第33話 謎多き夫婦

「ゴホン。沙頼さんに嫌われたら元も子もないので、単刀直入に言います」


 じっと私を見つめてくるREONAさんに、思わず背筋が伸びる。何を言い出すのだろうか。いや、この流れ的に予想はできる。できればそうなってほしくはない。


「沙頼さん、十五年前からずっとあなたのことが好きでした。私と一緒に暮らしてくれませんか?」


「嫌です」


 反射的に返事をしてしまう。唐突すぎる告白である。


「バカだな」


「いいえ、あなたは私と離婚するしかない。そもそも、あの当時、あなたが手をかけた女性は沙頼さんだけではなかった。証拠はありますよ」


 REONAさんはそう言って、私の言葉を無視して男に自らのスマホをかざして見せた。そこに映っていたのは私の席からは見えないが、男にとって効果てきめんだったようだ。スマホの画面を目にした瞬間、男の顔が急激に青ざめる。


「どこでこんなものを。あいつにはオレのことは口止めしていたはずだ」


「ところがどっこい。彼女に問いただすと、すぐに口を開いてくれましたよ」


「そ、それなら、この女を離婚理由にしてくれた方がましだ」


「では、離婚に承諾してくださいますね」


「この写真は私の人徳のおかげで手に入りました」


 嬉しそうにつぶやいている彼女の顔は悪魔に見えた。美人な顔が醜くゆがんで、普通なら見ていられない顔になってしまうのだろうが、彼女の場合、それすら魅力的に見えてしまう。


 脅しのような言葉に男は一瞬、言葉を探して視線を宙に漂わせる。私の家を出るために背を向けていた身体はいつの間にか、REONAさんの方を向いていた。


「離婚に承諾しますか?しませんか?」


 言葉を発しない男に再度、REONAさんは問いかける。最終通告のような言葉に不謹慎だが笑ってしまう。自分に言われていないと思うと、少し余裕ができる。とはいえ、私が離婚理由にならないとも限らない。私も余裕があるわけではない。


「お、お前は悪魔だな」


「お褒めにいただき光栄です。アニソン歌手時代は、小悪魔キャラで通していたので、今更悪魔にクラスチェンジしたところで、褒め言葉にしかならないです」


 なんだか、彼女のスマホの画面一つで離婚が成立してしまいそうだった。それなら、今までの私の部屋での会話は無意味だったのではないか。


「はあ。わかった。離婚は受け入れよう。だが、翔琉のことはどうする?オレは引き取らないぞ!」


「そんなことは百も承知です。私が責任を持って社会人になるまで育てます」


 話はまとまったらしい。男はあきらめた顔で、今度こそ私の家から荷物を持って出ていった。REONAさんもこの家で話したいことは全て話し終えたらしく、彼女もまた、男の後に続いて私の家を出ようと、帰る支度を始めた。



「あの、どうして離婚の話を私の家でしたんですか?REONAさんの直接の離婚理由は、あの男の不倫だったのでしょう?私も男の不倫相手になると思うのに、なぜ私ではない女性を理由に離婚にこぎつけたのですか?今までの私の部屋での話は茶番でしかなかった?私をただおもちゃにして、反応を楽しんでいたのですか?だとしたら、あの告白はいったい」


「そんなに一度に聞かれても、答えられません。そうですね。沙頼さんって、小説家のくせに、鈍感なんですね。鈍感系ヒロイン?主人公の典型みたいです。そんなところも、今時の女性と違って、魅力的ですけど」


「だから、私の話を聞いて」


 REONAさんが私の家から出ていく帰り際、私は疑問に思ったことを口にした。たくさんあり過ぎて、彼女が答えにくいのはわかっていたが口から言葉は止まらない。そんな私に彼女は苦笑している。さらには色っぽい目で私を見つめてくる。美人にそんな視線を向けられて、思わずドキッとしてしまう。


「REONA、どうせこいつに何を言っても無駄だ。そうか、オレはお前にまんまと振り回されていたというわけか」


「あなたは黙っていてください」


 なぜか先ほど私の家を出ていった男が戻ってきた。忘れ物でもしたのだろうか。


 それにしても、私のどこが鈍感系ヒロインなのだろうか。彼女の言うことは意味不明だ。そもそも、鈍感だと言われたことはない。言われるような関係の友人がいないだけなのかもしれないが。いや、家族や親せきだって、私のことをそんな風に言わない、はずだ。


「待てよ、深波には言われたかもしれない」


 とにかく、これで彼女たちの問題は解決した。柚子については、私から話して今まで通り、深波の家族として生きていくように言っておこう。翔琉君との関係は、恋人同士という関係はやめておくよう、言い聞かせるしかない。何せ、彼らは異母兄妹なのだから。


「ゴホン。今更だがオレは、十五年前のことを謝るつもりはないぞ」


「わかっていますよ。あなたがどんな人間なのか理解しています」


「だが、REONA、お前と結婚してからは、他の女には手を出していない」


 どうやら、忘れ物ではなかったらしい。REONAさんと一緒に帰るつもりのようだ。彼女も男に対して帰れとは言わない。いったい、この夫婦の関係はどうなっているのか。話を聞いているだけではまったくつかめない。


 それにしても、突然何を言い出すのか。男の発言に目を丸くして驚いていると、REONAさんがそれに対して補足する。


「それは本当ですよ。この男、意外にもおんな遊びはあの時で終わったみたいです。実は私のこと、大好きだったのでしょう?」


「好きじゃない。ただ、女と遊ぶのも飽きただけだ」


「じゃあ、離婚理由はいったい」


 先ほど見せていたスマホの画面に青ざめていたのは確かだ。あれは何を見せられていたのか。


「それも含めて後日、また改めて沙頼さんの家に上がらせてもらいます」


「一気にずうずうしくなったなお前」


「これ、ばらされてもいいの?」


「それだけは勘弁してくれ」


 よくわからないが、本当に彼らはそのまま帰っていった。部屋に来た時の二人の険悪な雰囲気が嘘のように、家から出ていく姿は、仲の良い夫婦にしか見えなかった。


 二人が家からいなくなると、どっと疲れが出てきた。嵐のような二人だった。精神的に疲れ果てた私はベッドにダイブして目を閉じる。そしてそのまま眠りに落ちた。


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