第18話 あの男の女たち
翔琉君の母親であるREONAさんに会うのは、体育祭当日だと思っていた。まさかその前に向こうから連絡があり、REONAさんから私と二人きりで会いたいと言われるとは思いもしなかった。
『じゃあ、明日にでも、私のオススメの喫茶店でランチしながら、二人きりでお話ししましょう?予約しておきますから』
REONAさんから電話があり、二人きりで会いたいと言われた私は、半ば脅されたように「はい」と返事をした。すると、すぐに明日にでも会えないかと言われた。基本的に締め切りに間に合えば、何をやっていても問題ない職業とは便利なものだ。今現在、締め切りに近い仕事はなかったため、彼女の要望を聞き入れることにした。
あまりにも急な展開に頭がパンクしそうだ。REONAさんとの電話で精神的に疲れてしまった。出版社から帰ってきて寝てしまったが、二度寝することにした。時刻は午後四時過ぎだったが、次に目覚めたのは夜の八時過ぎだった。
次の日、私は指定された場所に赴くため、急いで支度して家を出た。REONAさんと会うのにどんな服装で行けばいいのか悩んだが、結局、いつも通りの格好で家を出た。灰色のパーカーにジーンズで色気の欠片もない。しかし、私は今から友達と楽しくランチというわけではない。向こうも私がおしゃれしてくることを期待してはいないだろう。
家を出てマンションから出ると、まだまだ残暑厳しく、太陽がギラギラとコンクリートを熱していた。
彼女オススメの喫茶店は、私の家から電車で二駅ほどで、駅から出てすぐの場所にあった。私が中に入ると、すでに彼女は席で待っていた。
彼女に最後に会ったのは、十五年前。それからすぐにあの男と結婚して、芸能界を引退している。最近、また活動を始めたようだが、彼女の情報は見ないようにしていた。彼女の姿を見て、その当時との変わりように驚く。
「急に呼びだしてごめんなさいね」
「いえ、特に用事もなかったので、気にしないでください」
REONAさんは、猫みたいなアーモンド形の大きな瞳が印象的な、少しきつめの美人だった。それに合わせて当時は化粧も結構濃いめだった気がする。しかし、今は化粧は薄めで、年相応に年齢を重ねた美人がそこにいた。さすが元芸能人とあって、肌はそこら辺の女性とは違い、つやつやでシミがなかった。
席に着くと、彼女は話の前に先にランチにしましょうと言って、メニュー表を私に差し出してきた。ランチと言っていたので、今はお昼時で時刻は正午を回っている。先に腹ごしらえをして、本題に入った方が落ち着いて話すことができるだろう。そう思うと、急にお腹がすいてきた。メニュー表を受け取り、中身を確認すると、パスタやピザといった料理がたくさん並んでいた。
昼時なので、店内にはちらほらとお客が増え始めている。しかし、席と席が離れていて、半個室状態になっているので声を潜めれば話はできるだろう。
「おススメは、季節のパスタかな。今だと秋だから、サケときのこの和風パスタ」
「REONAさんはそれにしますか?私は……」
無難にトマトのミートパスタに決めた。彼女はオススメの季節のパスタとコーヒーをセットで注文していたので、私もコーヒーを頼むことにした。すぐにパスタが運ばれ、しばらく無言で食事に専念した。
食事を終えると、食後のコーヒーが運ばれてきた。温かいコーヒーを静かに堪能していると、ようやく話をする気になったのか、彼女の方から話しかけてきた。
「先生は、私と彼の仲をどう思いますか?」
最初の問いかけにしてはなかなかに答えにくい質問だった。彼女は私とあの男の関係を知っている。それなのに、このような質問をする意味が理解できない。
「どうと言われても、世間では、私のアニメ化作品での共演で仲が深まり結婚に至る。その後は仲が良く、芸能界きってのおしどり夫婦と言われていますよね。REONAさんは出産を機に芸能界を引退してしまいましたが」
「世間一般での私たち夫婦像は、先生のおっしゃる通りです。ですが、実際は……」
無難に答えた私に、彼女は自嘲気味に笑って実際の様子を語ってくれた。
彼女とあの男は事実、私の作品での共演で仲を深めたようだった。実際にこの後、彼らは結婚した。結婚理由を聞いて、思わず納得してしまった。それと同時に、私以外にもあの男は、他の女性に無責任なことをしていたと知った。
「隠してはいましたけど、私と彼の間には、すでに結婚前から子供ができていました。そう、先生もお会いしたと思いますが、当時、お腹には翔琉がいました」
「でも、彼は責任を取って結婚してくれたんですよね。できちゃった婚はどうかと思いますけど、私みたいなことにならなくてよか」
「確かに、先生のように、自分の子供に父親がいないという可哀想なことにはなりませんでしたが、代わりに私は自分の仕事を失いました」
だんだん、話が重くて暗い話になってきた。ちらりと周囲をうかがうが、誰も私たちの会話に耳を澄ましている様子はなく安心する。
「周囲の目が気になりますか?私が呼びだしたんですから、本来なら私の家に招くことができれば良かったのですが」
「そんなことはできません。代わりと言っては何ですが、これから私の家にきませんか?一人暮らしですから、家に誰かいるということもないですし、誰にも聞かれたくない話をするのにぴったりだと思います」
私の家には、最近、よくお客が来るものだ。とはいえ、本来なら会うはずもない人たちで、人の縁とは不思議なものである。
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