推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい

木村

推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい

「やあ、久しぶり」


 長い残業をやっと終えての帰路、ナンパばかりの繁華街で後ろからそんな風に声をかけられて、振り返ってあげられる余裕は社会人女子にはない。だから私――雪平ゆきひら ゆうは背後からの声に振り向くどころか肩をゆらすことすらせずに、歩き続けた。

 しかし面倒なことに、足音がついてくる。どうやら面倒でしつこいタイプのナンパだ。


(下着屋さんに逃げ込む? いや、この時間じゃお店は開いてないか。もう十時過ぎてるし……あーもうムカつく! 定時ぎりぎりに仕事押し付けて帰るやつは上司になるな! 今日は早めに帰ってゆっくりお風呂入りたかったのに……もう! 疲れてるしお腹も空いてるし、早く帰りたい時に限って……全ナンパ男のアキレス腱切れろ!)


 ナンパ男には関係ない最近のムカつき全てに対して頭の中で呪詛を唱えながら、歩き続ける。いっそ走って逃げるかと考えていたら、「ゆきさん」と背後の男が言った。その『ゆきさん』というあだ名、その『優しい呼び声』が思いがけず、足が勝手に止まる。


(え、嘘、もしかして……)


 コツ、コツ、と足音が近づき、背後から、『懐かしい』香水の香りに包まれる。この街では嗅いだことがない、ミステリアスでつかみどころのない、大人の匂い。


「……私の声を忘れたのかな? 君が泣いてねだるから、録音までさせられたというのに薄情なものだね、ゆきさん?」


 鼓膜を揺さぶるのは、聞くだけで背筋がゾクゾクしてくる、大人の男性の声。


「……もしかして、シロさん!?」


 振り返ると、そこに『彼』がいた。

 あの頃と同じように着物を着こなし、あの頃と同じように艶のある黒髪を後ろに流し、あの頃と同じようにハンサムすぎる顔をしている、『彼』――白樺しらかば 寿人ひさとさん――かつて私が再三迷惑をかけた男性だ。


「ウン、……五年ぶりだね、ゆきさん」


 彼はあの頃と何も変わらない、温和な笑みを浮かべていた。



 始まりは今から八年前。

 高校生になった私は、小遣い稼ぎに近所の喫茶店でアルバイトを始めた。私の地元は駅まで車で二十分かかり、デート先といえば駅前のショッピングモールしかない、そんなところだ。だから煙草臭くて仕方ないその喫茶店ですらおしゃれスポットのように、同級生たちが噂していた。だから私はその喫茶店で働いていることで、選ばれた人間になったかのような万能感を得ていた。

 ただ、オーナーが近所に住んでいる顔なじみのおじいちゃんだから雇ってもらえただけなのに。あんな喫茶店、東京だったらすぐにつぶれるようななんてことない店なのに。

 あの頃の私は無知だった。そして退屈だった。

 高校生になっても、バイトを始めても、なにも変わらない。このままこの街にとらわれて、傷つきながら年を取っていく――あの停滞感、あの漠然とした焦燥、そして絶望はあの街に住んでいた人間にしかわからないだろう。

 でも、私のそんな茫漠とした日常を崩してくれたのがシロさんだった。


「すまない。開店前だったかな」


 ある日の夕方、バイトに入った私がエプロンをつけている最中、彼はやってきた。私はエプロンのリボンを結びながら「ああ、大丈夫です。開けます」と答え、顔を上げた。


「ありがとう。助かるよ」


 そうして、私は初めて彼を見た。

 常連ばかりのあの店で初めて見る顔で、そうして、私の人生で見たことがないぐらいの美形だった。灰色の着物に黒いハットをかぶる、あの街じゃありえないぐらいお洒落で、テレビの向こう側から俳優が出てきたみたいだった。

 息ができなくなるぐらい、衝撃的に格好良かった。


「座って待っていてもいいかな?」

「あ、……はい、お好きな席へどうぞ」

「すまないね、勝手がわかっていなくて手間をかける」

「い、……いえ……」


 彼は私に微笑んだ。

 あの街じゃ子どもから年寄りまで男は女を見下すもので、女もそれを妥協して受け入れていた。だから私にとって、大人の男性にあんな風に微笑まれるのは初めてだった。


「メニュー、あの、どうぞ……」

「ありがとう。そうだな、……ホットコーヒーを」

「あ、今、オーナーがまだ来てなくて、私が淹れるので、大丈夫ですか……?」

「今、店を任されているのは君なのだから、もちろん、君に任せるよ」


  ペットみたいに扱われるわけでもなく、触ってもいい女として扱われるわけでもなく、人として扱ってもらえたのが、――今思い返すと、初めてだったのだ。


「美味しい。この街に来てよかった」


 彼がいたのはきっとほんの十分だ。

 だけど彼が帰る頃には――彼はもう、私の中のレジェンド。絶対的な一番だった。

 つまり私はその日から彼のファン、……というか『迷惑なファン』、もっとわかりやすく言えば『ガチ恋』、要するに、それが私の黒歴史の始まりだ。


「いらっしゃいませ! シロさん! 今日も会えて嬉しい! 写真撮っていい!?」


 常連になってくれたシロさんに、やれるだけの迷惑をすべてかけた。

 無理やり名前を聞き出して、一緒に写真も撮ってもらったし、コーヒーを飲む横顔を盗撮したこともあるし、シロさんの声が好きすぎて泣いてねだって『おはよう』と録音させてもらったし、最後まで断られたけど連絡先を聞き続けた。


「シロさん、今日も好きです、明日も来てください」

「はいはい、わかりました、わかりました。……いい加減帰ってもいいかな?」

「やだあ、寂しいです、シロさん……コーヒーもう一杯おかわりしていってください!」

「おなかタプタプになっちゃうよ。あのね、ゆきさん……」

「やっぱり、優ちゃん♡って呼んでくれません? 私も、寿人さん♡って呼ぶんで」

「駄目だよ」

「じゃあ代わりに、ちゅうして!」

「だから、そういうことは好きな人とだけしなさい」

「じゃあ一生シロさんとしかしないから!」

「……最近の女子高生はどういう教育をされてるんだ……?」


 ……こうやって今更思い返すと、本当にとんでもなかった。

 好きだ好きだと言いまくり、帰らないでとごねて、勉強を教えてもらったり、文学や美術を教えてもらったり、色んな話を聞いてもらったりした。でも彼は絶対にプライベートなことは教えてくれなかった。脈なしなのは確実だった。でも、彼の顔を見るだけで有頂天だった。


「また来るから、ゆきさん。……絶対明日も会えるから、泣くなよ」


 そうして出会った日から高校を卒業して東京に出てくるまでの三年間、彼は怒ることなく、あのどうしようもない街で、私の唯一の癒しでいてくれたのだ。


「五年ぶり……」


 そんな彼が、今目の前にいる。

 あの頃と全く変わらない彼の笑顔を見た瞬間に昔のことが一気に蘇り、東京に来てからすっかり忘れていたときめきが駆け巡る。


「どうしてこんなところにいるんですか! 偶然!? もしかして運命! 会えるなんて思わなかった、シロさん、全然変わんない!」


 そして勢いのまま、昔のように彼に近寄る。


「わっ……!」


 勢いよく詰め寄ったら、ヒールが地面につっかかり、ぽすんと彼の胸に倒れてしまった。甘くて苦い彼の香りに包まれる。


「フ……懐かしい、ゆきさんだ。隙だらけで私に飛び込んでくる」


 ぽん、ぽんと彼の手が私の腰を叩いた。


「あ、……」


 カ――と顔が赤くなるのがわかった。


「ご、ごめんなさい!」


 急いで彼から離れて両手を頭の横に上げる。彼は不思議そうに私を見ていた。


「どうしたの、ゆきさん」

「あ、いや、その……今更だけど、こういうの、めちゃくちゃセクハラだったなって……」

「セクハラ?」

「あの、新人研修で、コンプラとか、エシックスとか習って、それで、あの……私、あの、よく分かってなくてそういうの、……今更なんですけど、毎日好きだって言ったり、住所何回も聞いたり、仕事のこと聞こうとしたり、とんでもなかったなって……シロさんにひどいことしてたってわかって、その……今更なんだけど、謝りたくて……」


 しどろもどろになりながら今更の謝罪を連ねていると、「ふ、」と彼が息を吐いた。


「……ククッ……」

「……え、笑ってます?」

「いや、ごめん、真面目に言っているんだろうけど……ふ、アハハッ」


 彼は珍しく歯を見せて笑った。頭の中で高校生の頃の私が『SSRの笑顔いただきましたぁ!』と騒ぐが、なんとか押さえつける。


「わ、笑い事じゃないですよ! シロさん、格好いいんだから……悪い人にいたずらされちゃいますよ!」

「えぇ? 私が? 悪い人に?」


 クスクス笑いながら、彼が私の耳に顔を近づける。


「……なにされちゃうの?」


 ぞわぞわと耳の後ろに寒気が走った。

 思わず耳をおさえて飛び退くと、今度こそ彼はこらえることなく「アハハッ」と心底楽しそうに笑う。私の顔はきっと真っ赤だろう。


「人の心配をからかうんじゃないの! もう!」


 クスクス笑い続けるシロさんは、思い出のまんまだった。私より十歳も年上のお兄さんは、五年経ってもやっぱりお兄さんのままだ。おじさんになることもなく、お兄さんのまま。


(思い出は美化されてるはずなのに……現実のほうがずっと格好いい……)


 でも同時に、今だからこそわかることもある。


(シロさんって、よく考えると、ちょっと……いや、怪しいお兄さんだよな……?)


 高校生がバイトできる時間に喫茶店に通うのに、どう見ても高級な着物を常に着こなしている。あんな街に何の用で来たかは分からないけど、明らかにお金持ち。そうして今こうして見上げると、異常なほどに夜の繁華街が似合う。この東京の夜こそが彼の居場所なのだと思わせる、そんな雰囲気がある。


(だからこそ、あの街で彼は異常なほどに浮いていて、私の初恋をかっさらっていったのだけど……もしかして関わらない方がいい人だったのかな……)


 そんなことを思いつつも、彼はやはり記憶のままに格好いい。だから、さよならを言うタイミングが計れず、つい前髪を直してしまったりする。彼も私を真似するように前髪をかきあげ直すと、「久しぶりだ、こんなに笑うのは……」と微笑み、それから右手を差し出してきた。意図がわからず手を見てると「会えたんだから、話そうよ」と彼が笑う。

 あの頃、私からデートに誘うことは百回はあった。でも全部断られてきた。なのに、今、彼が私に手を差し伸べている。


「いや? 私とは何にも話したくない?」

「そんなことは……」

「もうゆきさんだって大人なんだから、夜遊びしてもいいだろう? それとも帰りを待ってる人がいる? ……恋人いるの?」

「いたことないですけど……」


 彼が一歩近寄ってくる。


(何考えているの、シロさん……? もしかして私を『連れ戻し』に……)


 知らない男性に詰め寄られたような気持ちになり、一歩下がる。が、彼が大股でさらに私に詰め寄り、私の腰を引き寄せる。あ、と思ったら、彼の厚い胸板に頬が当たる。身を引こうとすれば、両腕で更に腰を引き寄せられる。


「シロさん、これはセクハラッ!」


 縮こまる私の耳に彼がさらに口を寄せてきた。


「……ゆきさん、さっきから言いたかったのだが、スカートが破れて、下着とお尻が見えている」


 いっそビンタでもして引きはがすかと考えていた頭が急速に冷え切る。

 自分のお尻を見ると、フレアスカートのお尻の部分にすぱっと切られたような穴が開いていた。ひ、と息を吞むと、シロさんが慰めるように私の腰をぽんと叩く。


「どこかで切られたんだろう」

「ぜ、全然気が付かなかった……こわ……」

「大丈夫、今は見えていないから」


 シロさんは着物の袖をつかって、穴の部分を隠してくれていた。そのことに気が付いた瞬間に、また頭に血が上る。


(あ、だからずっと腰を押さえてくれていたんだ。は、……恥ずかしい私! シロさんがデートに誘ってくれるはずがないのに、勝手に勘違いして、勝手に怯えてた……!)


 シロさんが私の耳に口を寄せる。


「それはそうとして、そんなに怖がるなんて……五年経ったら私の事、嫌いになったのか?」


 彼の声はふざけているようにも、甘えているようにも聞こえた。


「もう、デートには誘ってくれないのか?」


 ただ、あの頃の大人が子どもに向ける声とは違って、ぞわぞわする。


(耳に悪い、この声! イケボ過ぎる……!)


 耳をふさごうとしたら、「ね、ゆきさん。……そうなの?」と至近距離で彼が私を呼ぶ。


「き、嫌いになんてなってないっ……けど、シロさん、男の人だから! その、淑女の嗜み! 距離が近いの、慣れてないからっ!」

「ふうん、……要するに私だから嫌なわけじゃないんだな」


 彼が私の耳から口を離すと、にこりと笑った。


「どこかに入って、スカートどうにかしよう。それまでは私が隠すから」

「あ、うん……」

「ゆきさん、大丈夫だよ。いい子だから、全部私に任せなさい」


 彼の声はずっと優しい。私は泣きそうになりながら頷いた。

 ……だからこの時、彼がどんな顔をしていたのか、全然見ていなかった。



「スカート、脱ぎなさい」


 シロさんは私の腰を抱いたまま、すぐ近くのホテルに連れて行ってくれた。ラブホテルなんて、と思う気持ちはあったけれど、スカートは思っていたよりもずっと広範囲に破られてしまっているし、相手はシロさんだし、と、ついていったら部屋に入ってすぐシロさんはそう言った。


「え……?」


 びっくりして見上げると、彼は真剣な顔で私を見下ろしていた。


(本気で言っているの……?)


 彼は困惑する私の顔を見て、はっと気が付いたように息を吞んだ。


「あ! いきなり脱ぐ癖、直ってないのか。ここで脱ぐのはやめなさいね。ちゃんと脱衣所で脱いできて」

「え、あ、……へ!?」


 とんでもないことを言われて思わず聞き返すと、彼が首を傾げた。


「ほら、前にあっただろう。『新しい水着を買った』とか言って急に店で脱ぎだして……」


 彼の言葉にまた一つ黒歴史がよみがえる。


「あれは! 海開きしたのにシロさんが海水浴に誘ってくれないからっ!」

「はいはい、そうでした、私が悪い、全部悪い」


 彼は昔のようにおざなりな返事をしながら、私の腰を離し部屋に入り、脱衣室の扉を開けた。


「ほら早く。こっち来て服脱ぎなさい。ここにバスローブがある。これに着替えて」

「もうー! あの時、すごい勇気だしてビキニ買ったのに……シロさん、全然見てもくれなくて!」

「ゆきさん、後で聞くから早く」

「もうー!」


 ラブホテルに入ったことの緊張がすっかり解け、彼に促されて脱衣室に入る。と、彼が扉をつかんだまま私を見ていた。その目はどこかぼんやりとしている。


「……シロさん?」

「……ああ」


 彼は気が付いたように微笑むと、「下着からストッキングまで全部脱いで、こっちによこしなさい」とさらっと言った。


「へ!? な、なんで!?」

「他も破られているかもしれないから」


 当たり前、という顔で、当たり前、というように言われて、困惑する。


「え、あ、でも、そんな……下着までは……」

「ゆきさんが家に帰ってから、一人でそんなのを見るところを想像するだけで嫌だから。全部、渡して。ちゃんと全部直してから帰すから」


 彼は真剣な顔だった。だから、そういうものか、と納得してしまった。私が頷くと、彼がやっと微笑む。


「じゃあ、ついでにお風呂にも入りなさい。もう遅いから」

「え?」

「後で家まで車で送る。化粧もしなくていい。もう寝るだけの状態になってから出ておいで」

「でも……」

「ゆきさん」


 彼の人差し指が私の唇に触れた。


「言うこと聞いて」


 急に低くなった彼の声に胸がきゅんとなる。私が頷くと、彼がようやく扉を閉めてくれた。

 一人脱衣所に残された私は、渡されたバスローブを抱えて、しゃがみこんでしまう。


(全然変わってない……格好いい……けど……、格好いいからってこんなところまで来て大丈夫かな。ラブホテルって、そういうことするところだよね)


 二十三歳だけど、私はまだ処女だ。ラブホテルに来たのもこれが初めて。

 シロさんに連れて来られただけだから、鍵がどこにあるのかもしらないし、もう会計が終わっているのか、それともこれから会計があるのかも分かっていない。もしシロさん以外の相手だったらこんなに迂闊なことは絶対にしない。


(でも、シロさんだから……)


 あの街に唯一残してきた後悔で、私の初恋。


「……ゆきさん、大丈夫? 何か分からないことがあった?」


 扉の外から声をかけられて、はっとする。慌てて立ち上がり、「大丈夫!」と返事をすると、「困ったらすぐ呼びなさいね」と彼が笑う。その笑い声が優しくてほっとする。服を脱ぎバスローブを羽織って、扉を薄く開くと「脱げた?」と思ったよりも近くから声がした。

 薄く開いた扉の向こうに彼が立っているのが影で分かる。顔が見えないと、彼がとても大きい『男性』なのだとはっきりわかる。


「脱げた、けど」

「受け取るよ」


 差し出された彼の手に、脱いだ服を差し出す。彼の大きな掌が私の服を受け取る。


「ゆっくりお風呂、入っておいで」


 彼がようやく扉の前から離れていくのが、影でわかった。

 ごくり、と自分がつばを飲み込む音がやたらと大きく響いた。



 ホテルの浴槽は一人暮らしの我が家のものの三倍ぐらい広くて、久しぶりにゆっくりと手足を伸ばすことができた。しかもジャグジー付きで、お風呂に入る前に感じていたちょっとの恐怖を溶かすには十分なぐらいあたたまることができた。

 シロさんに言われた通りにメイクまで落とすと、鏡に映る自分は高校生の頃からさほど変わっていない。


(こんなちんちくりん、シロさんが相手にするわけないよね)


 備え付けのバスローブは丈が短くて、胸元が広めに開いていて、まさに『ラブホテル』という感じではあったけど、色気はさほど感じない。だから脱衣室の扉を薄く開けると、シロさんはベッドに腰掛けて私のスカートを見ていた。

 私の視線に気が付くと、彼はにっこり微笑んだ。


「ほら、きれいに縫えたよ」


 彼が掲げてくれた私のスカートは、どこが穴だったのか分からないぐらいに見えた。


「すごい!」

「ウン、我ながら上手くいったと思うんだけど、針仕事は慣れていないから……ゆきさんもこっち来て確認してくれる?」

「あ、その前に……」

「ほら、早く」


 その前に下着が欲しかったのだけど、シロさんが促すので渋々脱衣室から出る。バスローブの裾を掴んでおさえつつ、手招く彼の隣に腰かける。彼に渡されたスカートはじっくり見ると、縫われているのが分かる。けれど生地と同系色で縫われているし、既製品のように等間隔に縫われた目のおかげで、切られたスカートとは思えないほどだ。


(これなら帰れる)


 スカートを膝において、ほっと溜息をつく。


「すごい、シロさん。ありがとう。手先も器用なんて、パーフェクトハンサム!」


 隣にいる彼を見上げると、彼はまたぼんやりした目をしていた。


「シロさん?」

「……わざとか?」

「え?」


 彼のぼんやりとした目線の先を追うと、バスローブの前がゆるんでいた。はっとして彼を見上げると、前から見る分には見えない胸が、彼から見るとばっちり見えていたことが分かった。


「ち、ちがう! 事故! やだ、見ないで!」


 思わずスカートごと自分の体を抱きしめて、背中を丸める。と、いじわるなシロさんが私の肩に手を置いて、私の耳に口を近づけてきた。


「……恥ずかしいのか? 前は私が止めても、制服脱いだくせに」

「それは! あの時は水着着てたもん!」

「あの白い水着ね……生地が薄くて、乳首が透けていたの、気が付いてなかった? 私がすぐ隠したからよかったものを……」

「え? ええ?」

「それともあの時も、わざと見せつけてた? いやらしいところ、見られたかったのか?」

「ち、ちがう……」


 シロさんに胸を見られた事実と、耳元でささやかれる衝撃的な事実に頭がショートする。半泣きになって必死に体を抱きしめていると、すり、と彼の指が動いた。


「……そうも必死に隠されると、無理やり暴きたくなる」


 低く、這うような声が、鼓膜に注がれる。


「え……?」


 すり、と肩を撫でられた。

 ホテル備え付けのシルクのバスローブは彼の体温を遠ざけるには薄すぎて、彼の手のひらの冷たさが肩から二の腕に伝わる。


「ゆきさん、見せて」


 彼の低い声にぞわぞわと全身が総毛立つ。首を振って断っているのに、彼の手が私のうなじに触れ、首に触れ、もう断れなくなる。それでもなんとか逃げようとしているのに、かぷ、と耳たぶを噛まれた。


「細い首」

「あ」

「真っ赤になって、可愛い」


 ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てて彼の唇が私の耳介を自由に闊歩する。私は体を制御することもできず、びくびくと震えてしまう。彼の指先が首から、バスローブの襟首を撫で、するり、と私の地肌を撫でる。風呂上りだけじゃない熱を持った私の肌の上を、彼の手のひらがすべっていく。その感覚がくすぐったくて、鼻から息が漏れてしまう。

 気が付いたら彼は私を後ろから抱きかかえていた。彼の手が襟首から鎖骨に触れ、胸の谷間にまで下りてきてしまう。


(止めなきゃ、止めなきゃ……)


 でもどうやったら止められるのか分からない。

 そうしている間に彼は唇だけじゃなくて、舌も使って、私の耳をもてあそぶ。ちゅ、じゅ、と脳に直接響くような水音に身体の芯が妙に熱くなっていく。必死に背中を丸めていたのに、気が付いたら力が抜けて、彼の手が更に自由に動き回っていた。鎖骨を撫でたり、胸の谷間にさしこまれ、ふにふにと私の肉を楽しまれてしまう。


「し、シロさん、だめ、……ひぁ!」


 じゅっと強く耳を吸われ、腰に変な感覚が走り、変な声を出してしまった。自分でも聞いたことない自分の声に口を押さえると、かぷり、と耳をまた噛まれた。


「『だめ』、か……『だめ』、ねえ……?」


 クスクス、と彼が笑う。


「君は私のことを勝手に撮って、勝手に待ち受けにしていたよね? 私にだめだと言われても、最後まで直さなかったね……?」


 過去の私の愚行を彼が笑う。感情の読めない低い声に泣きそうになる。


「シロさん、怒ってるの……? 怒って、こんなことを……?」

「……違うよ。でも、今大事なことは、人は人が嫌がることをすることもある……と、いうことだ。それが間違いだとわかっていても、相手を傷つけることだと分かっていても、それでも止められない……君はそのことを誰よりもわかっているはずだろう? ……だめ、なんて、そんなつまらないことより……」


 ふううと息を耳に吹きかけられ、「ひぁあ」と変な声を漏らしてしまう。


「そう。その可愛い声、もっと聞かせて」


 また、ふざけているみたいな、甘えているみたいな……ぞわぞわする低い声。聞いているだけでおなかの奥が熱くなる、体に悪い声だ。


「や、……やだぁ……もう、やだ……」


 自分の声が泣きそうだった。


「ふうん?」


 シロさんは笑い混じりにそう言うと、私の耳に舌を這わせ始めた。


「あっ!?」


 じゅぷ、と彼の舌先が耳に差し込まれた瞬間に、さっきまでのキスが軽いものだったのだとわからされた。さっきまでのものは、ただ耳の外側を少し触るだけのもので、これが『そういうもの』だと一瞬で理解する。

 彼の犬歯が私の耳の小さな骨に触れ、彼の奏でるいやらしい水音が鼓膜にダイレクトに響き渡る。経験したことない感覚に頭の奥がオーバーヒートを起こし、体の制御をつかさどるところが壊れてしまう。


「や、あ、シロさん、シロさんっう、ひぁ、とけちゃう、からぁ……あ、ひあっ」


 自分の口からこぼれる声は意味をなさない喃語で、彼を止める効果は持たない。彼の手がすり、すり、とうなじに触れる、その優しい刺激にすら変な声を上げてしまう。


「ひ、あ……シロさん……?」


 気が付いたら彼の手に促されるまま、ベッドの上に仰向けに転がされていた。

 彼は私の手からスカートを取り上げると、ベッドから下りてクローゼットにかけてきてくれた。彼をぼんやりと目で追っている間に、少し熱が冷める。けれど、体に力が入らず起き上がれない。


(おなか、あつい……)


 シロさんはベッドに戻ってきて、ぼんやりとした目で私を見下ろす。


(あ、この目、……『えっちなこと考えている目』なんだ)


 気が付いた瞬間、ぞわぞわと全身が跳ねた。


「可愛い顔。……いい子だ」


 彼の顔が近寄ってくる。その扇状に広がるまつげがとても近くにある。


(あれ、これって……?)


 かぷりと彼が私の唇を噛んだ。下唇を食んで引っ張られ、ぺろりと前歯を舐められる。唇が今まで感じたことない感覚にどんどん力が抜けていくのに、何故か足の指先が勝手に丸まっていく。力が入らない舌先を彼に吸われ、痛みを伴う強烈な感覚に思わず彼の肩を掴む。


「シロさん、待って……」


 ようやく、シロさんが口を離してくれた。


「キスになっちゃうよ、……キスは好きな人とするのに、いいの……?」


 彼は吐息に笑いをにじませると、ちゅ、と私の目尻にキスをした。涙を吸われ視界がクリアになる。


「何故私がこんなことをしているか、よくわかってるじゃないか」

「え……?」


 彼はぼんやりとした目で、私を見下ろしていた。

 彼の視線が私の唇、それから首をたどって、胸にうつっていくのがわかる。彼の視線が触れたところがびくびくと勝手に震えてしまうから、彼にどこを見られているのか分かってしまう。息を吐こうとすれば甘く零れてしまう。

 彼の指が私のバスローブの前を解く。


(止めなきゃいけないのに……)


 彼の指がバスローブの裾を掴み、私に見せつけるようにして、私の体をゆっくりと晒す。抵抗できるはずなのに、私の両手はシーツをぎゅうと握って、動いてくれない。外気に触れた地肌が一瞬冷えて、けれど、すぐ彼の視線であたためられる。初めて他人の目にさらされた私の体が、びくびくと、脈打つ。


(見られてる……シロさんに、……あのシロさんに見られてる)


 すごく悪いことをしている気分だ。

 五年前までの私の愚行を、毎回たしなめていてくれていたシロさんの顔、その声が脳裏によぎる。三年にわたる彼の忠告があったから、私は大学で変な男に引っかけられることはなく、新社会人になって変な先輩に誘われても断ることができている。なのに、今、私は自分の体を男性に、よりにもよってシロさんに晒している。


「シロさん、は……私のこと、好き、なの……?」


 ひたり、とおなかの上に彼の手がおかれる。それだけで唇から勝手に息が漏れてしまう。


「気が付かなかったのか?」


 見上げると、欲情した男の目があった。


「……スカート、切ったのは私だよ」


 え、と思った時には『キス』をされていた。 



「はぷっ……ふ、あっ……シロ、んっ、あ……」


 彼が私にしていることは、私が今まで想像していたキスとは全然違う。唇と唇が触れて、舌で口の中を舐められる、なんていうものじゃない。


「あぐっ……んん……んっ……」


 彼の大きな体が私の体を覆いつくし、彼の大きな手が私の両手の指に絡みつく。痛いぐらいに握られた手から、逃がさない、という昏い心が疑いようもなく伝わってくる。そんな圧迫感の中、彼が私に『キス』をする。


(『キス』って、こういうことなんだ)


 吸おうとした息ごと奪われて、唇どころか頬や鼻まで唇で愛撫される。空気が欲しくて顔を背けようとすれば、咎めるように舌を吸われる。溺れるように口を開くと、待っていたと言わんばかりに彼の舌が入り込む。彼の舌は私の口の中を生息地と決めたのか、それまで平穏を保っていた私の中を縦横無尽に暴いてしまう。舌の裏から喉の奥、頬の裏側、何もかもが彼のものになってしまう。

 喉の奥まで彼の涎が入り込み、私の中を侵略する。


「はっ、ふあっ……」


 彼が私の中に押し入ってくる。


(唇に触れるのは、そこに孔があるからなんだ。舌を入れるのは、深く入りやすいからなんだ……キスって、相手の中に入ろうとすることなんだ……)


 じゅ、くぷ、と水と空気が触れる音が、口の中から、耳から聞こえて、頭の奥がスパークする。抵抗なんて全然できない。まともに息をすることもできない。涙がこぼれてもぬぐうこともできない。しょっぱい涙ごと、彼を受け止めるしかない。苦しくてたまらないのに、頭の奥がしびれるぐらい気持ちがいい。


(こんなの、セックスじゃん)


 気が付いた瞬間に、体が大きく跳ねた。


「んあっああっ……」


 おなかの奥が熱くてジンジンする。勝手に涙がこぼれてしまう。がくがくと震える私に彼がようやく舌を抜いてくれた。ちゅ、と優しいキスをして、彼が優しく笑う。でも、その刺激だけで私の体はまた熱くなる。


「……キスで気持ちよくなれたんだね。いい子」


 ぺろ、ぺろ、と彼が私の頬を舐める。

 化粧落としてよかったな、とぼんやり思っていると、彼が掴んでいた私の手を彼の肩に回した。彼の着物は見た目通り高そうな肌触りをしていて、汗ばんだ手でつかむのが申し訳ない。手を離そうとしたが、また肩に戻されてしまう。


「シロさん、だめ、私……んんっ……」


 彼がまた私に『キス』をし始めた。

 それも今度は、彼の手は私の乳房に触れていた。さっきまで掴まれていた手よりもずっと敏感なそこが、彼の手が熱くなり汗ばんでいることを感じ取る。手を握っていていた時と違って彼の手のひらはとても優しく、痛みを感じることはない。だけど、キスの間に張りつめていた私の体は、彼のその優しい刺激にすら、針を刺された風船のように反応してしまう。


「あっ、あぁっ、だめ、だめっ……ふあ……ん、んん……」


 彼が注ぎ込む唾を飲み込むたびに、毒でも飲まされているかのように思考が溶けていく。彼の舌が上あごをぞりぞりと刺激しながら、彼の指がピンと張りつめた私の乳首をはじいた。脳みその真ん中をハンマーで殴られたみたい。体がはじけ飛びそうで、思わず、目の前の彼にしがみつく。


「……そう、それでいい。いい子だね」


 彼がちゅ、と私の頬にキスをして、笑う。優しい笑みなのに、その目だけはぼんやりとしたままだ。


「胸も、気持ちいい?」

「はう……ん……んんっ!」

「いい子だ」


 乳房を優しく包まれ、不意に乳首をはじかれる。優しい刺激と激しい刺激に翻弄される私の耳元で、彼が低く「キスでも、胸でも気持ちよくなれるなんて、いい子」と、まるで私に教え込むように、「私に触られて、気持ちよくなれて、いい子だ」と囁く。


「いい子にはご褒美をあげないと……」

「シロさんっ、も、う、……ひあぁ!」


 休ませてほしいと言おうとしたら、ぎゅうと右の乳首をつねられた。痛みを伴う強い刺激に背を反らすと、今度は左の乳首に、恐ろしいことに彼の綺麗な顔が近付いてきた。


「だめ、そんなの……シロさんっそんなとこ、……」

「……そんなとこ?」


 彼は私の胸にふう、と息を吐きかけて、私を見上げる。


「な、……なめちゃ、やだぁ……」


 彼は私の乳首に舌を寄せて、笑う。彼の目を見た瞬間に、『あ、だめだ』とわかった。


「あぁっ! ひっ強いっやあ! あっ、う、ん、んーっ! ん、ぁっ、とれちゃうっ……ひぃっ!」


 舌先で乳首をこねまわされ、逃げようともがくと、じゅっと吸われてしまう。あまりの刺激に暴れそうになる体は、彼に押さえつけられて動かすことはできない。彼にしがみついて身を反らして喘ぐしかできない私を、容赦なく彼は追い詰める。痛みに近い快感にすら慣れ始めた乳首を、彼の前歯がすべる。


「なにっああっシロさん、シロさんっ!」


 新しい感覚に太ももが震え、体がバラバラになりそうで、どうしたらいいか分からなくて彼の名前を呼んでしがみつく。暴れる私の太ももをシロさんはなだめるように左手で撫でてくれるけど、その間も口と右手は私の胸をいじめていて、とても落ち着いていられない。


「シロさん、やだっこわい、こわいっい、いーーー!」


 バチン、と頭の中でシャッターが落ちる。

 体が全部制御できなくなって、ぎゅっと固まる。びくびくと震える自分の体をどこか遠くで感じながら、頭の中が溶けた。ちゅぽ、と彼が私の乳首を解放し、ちゅ、ちゅ、と頬や額にキスをしてくれるのを遠く感じる。


「……いい子だね」


 耳に注ぎ込まれる彼の声だけが、脳に響く。


「こんなに気持ちよくなれるなんて、ゆきさんはいい子だ」


 とろ、と自分から何かが零れ落ちている。何か分からない。だけど、もう、それは取り戻せない気がした。


「私、いい子……?」

「うん、いい子」


 ちゅ、と彼に目尻を吸われ、くすぐったくて笑ってしまう。


「可愛い、……可愛い」


 熱に浮かされたように彼はそう呟くと、前髪をかき上げた。ぽたり、と彼の額から汗が落ちる。彼の着物はすっかり着崩れていて、特に私が掴んだ辺りは皺になってしまっていた。


「ごめんなさい、シロさん……」


 私が謝ると、シロさんは驚いたように目を丸くした。それから私の目をじっと見たまま、両手で私の頬を包む。


「な、んで……謝るんだ……?」

「私、汗かいてて……着物、汚しちゃった……」


 ごめんなさい、ともう一度謝ると、彼は瞬きをした後「……着物なんかを汚したことを、謝ってるの?」と私が言ったことを繰り返した。力の入らない体で頷くと、彼は瞬きをした後、長くため息を吐いた。


「……馬鹿だな、本当に……」

「え……?」


 彼が着物の帯を抜き、襟を掴んだと思ったら、一気に脱いだ。ばさりと布がベッドの脇に落ちる音が遠く聞こえる。


「綺麗……」


 目の前にある、彼の裸体には肩から腕にかけて桜模様がついていた。けれどそんな模様よりも、晒された裸体についた美しい筋肉に、おなかがきゅんとなってしまう。

 彼は私を見て、眉間に皺を寄せた。


「あまりにも……『俺』に都合が良すぎる。これから何されるかわかってないのか?」

「これから……?」


 ぼんやりと彼を見上げると、彼は私の両足を掴んで一気に開かせた。


「あっ、見ないで!」


 両手で隠しても、もうシーツまでべたべたになっているのは一目瞭然だ。恥ずかしくて目を逸らすと、彼が私の耳に口を寄せる。


「これから、この、何も入れたことのないこの穴を、舐めてほじってこじ開けて、この胎の奥までちんちん突っ込んで、孕ませる」


 注ぎ込まれた言葉を受け止めきれず、彼を見上げる。


「逃がさねえからな」


 そこにいたのは優しい大人の皮を脱ぎ捨てた、『悪い男』だ。

 怯えなきゃいけないはずなのに、私の体はきゅん、と跳ねてしまった。



 彼の筋張った手、高校生の時大好きだった。コーヒーカップを持つ彼の手をそのまま石膏にして持ち帰りたいぐらいだった。今、その手が、私のお腹の上を滑る。


「薄い腹」


 手の甲で撫でられて、人差し指の関節でへそをくすぐられると、くすぐったさとゾワゾワとこみ上げてくるなにかに震えた。足を閉じようとしても、彼の身体がそこにあるから足で抱きついたようになってしまう。


「抵抗したいのか?」


 でも、彼はギロリと私を睨んだ。


「アッ!?」


 優しくお腹を撫でていた彼の右手がいきなり私の乳首をつまんだ。


「ヒァッいた、いぃっ!」


 指の腹できゅうと引っ張られ、パチンと離され、爪でコリコリといじめられる。痛いのに「気持ちいい、だろ?」と諭されると、わけがわからなくなる。


「や、シロさん! んん!」


 首を振って彼の手首を掴むのに、彼の手は抵抗なんてものともしない。それどころか、彼の左手が膣口に伸びてしまう。


「ぐちゃぐちゃに濡れて、いい子だ」

「やだぁ! 言わないで! 見ないで……っ」


 彼の指がぬるりと私が漏らした愛液をすくい、入口をなぞる。敏感すぎる場所に与えられた刺激に身体をよじると、胸を突き出す形になってしまい、きゅうと乳首を引っ張られてしまう。


「や、やっ、やぁっ……」

「ご褒美にもっと気持ちよくしてあげる」

「ひっ!? だめ、そこ、だめぇ!」


 彼の指がぬるりと私の陰核に触れる。自分でも皮越しにしか触れたことのない敏感すぎるその場所を、彼の指は躊躇いなく暴いてしまった。


「あぁあっ!?」

「潮で上手にマーキングできたね、いい子、いい子」


 外に出されただけで気持ち良すぎる。自分の体なのに何が起きてるのかわからない混乱を伴う快楽。身悶えする私を笑いながら、彼は、ずる、と陰核を撫でた。


「ひっ!? あぁっあ、あ、……?」


 殴られて吹き飛ばされたみたい。異常な気持ちよさに全身がおかしくなって、ピンと伸びてしまう。もうこれ以上ないぐらい気持ちいい。なのに、彼の手は止まってくれない。ぬるぬると陰核を撫でられる暴力的な気持ちよさに合わせ、ぎゅうぎゅうと乳首をいじめられ、感じていたはずの痛みはもうわからない。


(気持ちいい)


 それしかわからない。彼の手首を掴む手にはもう力は入らず、ただすがるだけ。寄る辺のない気持ちよさにボロボロ泣いてしまう。


「ふぎゃぅう!?」

 

 ぎゅ、と陰核をつままれ、体がのけぞる。痛いのに気持ちよくて、頭の中でバチバチと星が散る。全身を投げ出して余韻に流されていると、むに、と恥肉を広げられた。


「へ……?」


 恐ろしいことに、シロさんのきれいな顔がそこに迫っていた。


「だめ、そんなの、死んじゃう……」


 彼は私を見つめながら微笑む。


「殺してやる」


 顔と言葉が一致せず、一瞬理解できなかった。が、その一瞬で、彼は私にしゃぶりついていた。


「うそっ、だめなのっ、シロさん、だめだって……ひぁっ! や、あ、あぁ!」


 何度だめだと言っても、過去の私のように彼もまた、一切やめてはくれなかった。



 彼が出す音の全てがいやらしい。

 彼の口からこぼれる吐息、舌を打つ音、吸い付く音、噛みつく音、そうしてそんな音を奏でる彼に触れられる私の体は、もうどうしようもない。彼に執拗にいじめられた乳首はてらてらと光り、ぶるぶると震える。彼に暴かれた陰核はぷっくりと膨れて、彼の前髪が触れるだけで、私の理性を打ち砕く。そうして、その下の膣口は、じゅく、じゅく、と彼の舌と指を嬉しそうにくわえこみ、もっと、もっとと彼を奥に誘っている。

 自分でもそう分かるのだから、実際に触れている彼にもはっきりと伝わってしまうだろう。


「シロさん、シロさぁ……んんーーっ!」


 彼の舌がざりざりとした部分を撫で、彼の指が入り込めるだけ入り込み、私の中はふわふわと広げていく。圧迫感はあるのだけど、それよりも圧倒的に気持ちいい。


「イ、っちゃう、シロ、シロさんっ、んあっああぁ!」


 もう、何回気持ちよくさせられたのか分からない。まだセックスは一回も終わっていないのに、私の体は全部変えられてしまった。気が付いたらあまりにも刺激が強すぎて、許容範囲を超えたみたいに下半身の感覚が遠くなっていた。イったのはわかるけど、それよりも、これから来るもっとすごいものに耐えるために、体が変わっていく。


(私、今、受け入れる準備、してる……)


 彼は汗だくで、私も汗だくだ。

 手を伸ばして、彼の下りた前髪を指先でめくる。彼が私の視線に気が付き、前髪を上げ直してくれた。彼の目が私を見て、優しく弧を描く。彼が私から舌と指を抜き、おまけ、とでも言うように陰核を吸い上げた。


「ひぁーーーっ! あ、……は、ぁ……今、また、イッちゃった……」

「……ちゃんと言えていい子だな」


 彼が笑いながら優しいキスをくれる。それを受け止めている間に、また彼の前髪が落ちてくる。鬱陶しそうに彼が前髪をかきあげるのが、なんだかおかしくて笑うと、彼は不思議がるように目を細めた。


「前髪下ろしてるの可愛い……」


 彼は嫌そうに顔を歪めた。


「何でもかんでも可愛いって言うよな、女って」

「口が悪いシロさんも可愛い」

「ふうん? ……可愛いねえ?」


 彼は口の端を持ち上げて笑うと、私の右手の手首をつかんだ。なんだろうと思っていると、そのまま右手を彼の股間に導かれる。手の甲で触れた彼の熱は硬くて、熱くて、大きい。指や舌とは比べ物にならないほどの圧に、ごくり、と唾を飲んでしまう。


「可愛いだろ?」


 低く問われ、答えを間違えると殺されそうな圧を感じる。こみあげてきた唾をもう一度飲み込み、口を開く。


「……え、と、……か、わいい、です」

「なら、嬉しいって言え」

「え?」


 彼が甘えるように私の肩に額をつけた。


「嬉しいって言え。いつもみたいに」

「いつもみたいって……?」


 彼が下着を脱ぎながら、祈るようにつぶやく。


「俺に会えて嬉しいって。今日も会えて嬉しいって、……言えよ」


 ずるり、と取り出されたものと、彼の口からこぼれる言葉のギャップに、ひ、と喉の奥で息が詰まる。


「俺の事が好きだって、言えよ」


 彼が私の両手を掴んで、彼の反り立つ肉棒を無理やり触らせてくる。自分の体のどこを見ても、こんな色や形をしているところはない。当たり前のことだけど、その当たり前のことのせいで、まるで宇宙人でも見ているみたいだった。


(これ……入るものなの……?)


 彼が熱く息を吐きながら、腰を揺らして、私の両手に押し付けてくる。未知の生命体を押し付けられている気持ちになって腰が引ける。でも、引いた分だけ、彼が押し付けてくるから逃げられない。熱くて、固くて、ぬるぬるしていて、まるで体の内側を触っているみたいだ。


「は、う……なあ、……逃げんなよ。あんなに、好きだって言ったくせに……ん、……なあ、……」


 吐息交じりに、気持ちよさそうに彼が呟く。顔を見ると、頬を赤くして、汗をかいて、泣きそうな赤い目をしていた。


「明日も会いたいって……もう、俺の前から、いなくなったりしないって、言えよ」


 気が付いたら、彼に『キス』をしていた。

 彼の唇は戸惑った様子だったけれど、私が舌を押し付けると素直に受け入れてくれた。彼がしてくれたように必死に彼の中に入り込む。彼の舌に吸い付いて、彼の上顎を撫でる。そうして彼がしてくれたように、彼の気持ちいいところを両手でぐちゃぐちゃと撫でる。

 彼は一瞬だけ私の手首をぎゅっと掴んだけれど、すぐ離し、代わりに私を抱きしめた。


「ふっ、ん、……は、……ん、く、……」


 気持ちよさそうに息を漏らす彼が可愛くて、もっと入り込みたくて、必死に動く。でも、先に私の息が上がって、ちゅぽと舌が抜けてしまう。はあ、はあと息をしながら額を合わせると、彼が私の手首をつかんだ。


「これ以上は、……、出る、から……」

「……可愛い、シロさん」


 彼が深く息を吐くと、私をすごい目で睨んできた。


「……キスでごまかすなんて、どこで覚えた」

「え?」

「もういい。好かれてなかろうが抱くって決めてたんだ」

「待って、シロさん、なんか勘違い……」

「待たない」

「わあっ!?」


 いきなりひっくり返されてうつ伏せにさせられたと思ったら、腰を掴まれる。何が起きているのかわからないまま、ずぶ、と『彼が入ってきた』。


「あっ……!」

「は、……吸い付いてくる……」


 彼によって開かれた私の体は、彼を拒絶することなく受け入れていく。じゅぷ、ぷ、と空気ごと入り込んでくる彼はすごい存在感だ。私の両腕は私の体を支えることはできなくて、ベッドに伏せてしまう。彼に掴まれた腰だけが高くかかげられ、まるで媚びる猫みたいになってしまう。


「はぁ、ん、んん……シロさんっ……おなか、やぶれちゃう……」

「大丈夫だよ。俺の、……はあ、……可愛いし?」

「おっきいよ、ばかぁっ……!」


 彼が慰めるようにうなじにキスをしてくれる。それを感じながら深く息を吐くと、それに合わせて彼が奥へ奥へと入ってくる。「可愛い」「いい子」「もう少しだから」慰めるように私の首や背中にキスをしながら、彼が私に押し入っていく。ごつ、と彼の恥骨が触れた時、彼が入り切った時、いっぱいいっぱいなのに『ぴったりだ』と思った。


「きつい、か? ……血は出てないから、……ちゃんと馴染む……もうちょっと、我慢して……は、ぁ……」


 ぱた、ぱた、と彼の汗が落ちる。振り返ると、彼は目を閉じて、辛そうにしているのに、腰を動かそうとしない。


「ゆきさん、我慢ばっかさせる、けど、謝れない、……俺の、だ……俺のゆきさん……やっと、……」


 お腹を撫でると、そこに、彼が居る。彼が、私の中に、居る。


(本当に、私、シロさんとセックスしてるんだ)


 ばち、ばちばちばち、と頭の中で何かが走る。そしたら頭から足の先までわけがわからなくなって、――イってしまった。


「はっ? あ、っく……っ!」


 私にぎゅうぎゅう締め付けられたシロさんが苦しそうな声を出しながら、私の手を覆うように掴む。彼の手に指を絡めて、必死に快楽の波に流されないようにするけれど、もう、止められなかった。


「あ、ぁあ、ご、め、ごめん、なさい、シロさ、きもち、っは、あ、気持ちいいの、っ」

「チッ、入れた瞬間とぶとか……もう、……可愛すぎるだろっ」

「ひあっあ、あ、あ、あっ!」


 ごり、と彼が腰を動かしだした途端、これ以上ないと思っていた気持ちよさがさらに広がっていく。


「舌出せっ」


 彼が私の肩を掴むと、無理やりにキスをしてくる。苦しくて、気持ちよくて、彼が揺らすリズムに合わせてボロボロと涙がこぼれる。


「ぷは、あ、あん、ん、ん、ん……!」

「可愛い、悔しいぐらい、可愛いっ」


 彼が獣みたいにうなりながら、私の肩を甘く噛む。痛くて、死にそうなぐらい気持ちがいい。彼の前髪が頬に触れるのが気持ちよくて、苦しくて死にそうなのに笑ってしまう。


「何、笑ってんだよっ……!」

「あ、あ、え、あ、……ひぁっ!」

「大人からかいやがって、クソガキ、しかも、あっけなくいなくなりやがって……俺が……どんな思いで、……クソッ!」

「んん、ん、あ、んっ……ぎ、あっ!」


 彼が私の奥に入り込もうと、ぐりぐりと押し込んでくる。苦しい。吐きそうなぐらい。なのに、彼がこぼす言葉が可愛くて仕方なくて、もっと欲しくなる。必死に体をひねって彼の前髪に触れる。彼が動きを止めて私を見た。


「シロさ、ん、……か、わいい♡」


 びき、とシロさんのこめかみに青筋が立った。


「……は。本当、いい度胸」

「いーー!? ひ、あああ、ごっ、ふぁ、が……」


 言ったら絶対に怒られると思いながら言った言葉のせいで、陰核をいきなり潰された。目の前に火花が散る衝撃の中、彼が腰を動かし始める。意識を失う時まで一切謝ることすら許されず、抱き潰されることになった。



『……おはよう、ゆきさん。朝ですよ。早く起きないと学校に遅刻します。……これでいい? 恥ずかしい、こんなの……』


 アラームを聞きながら目を開けると、コーヒーの香りがした。

 起床直後のぼんやりとした気持ちのまま、枕元をさぐってスマホを探す。でも、いつもの定位置に見つからなくて、渋々体を起こす。


「いっつ……!」


 全身の痛みに意識が一気に覚醒する。


「あれ?」


 見渡すとそこはラブホテルではなくて、いつも通りの私の家だった。だけど、1Kしかないからすぐ一望できてしまうせいで、すぐ『いつも通り』ではないとわかった。


「おはよう、ゆきさん」


 そこで、藍色の浴衣を着たシロさんがコーヒーを飲んでいた。その穏やかな微笑みは五年前のものだけれど、私のスマホを握っている彼の手には筋が出ている。


「まだこんなの使っている癖に、この五年、音沙汰なし」

「え? だってそれはシロさんが連絡先教えてくれないからで……」


 ぴき、と私のスマホの画面にヒビが入る。


「あの街の誰もゆきさんの行方を知らないどころか、知らぬ間に戸籍を抜いてる……っていうのは、上京じゃなくて『失踪』っていうのは分かっているか?」

「あ……」


 彼が投げたスマホが壁に当たってすごい音を立てるけれど、そちらを見ることはできない。温和な笑顔こそ浮かべているが目が死んでいるシロさんが、私の顎を掴んだからだ。


「……俺に言うこと、あるだろ?」


 彼から目を逸らすことは叶わず、泣きそうになりながら彼を見つめる。


「……親に頼まれて、私を見つけたの?」

「は?」

「私が逃げないように、昨日、あんなこと、したの? ……もしかして、これから親が来たり、する……?」

「……ァア?」


 決死の覚悟で聞いた私の質問への返答がガラの悪いヤンキーだった。思いがけず瞬きすると、シロさんはシロさんで信じられないものを見る目で私を見ていた。


「俺はあんな街の人間全員どうだっていい。失踪した理由なんて興味ない。でも、なんで俺に言わずにやった?」


 思わぬことを聞かれて、ついきょとんとしてしまう。


「……シロさん、大人だから止めるかなって」

「言ってくれたら攫った」


 唇をつき出して、彼は吐き捨てるように言った。


「……シロさん、私の事、嫌いだったでしょ?」


 彼は私の額に額をこすりつけると、深く息を吐いた。


「そりゃ……最初は嫌いだったよ。勝手に写真撮るやつなんて……でも、ゆきさんは知らぬ存ぜぬで逃げたりしないで謝ったから、いい子だなって興味がわいた。会ったら必ず、好きだって言ってくるし……子どもが大人で遊んでいることは……わかっていたけど……ほだされてた。だから、いきなりいなくなるなんて思わなかった。……失踪したくなるくらい悩んでいたなんて……、ゆきさんがいなくなるまで気が付かなくて……あんな不甲斐ない思いをしたのは、……」


 彼の赤い目が可愛くてキスをすると、彼はきょとんと幼い顔で私を見た。


「大好き、シロさん。探してくれてありがとう」

「……だからキスでごまかすのやめてくれないか」


 彼は苦笑しつつキスを返そうとしてくれたので、その唇を押さえる。


「やだった?」

「そうじゃなくて、シロさんに好きって言ってもらってない」

「……あぁ」

「あとシロさんがどうやって私の事見つけたのかも聞いてないし、スカートのことも謝ってもらってないし、あと……んっ」


 カプリとキスをされた。ごまかすためのキスだと思って抗議しようとした言葉ごと飲み込まれる。彼の手が私の手を掴み、抵抗もさせてもらえない。彼が解放してくれる時には私の腰はもう抜けていた。


「ぷはっ、はぁ、もう……シロさんっ!」

「俺の戸籍に入って」

「へ?」


 彼が私の耳に口を寄せる。


「今日も好きだし、明日も好きだ。だから、もう逃がさない。……どんな手を使っても、絶対に」


 低く這う彼の声におなかがきゅんと跳ねる。彼はそんな私の顔を見てにんまりと笑うと、「いやらしくて、いい子」とキスを仕掛けてきた。その土曜日がなくなることを予見させるキスを、私は目を閉じて受け止めるしかできなかった。

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推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい 木村 @2335085kimula

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