第15話 急展開
『それで、あの男の息子を一晩、自分の家に泊めたってこと?お姉ちゃんって、時々、貞操観念おかしいときあるよね。ていうか、普通、高校生の見ず知らずの子供を家に上げないでしょ。とうとう、頭がおかしくなった?』
「いや、おかしくはなってない、と思う。だってさ、まさか、帰る途中であの男の息子に会うとは思わないでしょ。それに、会ってしまったら、もう無視はできないと思ったの」
『まあ、その子を家に泊めた事実は元には戻せないけど、これからどうするの?彼の言う通りに、両親の不倫の証拠でも、のんきに探すつもり?』
「どうしようかな。依頼を引き受けた手前、やらないわけにはいかないし。私としても、このことで過去のしがらみから解放されたいのかもしれない」
次の日、翔琉君が家を出てから、さっそく私は妹に今までのことを電話で報告した。一人で抱え込むには荷が重すぎた。妹にはすでに私の秘密は暴露して、いろいろ協力を仰いでいる。今更相談しても、差し支えのない相手だった。話したら、私のことを馬鹿にする回答が帰ってきたというわけだ。
電話を終えた私は、翔琉君と過ごした日のことを思い出す。
あの夜、翔琉君を一晩家に泊めて、特に何か起こるわけでもなく、普通に夜が明けて朝が来た。彼も、自分の母親と同じくらいのおばさん相手に欲情することはなかったようだ。その点はあの男とは違って、まともな神経を持っていた。
「じゃあ、僕のお願いを聞いてくださいね。先生」
「善処するとしか言えないね。ああ、私の秘密だけど、くれぐれも誰かに話したり」
「わかっていますよ。じゃあ、またどこかで会いましょう」
別れの挨拶は簡潔だった。朝ご飯を一緒に食べて、それからすぐに、彼は私の家を出ていった。
普通、こんな状況だったら、何か間違いの一つでも起こってもおかしくはないと思う。しかし、それは二次元の話しであり、お互いに意識し合っている場合に限るのだろう。
「でも、なんとなくむかつくわ。いや、高校生に襲われるのもあり得ないし、私は別に年下好きでもないし。もしそうだとしても、手を出したら犯罪者だし。いろいろダメだ」
イライラの正体になんとなく気付きながらも、それを認めてしまうとやばい気がした私は、自分の翔琉君に対する思いを胸の奥に押し込むことにした。
その日以降、翔琉君とは会っていない。柚子は翔琉君を連れて私の家に来たいと言っていたが、一学期中に二人で来ることはなかった。そのまま夏休みに入り、あっという間に柚子たちは二学期を迎えた。
翔琉君の両親とも、CMの打ち合わせの初日以外で会うことはなかった。CM作成に小説家の私が出る幕はなかった。その手の専門の方々がシナリオを作り、それに沿って画が取られ、さらに声が吹き込まれる。作品を売れるようにしてくれるのだ。私が特に口をはさむことはないので、彼らと会う機会がないのは不思議ではない。
しかし、そうなると翔琉君の依頼を果たすことが困難になってしまう。本人たちに話を聞きたくても、出会う機会がなければ話すことはできない。連絡先を聞いていなかったので、こちらから連絡することもできない。いや、もしかしたら編集者に聞けば、連絡先くらい教えてくれるかもしれないが、頼りたくはない。
『あの男は無理だけど、奥方と会う機会はあるよ。お姉ちゃんはどうする?』
どうしたら依頼を進められるかと悩んでいたところ、九月に入り、妹からSNSでメッセージが届いた。自室で仕事をしていたところ、スマホに連絡があった。
『ちょうど来月、柚子の高校で体育祭があるんだ。高校生にもなって親が体育祭の応援に行くのか?と思うかもしれないけど、今時は違うみたい』
『私も柚子の応援に行くつもり。もしかしたら、その時に奥方のREONAさんに会える可能性があるかも。REONAさんも自分の子供が好きなら、来ると思うよ』
メッセージを読みながら、そういえばと大事なことを思い出す。翔琉君に直接会ってしまい、いろいろ話はしたが、私と翔琉君が接触したことを柚子は知らない。
このまま、柚子は翔琉君を私の家に連れてこないつもりだろうか。自分たちが私に会いたいと言っていたのに、急に気が変わったのだろうか。高校生は多感なお年ごろで、何を考えているのかわからない。
しかし、たとえ紹介されたとして、彼らの出会いや恋を素直に喜ぶことはできない。戸籍上は赤の他人ということになっているが、実際には異母兄弟だ。
『了解。翔琉君と連絡先を交換しているから、彼にお母さんが来るのか、さりげなく確認してみるね。私が体育祭に行ってもいいか、柚子に聞いてみてくれる?』
返信を終えた私は、スマホをベッドの上に放り投げる。さて、翔琉君にはどうやって連絡してみようか。頭の中で、メッセージ内容を考える。
「ピンポーン」
「ハーイ。アレ、柚子じゃん。どうしたの?私の家に来るのは、明日だったはずでしょう?深波に何かあった?」
メッセージの内容を考えるのは、突然の来客によって後回しになった。玄関のチャイムが鳴り、慌ててインターホン越しに相手を確認すると、マンションのエントランス前にいたのは、柚子だった。
『ねえ、沙頼さんは、私の本当のお母さんなの……』
彼女が深刻そうな顔で、インターホン越しの私に話しかけてくる。
「どこから、そんな話を聞いたの?深波?それとも」
『誰からでもいいでしょ。とにかく、私の本当のお母さんが沙頼さんなんでしょう。どうして…』
「大変な話を持ってきたのはわかった。とりあえず、家に上がりなさい。話は家の中でゆっくり聞くから」
柚子が話していることは、家の外で話すような話題ではない。私は柚子を家に上げることにした。事態は急変した。
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