第4話 双子と武装集団カルザークについて
ダークエルフ族の五大王国時代はまだどの国も封建貴族制の色が濃く、いざ有事となれば農民を主体として健康な成人男性を徴兵し、戦争に駆り出すことが常態であった。戦闘に関してのイロハも無い農民や労働者は理由もわからず武器を持たされ、互いに相対し貴族たちの号令の下戦うことを余儀なくされていた。
もちろん、五大王国時代では国境付近或いは貴族たちの所領境界付近での睨み合いで終わるか、小一時間程度の小競り合い程度で戦闘が済むことが多く、大規模な戦闘に発展することは稀なケースであった。
まだ人対人の場合ではいいが、これが『魔獣』が相手だとそうもいかない。
『魔獣』はダークエルフ族にとっては不倶戴天の敵である。
ユーグスラウト大陸への入植時代から続く戦いは一向に終わる気配が無く、ましてや『魔獣』だけに気をとられていると、所領が隣接する狡猾な貴族に領地を掠め取られるケースが相次いだ。そして領地の奪還を目指し、再び戦いが起こる。この一連の流れにより一般の農民や労働者たちは若い働き手を失い、生活に困窮していくのである。
そんな状況に一石を投じるのが常備軍という存在である。
貴族が専属で雇い入れる傭兵団、都市が独自に設立した治安維持を目的とした警邏隊が五大王国時代では常備軍と言えるだろう。いざ戦いとなれば、洗練された戦術や極限まで高められた練度を発揮し敵を蹴散らす傭兵団。練度では傭兵団に一歩及ばないが、比較的に統制がとれた都市の警邏隊は貴族たちにとっては何としてでも手元に置いておきたい貴重な戦力であった。
それとは別に、スロヴァーン王国の北東部から大陸中央部の火山地帯に存在する黄金平原地帯にはカルザークという武装集団も存在していた。彼らカルザークはその存在事態が一種の武装集団であり、決められた本拠地を持たず草原地帯を自由に移動する遊牧民の様な存在である。普段は氏族単位で草原地帯を闊歩しており、氏族同士が草原を移動中に接近した場合は族長同士の一騎打ちと、互いの健闘を称えての酒宴を三日三晩行うという変わった風習を持つのが特徴である。
ネストールとネーヴナはまずこのカルザークという集団に目をつけた。
自分たちが提唱する新たなる組織『国家人民軍』を発足させるに当たり、まずは整った騎馬戦力を確保するのが目的である。
まず騎兵という兵科は兎にも角にも金がかかる兵科である。
カルザークたちが駆る「シャドウィード」という生物は、入植時代に持ち込んで脱走させてしまった馬が野生化し、長い年月を経てユーグスラウト大陸にて変異した種である。青黒い体毛と、赤く光る目が特徴的であり一般の馬とは異なり、気性は揃って獰猛。これを手懐けることが、カルザークたちにとっての成人の儀であり、自分のシャドウウィードを持たない或いは持てない者は総じて『落ちこぼれ』として、集団内においては奴隷に近い立ち位置となる。戦いでの負傷や、老齢により乗れなくなった者は氏族の女性たちが面倒を見ることになる。
ダークエルフの貴族たちはシャドウィードの背に乗ることことが、一種のステータスでもあったので、シャドウィードと馬の両方を所有することが多かった。だがシャドウィードは馬と比べても大飯喰らいの為、ただでさえ高い馬の維持費にさらにシャドウィードの維持費が重なり、貴族たちの懐を痛めつける。そして己がどれだけ優れているかアピールする為に、装飾に凝った騎馬鎧を着用するので---勿論、護衛や従者たちにも同じ様に絢爛豪華な騎馬鎧を着用させた---さらに金が飛んでいくのである。
だがカルザークたちは金属鎧を着用せず、急所を守る為の軽量な革鎧を着用する。これは普段のカルザークたちが行う狩りや『魔獣』に対抗する為に編み出された、曲芸じみた馬操術を行うに際して、重たい上に動きが制限される金属鎧をカルザークたちが嫌うためである。おまけにその革鎧は『魔獣』から剥ぎ取った物を使っている為、なまじそこらの革鎧よりも頑丈なのが特徴であった。
ある日、ネストールとネーヴナは自室に『カルザークと仲良くするために出かけます』という書置きだけを残し、カルザークと接触する為に宮城を飛び出した。
馬を走らせること5日、大型の『魔獣』と南東部の丘陵地帯で遭遇し二人で強力して倒したところを、一人のカザークの若者が発見した。
そのカザークの若者は、普段は戦えば絶対に死人が出る大型の『魔獣』を掠り傷一つもなく倒してしまったネストールとネーヴナを見て感激し、自らの氏族が逗留する場所へと案内した。
この時二人は馬を『魔獣』に食われてしまった為、已む無く徒歩での移動になったが、カルザークの若者は同じ様にシャドウィードから降りて二人と同じ様に徒歩で移動した。道中、次から次へと繰り出される若者の質問攻撃に半ば辟易していたネストールだったが、ネーヴナの容姿を見てその精悍な顔を少しばかり赤らめているのを見て、誂って遊んだ。
若者は自らを「ハイダーチュヌィイの一番目の息子アキム」と名乗り、カルザークの中では比較的大きい集団のハイダーチュヌィイの若き氏族長であることを明かした。先日、氏族長であった父が老死し自分が氏族を受け継いだばかりである為、自分の実力を疑った者たちが出奔してしまい、残った者はアキムと腹を割って話せる友人たち、年若い女、老人、まだ成人の儀を終えていない子供合計五十人程であることも二人に伝えた。
ハイダーチュヌィイ氏族が逗留していたのは池の畔であった。円形の移動式住居が六棟、それを解体して運搬する荷車、子どもたちを運ぶための荷馬車が住居を囲むように配置され、一種の防衛陣地の様子を醸し出していた。これはアキムいわく、荷車と荷馬車を盾にすることで『魔獣』の襲撃に対する素早い防衛ができるように自らが考案したとのこと。
コイツは得難い人材を見つけた。
ネストールは絶対にこのアキムを自らの国家人民軍の騎兵隊長に据えたいと考えた。それはネーヴナも同じようで、先程からアキムを持ち上げる発言を繰り返しており、それをアキムは照れくさそうにしていた。おやおや。うちの妹に気があるのかね?
珍しい来客が来たとのことで、それぞれの住居からハイダーチュヌィイ氏族の者たちが外に出てきて、ネストールとネーヴナを物珍しげに見つめる。そして二人が背中に大型の『魔獣』から剥ぎ取った鋭い牙を背負っているのを見て、更に驚愕した。アキムがやたらと丁寧に接客している様子から、どうやら相当の腕の持ち主だと判断した彼らは二人に好感を持ち、男の方はできれば誰かの婿に、そして女はアキムの嫁にしようとそれぞれが画策した。
氏族の面々が余計なお世話を焼こうと色々と動き出す一方、一回り大きい住居に案内されたネストールとネーヴナはそこで自分たちはスロヴァーン王国の王子と王女で、双子であることを打ち明けた。
二人の言葉に最初は冗談だろうと笑い飛ばしたアキムであったが、二人がスロヴァーン王国の国章と王室の一員であることを示す刻印が施された短剣を見せると、彼はみるみる顔を青褪めさせ、急いで平伏した。
突然のアキムの態度の変わりように、何だ何だと住居の外から様子を見ていた者たちはアキムが彼ら二人がスロヴァーン王国の王子と王女であると告げると、この者たちも急いで平伏した。
ただでさえ自分たちはかつてスロヴァーン王国の地主から逃げ出した農民集団がルーツである為、今になって罰を与えにきたと思ったのだ。
ハイダーチュヌィイ氏族の者たちは皆王族に無礼を働いてしまったことに深く後悔した。しかし、ネストールとネーヴナは罰を与えるどころか彼らの生き方を大いに尊重すると発言した。
「元は確かに逃亡農民だったかもしれない。しかし、諸君たちはこの厳しい環境で独自の生き方や戦い方を身に着けた。それは並大抵のことではなかったであろう。君たちの祖先が遺した禍根は今、ここで断ち切るべきである。我らは決してカルザークを見下したりはしない。むしろ、我らスロヴァーン王国果てはダークエルフの為にその武勇を振るってもらいたい」
ネーヴナの言葉はアキムに始め、ハイダーチュヌィイ氏族の者たちの心に響いた。
それからは二人を歓迎する為の酒宴となり、その酒宴の席でネストールとネーヴナとハイダーチュヌィイ氏族たちは大いに語り合った。
ネストールが掲げるダークエルフによるダークエルフの為の国家形成、ネーヴナが掲げる思想や文化、やがては全ての種族が手を取り合い『魔獣』という脅威に立ち向かうこと。アキムたちは熱心に二人の言葉に耳を傾け、やがて二人の熱心な信奉者となった。
翌朝、アキムを始めとするハイダーチュヌィイ氏族は全員がネストールとネーヴナに忠誠を誓い、氏族もろともスロヴァーン王国への定住を希望した。もちろん、だだで定住できるとは思っていないアキムは、シャドウィードの調練および騎兵戦力の提供を進言。これを双子は快諾した。定住する土地に関しては、二人で共同管理している平地があるのでそこに本拠を構えるようにとも付け加えた。
やがて移動準備が整ったハイダーチュヌィイ氏族はネストールとネーヴナを乗せて、馬車列をスロヴァーン王国に向かって走らせた。
この時の、スロヴァーン王国王都スラバンに到着したカルザークたちの隊列の様子を示した歌が現在も残っており、カルザークたちの間で受け継がれている。
『スラバンのカルザーク』
スラバンの舗道を
水飲みに馬が行く、
たてがみを振るい行く、
草原の馬々
乗り手は歌う、
『おお諸君、我らはこれから
カルザークの馬に
スロヴァーンの水を飲ませるぞ!』
カルザークよ、カルザークよ、
スラバンを進み行く
我らがカルザークよ!
馬の足取りを緩めると
小旗を手にした娘が見えた
お下げ髪に警邏兵姿で
曲がり角に立っている
柳のように細い体、
群青に輝く瞳
『流れを止めないで!』
カルザークに叫ぶ
カルザークよ、カルザークよ、
スラバンを進み行く
我らがカルザークよ!
嬉しさで足を止めかけたが
苛立った視線を思い出し、
『よし、速足だ!』渋々と
声を上げ駆けだした
騎兵隊は勇ましく通り過ぎ
娘は顔を晴れさせて
教範にも無い、優しい眼差しを
カルザークに向けてやったのだ
カルザークよ、カルザークよ、
スラバンを進み行く
我らがカルザークよ!
スラバンの舗道を
また騎兵が進む、
娘への恋心を
こう歌いながら:
『青い草原が遠くとも、
かつての家が遠くとも、
カルザークはスラバンで
同胞の娘に出会ったぞ』
カルザークよ、カルザークよ、
スラバンを進み行く
我らがカルザークよ!
カルザークよ、カルザークよ、
スラバンを進み行く
我らがカルザークよ!
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