黄色い道

TatsuB

黄色い道

まだ小さい君と、このイチョウの葉が舞う道を一緒に歩けるのは、あとどれくらいだろう。


私はだんだんと筋肉が落ちて最終的には、植物人間になって、最後には呼吸が出来なくなり、死に至るという難病を抱えた。

この、病には治療法がなく、ただただ死を待つことしかできない。

君が成長し、大人になった頃には、残念ながら私はもうこの世にはいないだろう。

私は、愛する妻と大切な君の成長を見届けることが出来ないことがとても悔しい。


それでも、今は、君と手をつないで、このイチョウの葉が舞う道を歩いている。君はきっと大きくなったとき、私の最期の大切な君との思い出を忘れてるだろう。

でも、君が無邪気な笑顔で私を見上げる姿は、私にとって生涯忘れられない、大切な心のアルバムの一枚になるだろう。

私は、あとどれだけ自分で歩ける時間が残されているか分からない。こうして君と一緒に過ごす一瞬一瞬が、私にとって何よりも大切な宝物だ。

私は、ふと立ち止まり、君の小さな手を少しだけ強く握りしめる。「ねぇ、君は大きくなったら何になりたい?」

まだ、言葉も話せない幼い君に訪ねてみた。

君は、無邪気な笑顔で私が何を言っているのか理解していないだろう問いに、

「パパ、パーパ」と最近覚えたての言葉をただ発した。

君は何も考えずに言った言葉だろうが、私にの胸にはそれが苦しく熱い気持ちが込み上げてくる。


君にとって「お父さん」はどんな存在なんだろうか?私は君に何を残して上げれるだろうか?私に残された時間は限られているけれど、せめて君が大きくなった時に心の中に何か残せたら、何かを持ち続けれられるように、精一杯の愛情を注ぎたい。


イチョウの葉が風に舞い、私たちの周りを包み込むように散っていく。来年の今頃はこのイチョウを散るのも見れないかも知れない。

もしかしたらこのイチョウと共に私の命も散ってしまうのだろう

この限られた短い命で、君に伝えたい事が山程ある。けれど、言葉にするにはあまりにも多すぎて、何から伝えたらいいのか分からない。

ただ一つ伝えたいことは、「パパがいなくなっても、君は強く生きていくんだよ」と。

君は、今私の伝えたい事を理解できないだろう。

けれど私は、今こうして体が動くうちに未来の君に言葉では伝えられない事を、

文字として残す事を決めた。


君が大きくなり、私がこの世にいなくても、私の愛する妻と君で二人で強く生きて欲しい、そう願いを込め手紙を残すつもりだ。


――愛する君へ、

この手紙を読む頃、君はもう大人になっているかもしれないね。もしかしたら、私のことを覚えていないかもしれない。それでも、君に伝えておきたいことがたくさんあるんだ。

君がまだ小さかった頃、パパは難病に抱え、長く生きることが出来ないと言われていた。それを知った時、私は君の成長を見届けれない事がとても悲しかった。怖くて寂しくて、頭の中が真っ白になってどうしていいか分からなくなったんだ。

だけど、君の笑顔を君の小さな手に触れるたび、私はどう生きようか決めたんだ。

君が大きくなって、人生でつらいことや、乗り越えなければならない壁に直面する時が来るかもしれない。そんな時、この手紙を思い出してほしい。君には強さがある。君には愛がある。そして君は、どんな困難にも立ち向かう力を持っている。それを信じて、前に進んでほしい。

君がどんな道を選んでも、私は君を心から誇りに思う。たとえ私がその場にいなくても、君が歩む道を見守っていると思ってほしい。君が幸せでいてくれることが、私の一番の願いだから。私が君に残せるものは限られているけれど、君が心の中に感じる「愛」が、いつも君を支えてくれると信じている。君が人を愛し、また愛される人生を歩んでいけるように、願っています。

君には素晴らしい未来が待っている。たとえどんなことがあっても、君は一人じゃない。君を愛してくれる人がいることを忘れないでほしい。そして、自分自身を信じて、勇気を持って生きていってほしい。

そして、願うならば優しい強さを、人を傷つけない強さを、自分を守れる強さを持ってほしい。

ただ、君が大人になって、どんな人になっても、私はずっと君を愛している。たとえこの世にいなくても、その思いは変わらないよ。

君の幸せを、心から祈り続けています。

愛しているよ。

パパより――


君が大きくなったとき、この手紙を読むころには、残念ながら私もう、この世にはいない。

けれども、人生にはどうしても乗り越えなければならない壁がある。もしそんな時が来たら、この手紙を読み返してほしい、君がどれほど愛されているか、それを思い出してくれるだけでパパは...それだけで幸せだ。


この湿った手紙を妻に託した。「手紙を渡すタイミングは任せるよ」

妻は優しく首を縦に振り、手紙を受け取ってくれた。


私は、病気が発覚してから、どう生きていけばいいのか何度も考えてきた。

普通の父親の様に君の成長を見守る事が出来ない現実を突きつけられたとき、私は途方に暮れた。けれど君の小さな手の温もりが私の心の支えだった。


君は、成長するにつれて、私の存在が薄れていくだろう。それでも、君の心のどこかに、私の存在を感じくれたら、そしてそれが、君が辛い時に、少しでもは励ましになれるように。そう生きる意味を決めることが出来た。

これから先、私はもっと君に会いたい、もっと君と話したい、もっと君と笑い合いたいと思うことが増えるだろう。でも、その全ては叶わない。だからこそ、今この瞬間を大切にして、君に伝えたいことを全て残しておきたい。愛する君と妻に、私の思いをしっかりと刻んでおくんだ。


そして君へ、最後にもう一度伝えたい。「君は一人じゃない。君には愛がある。そして、君には生きる力がある」。その力を信じて、どうか歩んでほしい。


――月日が流れ、私は動く事が出来なくなり、植物人間へとなってしまった。

最後に動くのはこの瞼くらいだ。

私のベットの横には悲しそうに泣いている妻とまだ小さい君がいる。

瞬きをするのもやっとだ、でもこの目が閉じるまでにできる限り二人を心のアルバムに刻んでおきたい。


ついに私は瞼を開ける力も失った。

最期に私に残っているのは二人の声を聴くことだけだ。

今の私は、二人に苦しんでいる様に見えるかもしれない。

だけど私は、幸せだから...だけど最期くらい笑い声を聞かせて欲しいかな、

本当に目を閉じてしまうまでに...



――数十年後

私の父は私が幼い頃に病気で亡くなった。

どうやら難病で薬も治療法もなく現代医学では治せない病気だったらしい。

私に父との記憶はない。けれど手紙を読んで私は記憶に無い父を愛している。


私は、このイチョウの葉で黄色く染まった道が大好きだ。

秋の風が私を優しく包み込む。

何故か懐かしく、父の存在を強く感じれる気がした。














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