味噌汁を啜った。
その瞬間、全身の細胞が目を覚ますような感覚が身体中を駆け巡った。
徹夜明けの肉体から、眠気や倦怠感といったものが吹き飛んでいく。
「どうですか、先輩?」
「うん、いい出来だ。特にネギの風味が素晴らしいな。きっと切った人の腕が優れていたんだろう」
「ええそうですねー。その人、多分ネギを切る以外ほとんど何もしてなかったと思うんですけどねー」
じとっとした目で俺を見上げる光葉。
「ありがとう光葉。これがあれば糖場もきっと寝不足に悩まされずに済むはずだ」
「……先輩もお人よしですよね。同じクラスの人と言っても、あまり話したことはないんでしょう? どうしてそこまでしてあげるんですか?」
「確かにそうだよな……。なんだか、仲の良い誰かに似てる気がするんだよな」
光葉が露骨に嫌な顔をする。
「それって何ですか、クラスの気になるアイツの正体が実は小さい頃離れ離れになっていた幼馴染だった的な展開ですか?」
「そんなベタな展開にはならないから安心しろ。俺には仲の良かった幼馴染なんていなかったから」
「うわ、反応に困る答えですね……。まあ、良いです。先輩のために作ったお味噌汁ですから、先輩の好きにしてください。食べるのはお昼休みになるでしょうから、保温効果の高い水筒か何かに入れていくのがおすすめですよ」
「おお、いいアイデアだな! 助かる!」
というわけで、俺は水筒に味噌汁を入れて持っていくことになったのだった。
……あれ? 結局俺、味噌汁作れるようになってないじゃん。
ってことはまた明日からも光葉のピンポンラッシュは続くわけか。
トホホ。
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