第32話 彼女の好きな相手
「私のせい、ですか?」
彼女の言動がよくわからない。確かに私のせいで離婚になりそうなのは間違いないが、なんとなく、柚子のことが理由ではない気がする。何か別の理由が私にあり、それが原因で二人が離婚することになったように聞こえる。
そもそも今回の騒動が、私のせいにされる理由が理解不能だ。頭にはてなマークを飛ばして問いかけると、さらに理解不能の言葉を返される。
「そう、先生のせいですよ。まあ、先生のせいとは言いましたけど、実際には先生のおかげで、自分の正直な気持ちに気付いたというべきか」
「自分に正直な気持ち?」
「まるで乙女のような発言だが、お前はもう、アラフォーだぞ。自分で言っていて気持ち悪くはないのか?」
「女性はいつまでもうら若き乙女でいたいものですよ。女心がわからない男ですね」
男に茶化されても平然と言葉を返す彼女だが、私の言葉は無視された。ここは私の家のはずなのに、ここに私がいていいのだろうか。帰る場所はここしかないが、どうしたらいいだろうか。
「はあ」
一度深呼吸するREONAさんだったが、今度は何を言い出すのだろうか。
「結婚して十五年も経つ頃には、さすがにあなたも本性を隠そうとはしなくなりました。とはいえ、女遊びの方は、控えてくれたみたいですけど。そんな中、私は翔琉の入学式に参加しました」
いきなり最近の話になってしまった。過去の話はこれで終わりとは、唐突な話題の転換である。
「入学式で、先生によく似た子供を見つけました。まさかと思って目を疑いましたが、先生の子供ではなかった。その子は先生によく似た眼差しで、先生ではない、別の女性を母親と呼んで慕っていた。その時に初めて気づかされたのです。私が好きだったのは、あなたではなく、先生だと」
『はあ(!)』
彼女の言葉に思わず、私と男の声が重なってしまう。顔を見合わせるが、男と私は正反対の表情をしていた。男は呆れたようなため息、私は驚きの声を上げていた。
あまりの話の飛躍ぶりに頭が混乱してしまう。彼女は、もしかして。
急に心臓がバクバクと音を立てて鼓動し始めた。鼓動の音がやけに大きく聞こえる。私はコミュ障であるがゆえ、他人との交流が極端に少ないと自覚している。そんな私でも、今までの話の流れから、なんとなくこの後の彼女の言葉が予想できてしまう。このまま私が黙っていれば、彼女は私に。
「ばかばかしすぎてやっていられない。そんなくだらない茶番に突き合わされるほど、オレは暇ではない」
私より先に言葉を発したのは、しびれをきらした男の方だった。話は終わりとばかりに席を立ち、荷物を持って玄関に向かおうとした。
「最後まで聞いてくださいよ。話を聞かない男はもてませんよ」
自分の旦那が呆れて私の家から出ていくのを気にした様子もなく、REONAさんは言葉を続ける。
「そんな気持ち悪い告白など聞いて何になる?おおかた、この女が好きだということに、今更気付いたということだろう。だが、それをオレに話して何になる?そんなのが理由で離婚できるとでも?」
「あなたが実は同性愛者と結婚していて、その女に好きな女ができたから振られる。なかなか面白い展開だと思いますけど。世間体を大切にするあなたなら、効果てきめんだと」
「離婚に応じなかったら?」
二人の話に割って入るタイミングを失い、そのまま会話に耳を傾けていたが、このままいくと、私が大変な目に合うのではないだろうか。だって、彼女が離婚したいと思った最大の理由が。
「あの、ちょっといいですかね」
「よくありません」
「黙っていろ」
自分に被害が及ばないように、何とか二人に声をかけると、息を合わせたかのように会話の邪魔をするなと言われてしまう。しかし、ここで引き下がっては後々大変なことになる。二人には悪いが、一つ、確かめておかなければならないことがある。
「あの、つかぬことを伺いますけど、REONAさんって、私のこと好きだったんですか?恋愛感情……」
『はあ』
「なぜ、そこでお二人がため息をつくんですか?私の方がため息をつきたいくらいですよ!」
「わざわざ聞かなくても、こいつの態度でわかるだろう?やはりお前はバカな奴だったんだな」
「そこがいいんですよ。こういう女性の方が女性の味方をしてくれるんです!」
いつの間にか、私の見解を述べ始めて意気投合している二人がいる。REONAさんはこの男と離婚したくないのだろうか。こんなに意気投合していたら、離婚しなくてもうまくやっていけそうだ。
こんな茶番に私だけが巻き込まれるのなら、まだ我慢できる。しかし、柚子まで巻き込まれてしまうのなら、話は別だ。
「それで、REONAさんはこの男と離婚する気はあるんですか?」
「ありますよ。だからこそ、今この場に先生がいて、三人で話をしているんです」
離婚する気はあるようだが、それならさっさと話を進めて欲しい。こんな息ぴったりの夫婦仲を見せつけずに決着をつけてくれ。
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