第2話 奇才双子
ネストールとネーヴナの双子が生まれたのは、まだダークエルフという種族が部族統合を行う以前、三百年前のことである。
当時ダークエルフの部族数は百を越えており、各テリトリーごとの抗争が絶えない混沌とした時代であった。
現在のルシエスタ帝国が位置する大陸ファンゲラから北西方向へ30日、西へ5日ほど帆走した先に、ダークエルフ族が住む大陸ユーグスラウト大陸は存在している。大陸全土は亜寒帯冬季少雨気候であり、冬季は極めて厳寒で主要な漁港は凍結してしまうが、夏季になれば温暖な日が続き比較的に作物などの収穫量も多いというのが特徴である。ユーグスラウト大陸の中心部には急峻な山岳地帯があり、その中に噴火活動が活発な活火山がいくつも存在している。鉱物資源も豊富であり、立地的にも非常に恵まれていた。
かつてこの大陸は今もなおダークエルフ族にとっては因縁の敵である『魔獣』と呼ばれる存在が跋扈する、一歩踏み込めばもうその時点で生命が奪われるという地獄のような光景が広がっていた。
遥か昔、ダークエルフの始祖とされるイヨシル・ヴラウ・ティーターというエルフが『
やがて度重なる『魔獣』との勢力争いは、始祖イヨシルを始めとしたエルフたちに大きな変化を与えた。常に共にいたとされる精霊の声が聞こえなくなり、風にたなびく美しい黄金の髪は色を失い灰色に、美しい白磁のような肌は病人の様に青白く変色し、透き通るような湖の水面のような青い瞳は血で染まったかのように赤色に、生命を慈しみ慈愛に満ちた笑みは、嗜虐を楽しむかのような狂気に変化した。そして何よりも魔法が使えなくなったのである。
この変化に始祖イヨシルを含め多くのエルフが絶望した。
ある時、開拓地内に築かれた祭壇にて始祖イヨシルは己に神託を下した『新月の戦乙女たち』に向けて嘆きの声を張り上げた。なぜ我々から美しさを奪ったのか。なぜ我々から慈愛を奪ったのか。なぜ我々から魔法を奪ったのか。
彼の声に答えるかのように、『新月の戦乙女』の三姉妹が天空より舞い降りた。
三姉妹は始祖イヨシルの嘆きを聞いた主神が哀れに思い、自分たちを遣わして加護を与えるようにと仰せつかったと説いた。
長女ツェルベーナからは戦いに負けない強靭な身体を。
次女ゼレナからは汎ゆる状況を切り抜ける為の思考力を。
三女プラーヴァからは決して折れることは無い精神力を。
こうしてそれぞれの戦乙女たちから与えられた加護により、ダークエルフという種族が完成したのである。
天空へと還った『新月の戦乙女』たちから与えられた加護は、ダークエルフ族にとってのスタンダードとなり、始祖イヨシルが加護を与えられたとされる祭壇はダークエルフ族の遺産となり、今では国家遺産として厳重な警備の下で管理されている。
やがて加護を授かったダークエルフ族は十分な力を蓄えた後に北伐を開始。『魔獣』との戦いを繰り広げ、その版図を大陸全土にまで広げた。『魔獣』の存在がほぼ消え去ったことで、各地に戦いに赴いたダークエルフたちはそこに自分たちの居住地を築くことにした。
始祖イヨシルは各地に散った同胞にそれぞれ部族の名を授け、自らは質素な家で僅かな家畜と共に晩年を過ごすことになった。時折家に訪ねてくる戦友たちに酒と料理を自ら振る舞い、歌い踊り、『魔獣』との戦いを共に戦い抜いてきてくれた者たちに感謝を告げると言った日を繰り返した。
結婚することもなく、子供も授かることのない寂しい隠居生活ではあったが、本人はとても幸せそうであったと側近だったダークエルフが遺した日記には綴られている。
始祖イヨシルが亡くなってからはダークエルフ族の、部族間での抗争が激化。
昨日の友が今日の敵となり、大陸の各地で凄惨な光景が頻繁に見受けられる様になった。小規模な部族は滅ぼされるか規模が大きい部族に吸収された。
規模を拡大させた部族の長たちは自らを王と名乗り、各地方に王国が乱立するようになる。その中でも特に規模が大きくなったセラブ族は大陸中央部にセラブ王国を建国。それに対抗するかのように北部ではスロヴァーン族が、東部ではクロアディン族、西部ではダラ=マニン族、南部ではアルヴァゾ族がそれぞれ王国の成立を宣言。王政が廃止され六つの共和国へと至るまでの千二百年間、この時代を五大王国時代と呼ぶ。
そして王政から共和制へと移行する三百年前、スロヴァーン王国にて第二王子・第三王女の双子が誕生した。双子はスロヴァーン王と第二王妃との間に生まれた子であり、双子の誕生に国内は三日三晩お祭り騒ぎであったという。
双子はネストール、ネーヴナと名付けられたがスロヴァーン王族の一員として暖かく迎え入れたということは無く、誕生して一年経たずに第二王妃と共に離宮へと隔離された。第一王妃が頭が切れる第二王妃のことを嫌っており、尚且つ数年前にようやく生まれた第一王子の王位継承権を揺るがされることを危惧して王室からの追放を国王へ迫ったのである。
国王は第一王妃の圧力に屈し、第二王妃に双子を連れて離宮へと住むように泣く泣く下知を下した。これを受けて第二王妃は「分かっています」と一言だけ答え、双子を腕に抱えて離宮の奥へと引きこもった。
時が流れ、ネストールとネーヴナの双子が言葉を覚え、読み書きができるようになってくると、その成長の速さに舌を巻く者が現れ始めた。二人はともに過去の戦術研究書や戦術論を読んでは駄目出しをし、軍の将官が戦術願を養うための机上演習では挑んできた将官の軍を完膚なきまでに叩き潰し、常備軍の装備の質に対しても言及し改善策を大臣を通して国王に献策し、第二王妃の目を盗んで離宮を抜け出しては、王都内の悪ガキたちと馬鹿騒ぎをしては衛兵にしょっぴかれ、母から折檻を食らっていた。
二人の成人後、初めて公式に離宮からに出ることになったネストールとネーヴナが最初に行ったことは、父である国王と兄である王太子の目前で王位継承権の放棄を宣言したことである。
宣言はしたものの、王太子による判断により国王が存命の間は王位継承権は所有するが、国王の崩御と王太子の即位により王位継承権は抹消されることになった。このことに双子は驚愕したが、国王が崩御すれば自分たちは自由の身であることが保証された為、国王が早く崩御しないかと不謹慎なことを考えていた。
正式に政務を勤めることになったネストールとネーヴナであるが、始めのうちはもっと国を豊かに、他国に舐められないように強力な軍隊と経済力を求めて、富国強兵政策を打ち出し東奔西走したが、その殆どが空振りとなってしまった。唯一達成できたことと言えば、隣国クロアディンとの不可侵条約と軍事同盟締結だけであった。余談ではあるが、二人はクロアディン国王に大変気に入られ、夜通しで酒を酌み交わしながら様々なことを語り合い、子どもたちを是非二人の婚約者にと薦められた。
二人が行った政策は当時のスロヴァーン王国にとっては性急なことであり前代未聞であったこと、保守的な封臣や廷臣からの反対意見が多かった為である。貴族会議での採決で法案が不成立となったことを聞いたネストールは激昂し文字通り、貴族会議へと殴り込みをかけて上級貴族たちと取っ組み合いを行い、ネーヴナは王都の大広場で市民に向かって王室と貴族のネガティブキャンペーンを行った。ネーヴナの演説は民衆の心を打ち、その日のうちにデモ行進が始まり、一部は暴徒と化して政治犯---多くが貴族の不興を買った市民であった---が収容されていた監獄を襲撃した。
この時、縁談の話し合いを行っていた第一王子は途轍も無い胃痛に絶えながら近衛師団を出動させ、事態の収拾にあたった。
事態が終息した後、国王の御前に全身を縄でぐるぐると巻かれ、ミノムシのような格好で放り出された双子は、大悪魔のような恐ろしい表情を浮かべる第二王妃から折檻を受けた。国王と双子はこの日の母(第二王妃)はいつにも増して恐ろしかった、と後に語っている。
第一王子は「ネストールとネーヴナのしでかしたことは、本来なら許されるものではないが、国を思ってのことだった。二人を制止できなかったのは、兄である自分の責任でもある」と双子を庇った。これにより、第一王子アルヴォランスと双子は一気に打ち解けることができたのである。
ちなみに、アルヴォランスの名前を二人は覚えていなかったという悲しい事実も判明した。
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