第31話 彼女の昔話
「オレとこいつとの電話を録音したと言っていたな?そんなものが不倫の証拠になるとでも思っているのか?それに、もし、それを公表したら、こいつの娘はどうなる?それに、こいつ自身も世間にさらされて、さぞかし可哀想なことになるかもなあ?」
「柚子のことは、今は関係ない!」
嫌なところをついてくる男である。男との会話で、私は柚子のことを口にしている。男の言葉通り、もしこの部屋で交わされた男との会話を証拠に出されたら、世間に柚子のことが露見する。そうしたら、柚子は不倫の子として、世間から白い目で見られる可能性が出てくる。しかし、そんなことを言ってためらっていたら、証拠として録音した男との会話は意味がなかったことになる。
ちらりとREONAさんの様子をうかがうと、柚子のことを言われたのに、顔色一つ変えていない。むしろ、男のことを馬鹿にしたような目で見つめている。まるで、哀れな男だと言っているようなまなざしだ。
「私が先生の家にそれだけの証拠で乗り込んできたとでも?あなたが今までたくさんの女性を食い物にしてきたことは知っています。そんなあなたが、今まで不倫騒動で騒がれていないのをなぜなのか。その辺も含めてすでに調査済みです。私を今までの女性と同じにしてもらっては困ります!」
どうやら、録音した会話以外にも策はあるようだ。私に教えてくれたのは、録音した内容を提出して離婚を成立させるとのことだったが、それ以外のことを彼女からは聞いていない。
ここからは、REONAさんに任せて様子をうかがうしかない。口を挟まず、彼女がこれから何を言い出すか、黙って聞くことにした。
「そもそも、私とあなたとの結婚は、翔琉を妊娠していたことがきっかけですよね」
「まあ、そうなるな」
「当時、私はあなたに夢中でした。だから、あなたの子を妊娠できて、とても幸せでした。結婚しようと言われた時は、天にも昇るような気分になりました」
当時のことを振り返り始めた彼女に、男も私も困惑してしまう。当時を振り返って、何を言い出すつもりなのか。疑問を持った私たちに気付くと、にっこりとほほ笑まれる。
「まあまあ、そう急かさないでください。沙頼さんもあなたも、今日は仕事はないのでしょう?翔琉もこの場についてくると言って聞かなかったのですが、置いてきました。翔琉には用事があって、家に帰るのは遅くなると伝えてあります。時間はたっぷりありますから、私の話を聞いてくださいね」
そう言って、彼女はその当時からの自らの思いを聞かせてくれた。それは、私たちには想像もできないような話だった。
「私が先生のファンだということは、すでに知っていると思います。先生の作品でアニメ化した『ハーレム要員なんてくそくらえ~ハーレム要員の一人に転生してしまったオレの奮闘記~』には勇気をもらいました。もともと先生の作品は、女性の意見が多く反映されていて好きだったんですけど、この作品は私にとって特別なものでした。当時、私はアニソン歌手として駆け出しで、必死に生きていましたから。どの世界の女性も頑張って生きているんだ。自分もこんなところで負けていられないと」
「そんな大層な作品でしたっけ?私の作品」
思わず話の序盤から口をはさんでしまった。私の作品は当時はやっていたラノベに出てくる女性ヒロインキャラの扱いがひどいなと思ってできた作品だ。主人公は男性で、異世界転生後、女性として生きていくのだが、女性たちのことも考えて行動している。しかし、ただそれだけであり、今までの異世界ハーレムものの常識を覆す作品と言われているが、これは私としては大げさすぎると思っている。
REONAさんも私の作品を過大評価している。私の作品で勇気づけられたなどと言う感想は初めてだ。
「確かに世間一般の人から見たら、勇気づけられるような話ではないかもしれません。ですが、私は実際に勇気づけられたのですよ。そして、それに共感してくれたのが、あなたでした」
「そんなことを言ったかもしれないな」
「ご自分の行動と真逆の作品をよく褒められましたね」
「上辺だけなら、いくらでも褒められる」
REONAさんの過去語りがいったん中断する。REONAさんとあの男が私の作品をそんな風に話していたとは初耳だ。上辺だけとはいえ、話につき合った男に驚かされる。
ゴホンと咳ばらいして、REONAさんは話を続ける。
「話を進めますよ。自分の好きな作品を語り合える仲間を見つけた私は、すぐにあなたを好きになりました。前から外見や声がタイプだったので、あなたに落ちるのはあっという間でした。そして、翔琉を妊娠した。でも、あなたが妊娠させていたのは、私だけではなかった」
私に視線を向けるが、あいまいに笑うだけに留めた。なんと答えていいかわからない。そんな私の様子を目にした彼女だが、私に何か言うことはなかった。男は黙って話を聞いている。
リビングにかけられた壁時計の秒針が聞こえるほどの静けさの中、話は続けられる。
「妊娠して、結婚が決まって幸せの絶頂期だった私ですが、その幸せは長くは続きませんでした」
「オレとの結婚生活に不満があったとでもいうのか?」
「いえ、結婚当初は、あなたは私に本性を見せないようにしていましたよね。だから私も気付くことができませんでした。そのおかげもあって、翔琉が生まれてからも順調な夫婦生活を過ごせていたと思います」
「なのに、今更離婚しようなど、どういう心変わりだ?」
「先生ですよ。先生のせいです」
「なるほど」
二人が意味深に私の方に視線を向ける。今の会話で何がわかったというのか、男は不快感をあらわにしながらも、REONAさんの言葉に理解を示した。
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