「お味噌汁の回」

第8話


 真夜中。


 草木も眠る丑三つ時。


 とあるマンションの一室には明々と照明が灯っており、その部屋からはひっきりなしに人が話す声が聞こえ、ときどき呻き声のようなものさえ上がっていた。


 声の主はゲームのコントローラーを握りしめ食い入るように画面を見つめる、顔色の悪い不健康そうな青少年――というか、俺だった。


「ダメージ入ったダメージ入った! 今今今、シールド割ってシールド割って!」


 画面の中では銃器で武装した味方のキャラが相手プレイヤーへと迫っていくところだった。


 相手プレイヤーは回復アイテムを使用するため、周囲にシールドを展開していた。


『シールドなんて小癪な! そんな邪智暴虐な敵は除かなければならぬ!』


 俺が装着しているヘッドホンから男性の声がする。


 一緒にゲームをプレイしているオンラインのフレンドだ。


 この【ギガント・ドロップ】というゲーム上でフレンドになり、ボイスチャットを通じて、かれこれ一年近く一緒にゲームをしている。


 味方が敵に集中砲火を浴びせた直後、相手プレイヤーが周囲に展開していたシールドが破壊された。


「ナイス!」

『シールド割ったよ~。とどめは任せた』

「よし任せろ!」


 シールドを割られ満身創痍になった敵めがけて、俺は一気に銃のトリガーを引いた。


 敵チーム最後のひとりとなっていた相手は、反撃もできないまま倒れた。


 同時に、俺らのチームが勝利したことを称えるメッセージが画面いっぱいに表示された。


『おー、チャンピオンチャンピオン。やったねえ』

「ナイス援護射撃だったぜ、【サトウ】」

『そっちこそナイスエイムだったよ、【メッシー】』


 この【ギガント・ドロップ】において、俺のユーザー名は【meshi_111】。通称【メッシー】。そしてフレンドである【サトウ】は本来【SATOU_field】というユーザー名なのだが、呼びづらいので略して【サトウ】と呼んでいる。


 ちなみにこの【ギガント・ドロップ】というゲームは、FPSのバトルロワイヤルゲームだ。


 2名から3名でチームを組み、50~60チームの中で最後の1チームに残ることを目標としてマッチ戦を戦っていくことになる。数年前にサービスが開始され、今もなお大人気な息の長いゲームだ。


 このゲームにはランクのシステムがあり、マッチ戦で良い成績を残せば残すほど上のランクへ行くことができる。最低ランクがC。それからB、A、Sの順に上がっていく。俺と【サトウ】は今Aランク帯にいて、Sランクを目指して日々奮闘しているのだった。


「さっきの勝利でようやくSランク帯も見えて来たな」

『そうだね。【メッシー】もかなり上手くなったよ。飲み込みが早いんだね』

「一年もやってれば多少は出来るようになるって。でも、最初に始めたころはお互い初心者でCランク帯からも脱出できないレベルだったもんな。感慨深いよ」

『よし、じゃあ調子が良いうちにもう一戦いっとく?』


 時計を見る。


 時刻はもう深夜の3時を回りつつあった。


 これが平日なら、そろそろやめにしておきたいところ。


 しかし――日付変わって今日は土曜日。


 つまり休みだ。


 休みということは、何時まで寝ていても誰にも文句は言われないと言うことだ。


「フッ、何戦でも望むところだ!」


 俺はコントローラーを握りなおした。


 こうしてまた夜は更け、朝がやってくるのだった。





「う……?」


 電子音のようなものがして、俺は微睡みの中から目覚めた。


 身体が重い。


 今日は土曜日。いつまで寝ていても良いはずだ。


 俺は布団を頭まで被り、もう一度目を閉じた。


 その瞬間。


 ピンポーン。


 うっ。


 玄関でチャイムが鳴っている。


 枕もとに置いていたスマホを見る。


 時刻はAM7:00。


 結局あれから朝の5時すぎまでゲームをやっていたから、眠っていたのは一時間弱ってところか。


 人間に必要な睡眠時間はおおよそ8時間程度と聞いたことがある。つまり俺は、あと7時間は眠る必要があるわけだ。


 こんな早朝から人の家に押しかけて来るなんて非常識極まりない。そんな客の相手をするよりも、あと7時間分の睡眠を摂る方が優先だ。


 俺は来客を無視することに決めた。


 固い意志とともに、再び目を閉じる――。



 ピンポーン。



 う、うるせえ。


 しつこい。


 だけど無視すると決めた以上は無視だ。初志貫徹だ。


 俺は布団の更に奥へと潜った。


 そうして再び微睡み始め――。



 ピンポーン。



 ピンポーンピンポーン。



 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポ―ンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。



「う――うるせえ!!」


 俺は跳ね起きた。


 一体誰なんだ!


 何人たりとも俺の眠りを妨げる奴は許さん!


 玄関に向かった俺は怒りに任せてドアを開けた。


 次の瞬間。


「おはようございます、先輩!」


 満面の笑みを浮かべて玄関先に立っていたのは、光葉だった。


 しかもパジャマ姿だ。大きくゆるめのシャツとショートパンツに、サンダル。


 ショートパンツからは細い太腿が伸びており、そして――特筆すべきは胸部の辺りだろう。


 伸縮性があるだろう生地にもかかわらず、いや、そのせいでというべきか、胸の辺りがパッツパツに張ってテントのようになってしまっていた。


 俺は一気に目が覚めるとともに、いつものクールで冷静なメンタリティを取り戻した。


 ……いつもそんなに冷静だったかどうかはともかくとして。


「えー、あのー、光葉さん」

「はい?」

「まだ朝の7時だろ? まだ近所には寝ている人もいるだろうから、あんまりピンポンピンポン鳴らさないようにね。俺、びっくりしちゃったよ。ピンポン星から呼んでもいないヒーローがやって来たかと思ったよ」

「は、はあ……?」

「それで、何の用なんだ?」

「ああ、そうそう。そうです。本題がまだでした。召野先輩があまりにも私の胸の辺りを凝視していらっしゃったので、そちらの方に気を取られて忘れていました」

「む、胸を凝視だなんて勘違いだヨ、アハハ……」


 しまった、バレてた。


 俺はそっと光葉の存在感ある胸から視線を逸らした。


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