第17話 やばい女
「CMの方ですが、とても良い出来になっていますよ。新刊の発売日前から、世間に放映されるみたいですので、楽しみにしていてくださいね」
私は担当編集の加藤さんから、CMの完成報告を聞くために、出版社に足を運んでいた。電話やメールで報告してくれればいいのに、なぜか出版社まで来て欲しいと言われたため、仕方なく出版社に出向いていた。出版社の控え室で私たちは話をしていた。
新刊の方は、無事出版される運びとなった。十五年前の話の続巻ということで、昔の作風を壊さないように、それでいて、読者に楽しんでもらえるように執筆するという難題だったが、思いのほか私の中にイメージが膨らみ、担当編集者とともに悩みつつも、私自身も楽しく執筆することができた。
「それで、この前の件、どうでした?REONAさんと神永さんと、あれから一緒にご飯とか行きました?先生の作品で再び共演!ということで盛り上がりましたか?先生、あれから彼らのことを口にしないから、気になってしまって」
CMの出来栄えを聞いていたのだが、不意に彼女がにやにやと嫌な笑みを浮かべて、一つの質問をしてきた。まさか彼女に本当のことを話すわけにはいかないので、当たり障りのない返答をする
「確かに彼らは私の作品のアニメ化の際に大変お世話になりました。なので赤の他人ということはありませんが、それに毛が生えたくらいの仲ですよ。つまり、ビジネスライクな関係です。そもそも、私と彼らでは、人種が違い過ぎて話なんて合いません。ご飯なんて行きませんよ」
すでにこの話は、彼女も知っている。ご飯に行かなかったことも話した気がする。一度話した話をわざわざ聞き直してくる意味がわからない。
「えええ、そんなはずはないと思いますけど。少なくとも、彼らは先生と仕事で親しくなれたと思っているみたいですけど」
意外そうな顔をされても、反応に困ってしまう。そして、さらに困るような言葉を続ける。
「特にREONAさんの方が、先生に相談があるみたいで、連絡先を教えて欲しいと言っていましたけど?先生方は連絡先を交換していらっしゃらないのですか?」
「いえ、先ほどもお話しした通り、仕事上の付き合いで何度か会う機会はありましたし、お話しすることもありましたが、ただそれだけです。連絡先を交換するほどの個人的なことはありません」
今の連絡先は交換していない。
これは事実だ。しかし、個人的なこととして、REONAさんに関しては、私はファンだったので、初対面の際にサインをねだっている。あの男に至っては男女の仲にまで発展している。とはいえ、この話は十五年も前の話だ。
柚子の妊娠が発覚してすぐ、私はスマホの番号を変更した。彼らの電話もメールもブロックして、さらには連絡先も消してしまった。今の私に彼らと個人的に連絡を取る手段はない。
一人で柚子を育てるという決意を固めるためだ。最終的に妹の深波に頼ってしまったが、それでも自分一人の力で何とかしようと努力した。あの男の力は借りないと決めていた。
「そんなこと言っても、深刻そうな顔をしていたので、つい教えてしまいました。きっと、先生に連絡があると思いますから、連絡が来ても怒らないでくださいね。私が教えたことにしていいですから」
「はあ、ワカリマシタ。ですが、今後、人の個人情報を勝手に他人に教えないでください」
「当り前でしょう!」
この編集者は無能である。個人情報についてこれだけ世間で騒がれているのに、本人に許可なく教えるとはありえない。しかし、今回に関しては良かったかもしれない。私から接触せずとも、相手が勝手に私に接触してくるからだ。
出版社から帰宅すると、どっと疲れが出てすぐにベッドに倒れこむ。スマホを確認しようかと思ったが、それすらも面倒で、ごろりと仰向けに転がって目を閉じると、すぐに眠気が襲う。私はそのまま意識を失うように眠ってしまった。
「ブーブー」
スマホのバイブ音で目を覚ます。目を閉じてすぐに寝てしまったらしい。窓を見ると、すでに日が暮れて暗くなっていた。私が家に着いたのはまだ日が高い時間だったので、だいぶ時間が過ぎてしまったようだ。
「もしもし」
『ああ、良かった。電話に出てくれた。突然のお電話で申し訳ありません。REONAです』
寝起きで電話の相手を確認しなかったことを後悔した。突然の電話の相手は、私が今まさに頭を悩ましている家族の一人、あの男の奥方であり、翔琉君の母親からだった。そして、編集者が連絡先を教えてしまった相手だ。編集者から聞いていなかったら、驚きでスマホを壁に投げつけていた。
「REONAさんが、個人的に私に電話とは驚きました」
『私もまさか、先生にお電話することになるとは思っていませんでした。この前は、息子がお世話になったみたいで、まずはそのお礼をと思いまして。息子を一晩泊めていただきありがとうございました』
「いえ、こちらこそ、大事な息子を赤の他人でもある、しかもただのアラフォーのおばさんの家に泊めてしまい、申し訳ありません」
REONAさんが直接電話してきたという驚きで、すっかり目が覚めた私は、頭を覚醒させるために、コーヒーを入れることにした。自分の部屋からキッチンに向かい、通話をスピーカーモードにして、キッチンカウンターに置く。ドリップコーヒーの袋を開けて、マグカップにセットしてポットのお湯を入れる。
それにしても、REONAさんはおかしなことを言っている。私も馬鹿正直に翔琉君を家に泊めたことを話してしまったが、彼は両親にバレないように連絡を入れてくれたはずだ。
『赤の他人なんて、水臭いですよ。先生と私の仲です。息子だって、先生に懐いていたでしょう?あの日は、彼と居酒屋をはしごしていましたから、急に翔琉から外泊の連絡が来た時は驚きました』
「あの日、翔琉君は友達の家に泊まると連絡していたはずでは?」
『友達、なんてあいまいな表現、息子は使いません。いつもはだれだれの家に泊まるとか、部活の集まりでとか、具体的なことを言ってくるんですよ。怪しいなと後日、問い詰めたら先生の家だと判明しました』
電話越しにふふふと楽しそうに笑う声が聞こえたが、どうにも腑に落ちない。彼女と私は世間では、アニメの原作者とそのアニメの主題歌を歌った歌手という接点しかない。こんなに親しく話しかけられる理由がない。私が彼女のファンだったとしても、そこまで親しく話しかけられることはないだろう。反対に彼女が私に対して怒りを覚えたり、嫌いだったりする理由ならすぐに思いつく。
「もしかして、REONAさんは、私と神永さんのこと」
『さあ、何のことでしょうか。彼と先生の間に、何か隠しておきたいことがありましたか?』
「いえ」
『息子に誰の家に泊まったのかを白状させたときに、面白いことを言っていました。なんでも、先生から、自身と息子のクラスメイトの秘密を聞いたと。そして、大胆にも息子は先生にある依頼ごとをしたとも聞きました』
話はどんどん、やばい方向に進んでいる。このまま進んでいけば、どうなってしまうのか。彼女はいったい、私にどのような反応を期待しているのだろうか。いっそのこと、聞いてみてしまおうか。
一方的に話を続ける彼女の言葉を遮ることなく、私は回答を模索する。コーヒーを淹れ終え、アツアツのコーヒーをすすりながら、正しい回答を導こうと必死に頭を働かせる。
『先生、私ね、実は、先生と彼の秘密は、ずっと前から知っていましたよ』
「ずっと、前、から」
不意にかけられた言葉にどきりとする。コーヒーを吹き出さなかった自分を褒めたい。家には誰もいないのに、つい周囲を確認して声を潜めてしまう。
『ずっと前と言っても、先生と彼が会ったのは一度きり。あの時ですよね。アニメ放映を記念しての飲み会。あの時に二人は』
「それ以上は!」
『お電話したのは、そのことについてです。とはいえ、あれは彼の悪い癖が出てしまっただけのこと。すでに過去のこととして割り切っています。先生は私の相談を聞く義務があると思いませんか?』
ニコニコした顔が思い浮かぶような優しい声で話しかけられても、ぞくりと鳥肌が立つ。声だけで無言の圧力をかけてくる。私ははいと答えるしかなかった。
さすが、あの男の奥方ということだけある。やばい男にはやばい女がくっつくということか。
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