第2話 最強の天使

 前回までのあらすじ。

 妹が史上最強の生物になった。


「ど、どどどどどうしようお兄ちゃん!!」


 妹のプリナが青ざめている。


「私、最強冒険者になっちゃった……」


「お、おち、おちちちち、落ち着け、おちちつけけ、おちちちつくんだプププリナ。おちちちちちちちちちちちち」


「お兄ちゃんこそ落ち着いて!?」


 冷静になれ。

 状況を冷静に整理するんだ。


 俺がレベル1になったのは魔道具のデメリットだと説明がつく。

 じゃあプリナが最強になった理由は?

 俺が培った強さが、そっくりそのままプリナに移ったというのか?


 ぶっちゃけ、この無限レベルアップのダンジョンに関する知識も、時間操作の魔道具も、すべて行方不明になった母さんからの受け売りだ。

 俺の知らないことが、まだあったというのか?


「と、とりあえずダンジョンから出るぞ」


「う、うん!!」


 そのとき、俺たちの目の前にメガビッグスライムが現れてしまった。

 俺の修行のせいで、レベルはカンスト。

 並の冒険者なら一撃死するだろう。


 いまの俺じゃあ、どうすることもできない。


「プリナ、お前がやるんだ。剣を貸す」


「え!? で、でも私、剣なんか握ったこともないよ?」


「大丈夫。今のお前は最強だ」


「う、うん……」


 とりあえず鞘から剣を抜く。

 あれ、俺の剣ってこんなに重かったっけ。


 というか、俺はこの剣でどうやって戦っていた?

 マズイ、レベルだけじゃなくて、体に染み付いているはずの『洗練された動き』すらも失われている。


 何もかもが修行開始前に戻っている!!


「ほら、剣」


「ありがとう……」


「振り上げるんだ。そして気合を込めて振り下ろす。さっきみたいに斬撃を飛ばせるから」


「や、やってみる」


 まるで枝を持ち上げるように、プリナは重たい剣を軽々と振り上げた。


「うーんと、え、えい!!」


 瞬間、剣から眩い光が放たれた。

 とても目を開けていられないほどの光量。


「な、なんだ?」


「うわあああああっっ!!」


 あぁそうか、くそ、プリナのやつ、加減を知らないんだ!!

 そりゃそうだよな。ロクに剣を振ったことのない女の子が、いきなり最強になっちまったんだもんな。


 斬撃を飛ばすどころじゃない。下手したら……。

 謎の衝撃よって俺の肉体が吹っ飛ぶ。


「プリナァァァァ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 目を覚ますと、俺はベッドの上にいた。

 俺の部屋のベッドだ。

 一年ぶりに、我が家に戻ってきたのか。


「いったい、何が……」


「お兄ちゃん」


 ちょうどよく、妹が部屋に入ってきた。


「プリナ、無事だったのか」


「うん。私は無傷」


 だよな。プリナはあのダンジョンで最強になった。

 俺が身につけた常軌を逸した戦闘スキル、受け継いだのだ。

 

 それすなわち、肉体もその分丈夫になっているということ。

 なら、その肉体は鉄塊よりも硬いはず。


「てか、俺はいったいどうなったんだ? あのデカいスライムは……」


「えっとね、あのね」


「うん」


 躊躇いがちに、プリナが続ける。


「あのダンジョン、潰れちゃった」


「…………は?」


「なんとかお兄ちゃんを掘り返して、家まで運んできたの」


 生き埋めになったんかい俺は。

 な、なんだ、潰れちゃったって。

 正直、俺は修行中、ほとんどまったく全力を出したことがなかった。


 周囲への被害を配慮してだ。

 つまり、プリナがどこまでやれるのか、わからないのである。


「頭が痛くなってきたな」


 プリナが俺のベッドに座る。

 なにはともあれ、俺たちは生きている。

 これからのことを、考えよう。


「わ、私、頑張ってインベーダーズに入団するよ。お兄ちゃんの代わりに。それで、最難関ダンジョンで行方不明になったお母さんを、必ず見つけだす!!」


「俺もいま、それを考えた。だが、そう簡単な話じゃない」


「へ?」


「人型魔族だと思われるだろう」


 ダンジョンにはモンスターが出現する。

 通常はダンジョン内に漂う瘴気がモンスターを生み出すのだが、魔王が作った最難関ダンジョンは、魔王がモンスターを製造するのだ。


 魔王によって生まれたモンスターを、魔族と呼ぶ。


「最難関ダンジョンでは、度々人型魔族が目撃されている。強大すぎる力で、冒険者を殺しにかかるんだ。いまのお前の力は、人間を遥かに超越している。人型魔族だと疑われて、討伐対象になりかねない」


 まぁ、殺されることはないだろうが、平穏な生活は送れない。


「でも、お兄ちゃんも入団しようとしたんだよね?」


「俺は力の加減ができるからな。上手く誤魔化していくつもりだった。けど、プリナ、お前はたぶん、加減ができない」


 プリナは争いとは無縁の生活を送ってきた。

 戦いよりも逃げに徹してきたのだ。

 それは戦闘技術が幼いからではなく、シンプルに心の問題。


 たぶんプリナの臆病な精神は、0か100、いや0か9999でしか力を発揮できない。


 水が怖い人間が水中を泳ぐ時、無意識に全身を強張らせて力いっぱい、がむしゃらに水をかくのと一緒。


「なら、コントロールできるように鍛えるしか……ないのかな」


「うーん」


 そんな余裕があればいいのだが。

 あと二ヶ月もすれば、インベーダーズは第八回最難関ダンジョン攻略遠征に向かう。


 本当なら、それに間に合わせたかった。

 何とか生き延びていた行方不明者が、人型魔族と間違えられて殺される事件が、度々発生しているから。


「とにかく、ムムーシィーに相談してみよう。あいつは最近のダンジョン事情に詳しい」


「う、うん!!」






 その後、俺は軽く食事をとり、例の無限レベルアップダンジョンへ向かってみた。

 山間に入り口があるはずなのだがーー。


「嘘だろ……」


 一帯の山々が消えていた。

 自然豊かな山岳地帯が、綺麗さっぱり平野になっていたのだ。


 もちろん、ダンジョンの入り口もない。


「潰したっつーか、消滅させただろ……」


 これが、プリナの全力。

 俺が失った最強の力。


 ごめんよ、山に住む生き物たち。

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