第3話 双子の演説
「ネストールとネーヴナはどこにいった!」
スロヴァーン王国第一王子にして王太子アルヴォランスは激怒した。かの問題児二人の暴走を止めねばならないと焦っていた。アルヴォランスにはあの二人の考えていることが分からない。アルヴォランスは、スロヴァーン王国の王太子である。将来、スロヴァーン王国をその身に背負い、国を民を導いていくための教育を受けてきた。けれども最近まで交流が持とうとしても持てず、接する距離が分からない弟と妹の双子に対しては、人一倍に気にかけていた。
初めて顔を合わせた時に、名前を覚えられていなかったのは些かショックであったが。
三日前の未明アルヴォランスは近衛師団を伴っての『魔獣』討伐に出発し、昼頃に宮城へ帰ってきていた。アルヴォランスには双子が持っている知性も、洞察力も無い。軍政に関する知識も無い。最近では何かと改革を急ぐ余り、貴族たちと対立しがちである双子に胃を痛めつけられる日が続いている。
最近自身の結婚式の日程も決定したのである。アルヴォランスは、それゆえ、婚約者に恥をかかせまいと、王太子としての役目を全うする為に積極的に『魔獣』への対応が追いついていない場所への遠征を行うことにしたのだ。先ず、実戦経験を積まなければ話にならないと思い、母である第一王妃の反対を押し切って、遠征に参加したのである。
アルヴォランスに与えられた課題は膨大である。今は近衛師団官舎と宮城の間を往復し、一士官として任務に務めている。今日は遠征から戻り次第、手のかかる弟と妹に用兵について教授願おうと思っていた。久しく二人に逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
宮城へ歩いているうちには、王都の様子を怪しく思った。今日はやたらと騒がしいのである。昼時ということもあり、騒がしいのは当りまえだが、けれども、なんだか、昼のせいばかりでは無く、王都全体が、やけに騒がしい。
アルヴォランスも、だんだん不安になって来た。途中通路で出会った女中をつかまえて、何かあったのか、いつもの王都よりもやけに騒がしいのだが、と質問した。女中は、首を振って分からないと答えた。しばらく歩いて宮中を巡回している警備兵に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。警備兵は目を合わせようとせず、しどもろもどろになるだけで答えなかった。
アルヴォランスは両手で警備兵のからだをゆすぶって質問を重ねた。警備兵は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「ネストール王子とネーヴナ王女が王都の広場にて、民衆に向かって何やら演説なさっているのです。私どもには、さっぱりわからないのですが、民衆には何やら共感するものがあるようでして」
警備兵が言い終わるまでにアルヴォランスは駆け出していた。
やはり王都がいつも以上に騒がしいのは、やはりネストールとネーヴナがまた何か良からぬことをしでかしているのが原因であった。これはまた一刻も早くあの二人をとっ捕まえて、第二王妃の下へ送り届けてまた折檻をしてもらわなければいけない。
父王やアルヴォランスの言うことについては聞く耳を一切持たないあの双子だが、母である第二王妃の言う事だけはしっかりと聞く傾向がある。離宮で二人の世話をしていた女中に話を聞いたことがあり、二人はよく第二王妃から折檻を受けていたらしい。一度生意気にも、第二王妃に反抗したことがあるようだが、その時はとても言葉では言い表すことができないような状況であったとのこと。そのことに関してはあまり深堀りしないほうが良さそうだと、アルヴォランスも本能から勘づいていた。
急いで近衛師団の官舎に引き返し、その場にいた近衛兵を数名を引き連れて一際騒がしい大広場へと向かう。
昼時とあってか、街を行き交う人が多く思っている以上に時間がかかってしまう。こういう時に馬に乗ってくればよかったか、と後悔しても遅かった。また問題を起こしている二人のことばかりが脳内にあり、軍馬を出すという考えまで思い至らなかった。
やがて人がひしめき合う大広場に到着。すると、すぐさまネストールの特徴的な聞き心地が良い低音の声が響く。
「勤労な人民の敵、悪徳な地主と私服を肥やすだけの貴族は労働者と農民は自分たちがいないと生存できないという。自分たち以外には、秩序を維持し、仕事を与え、人々を働かせるような人はいないだろう。そして、私達がいなければ全ては崩壊し、国は四散するだろう、と!」
一体何を言っているのだ。
アルヴォランスの頭の中は疑問に満ち溢れている一方、聴衆からは「そうだ!」「不正を働く貴族を許すな!」などの肯定的な野次が飛ぶ。
「しかし、労働者や農民は己の私服を肥やしている連中の話に混乱したり、怯えたり、欺かれたりしてはいけない。その為にも、皆が等しく、教育を受ける必要があるのだ!」
拍手喝采。
言っていることはまとも。まともなのだが、その内容は貴族や地主にとっては脅威的な毒物となりうるものである。
この時代、まともな教育を受けられるのは貴族、資産家、商人、聖職者といった身分の者だけであり、一般の市民には文字の読み書きや算術ができない者がほとんどであった。教育を受けていない者たちは、貴族などの上位身分の者にとっては都合の良い労働力なのである。
そしてネストールに変わって、今度はネーヴナが壇上に上がる。
アルヴォランスは妹が着ている服に仰天した。何と最近になって導入された、士官向けの軍服を着用しているのである。女性兵士はいるのはいるのだが、ほとんどは輜重兵や看護兵として配属され、有事にならない限りは動員されなかった。
軍服姿のネーヴナを見て、男は「おぉ」と声を漏らし、女は凛々しく軍服を着飾るネーヴナに対して黄色い声を上げた。
「軍隊はもっとも厳しい訓練を必要とする。それにも関わらず、有事の際に徴収され前線へと送られる諸君らには何も訓練を施されず、理由も分からないまま武器を振り回し、無様に骸と成り果てる。そんなことが、過去に幾度となく繰り返された。なんと悲しいことか」
ネーヴナが言わんとしていることはわかる。
近年ではあまり行われなくなったが、かつてもっと小国が乱立していた時代には一般の民衆から戦える若い衆を徴収し、数を揃えてことに当たることが多かった。今となってはもはや、単純な労働力を削ってまで確保しなくてはいけない領地なども無く、リスクと照らし合わせてもメリットよりデメリットが目立つようになってきた。よって『常備軍』という、新しい思想が生まれ、国家は国内の安定や『魔獣』への対処として志願者だけが戦う、という方向へと切り替えた。それをいち早く実行したのがスロヴァーン王国であり、ネストールとネーヴナが国王に直談判をして『常備軍』という制度を認めさせた。
「今私達のこの演説を聞いている貴方達は、階級闘争に目覚めるべきである。旧態依然とした貴族や地主たちを引きずり下ろし、真に自由を勝ち取り、国に貢献する気概で溢れた勇者は貴方達なのだ」
またもや拍手喝采。
「今、我が兄ネストールが考案している新たなる『国家人民軍』という組織は、勇気で溢れる貴方たちに鞭を打つのではなく、労働者・農民自身の知性、忠誠心、献身に基づいて前例のない堅い規律を確立しなくてはいけない。そして、勤労な人民を貴族や地主の欲望から、不当な権力の行使から、終わること無い『魔獣』の脅威から救うために立ち上がるのだ」
これは不味い。
正面からこのスロヴァーン王国の封建貴族制度に喧嘩をふっかけているのも同然であり、下手をすれば国内が大いに荒れかねない。ネストールが考えていると言った『国家人民軍』という組織は、封建貴族制度を廃止し、民衆の力のみで国家を導いて行くという新しい思想を実現するための、武力となってしまうだろう。国が荒れることだけは避けねばならない。アルヴォランスの胃が痛み始めた。
「その新たなる軍隊は、人民の労働規律や固く結ばれた絆によって固められれば無敵になるだろう。労働者や農民は貴族や地主がいなかろうとも、自分たち自身で労働の適切な分配、献身的な規律の確立、共通の利益への労働、『魔獣』に苦しみ助けを求める者たちを救うことが可能だと証明しなければならない。仕事の熱意、自己犠牲の準備、農民と労働者と緊密な同盟、これらは勤労な労働者を国を、蝕む害虫どもから永遠に救うものである!」
演説に聞き入っていた若い衆が男も女も雄叫びをあげた。
ネーヴナの演説はなかなか己の力や技量を証明できなく、燻っていた若者たちの心に火を付けたのだ。いくら頑張って努力しても、改善策を出そうとも、一向に取り合ってもらえないか、勝手に盗用されて自分は正当な報酬が貰うことができない。そんな日々に嫌気が差していた者たちにとって、この演説は心に響くものだったのだ。
「我が兄、ネストールと私ネーヴナは今、ここに集う人民の皆に誓う。革命を果たすと。我らは天上の『新月の戦乙女たち』から加護を与えられた勇猛果敢な種族である。このスロヴァーンの地から、この大陸中に、海を越えて全世界へ我らの名を轟かせようではないか!」
割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
余りの熱気と聴衆が響かせる大音声と大きくなってきた胃痛にアルヴォランスは我慢ができなくなり、その場で意識を手放したのであった。
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